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第29話 サヘ将軍の述懐とサボンの唐突な質問
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「長のお勤めご苦労様でございます」
アリカのもとから退出すると、サボンがそこには待っていた。
少しお時間を、と将軍を緑と花が見える席に誘う。手早くその場に茶の用意をする娘に、将軍は時間の流れを感じる。
「サボン殿とこうゆっくり話すのも久しぶりだ。幾つになった?」
「二十七です」
「もうそんなになるのか。まだご結婚はなさらぬのか?」
「皇后陛下がここからいつか出られた日に」
「それでは一生リョセンとは添わないというのか?」
「いえ、その時がいつになるか判りませんが、その時が来たら必ず、と彼とは約束しております。それに結婚はしておりませんが―――お付き合いは続いております」
そう言うとサボンはやや頬を赤らめた。
さすがにこの歳の自身で勤めている娘に付き合い方をどうこう言うことは将軍にはできなかった。
「それではサボン殿の子供の顔は見られないことになるかな」
「さすがに、そればかりは無理そうですね」
そう言うとサボンはうっすらと笑った。
「いえ、そういう付き合いはしておりますので、もしも出来てしまったなら産みます。陛下も別に構わないとは仰有いましたし。その時にはお見せ致します。ただ、そんな時があったなら、ご後見をいただけるとありがたいのですが……」
「おぅ、それは無論だ。家族同様なのだからな。それにリョセンの血を引けば、なかなかな兵士の血が入るだろう。それに今、シャンポンがどうも隣の子供も一緒に育てて? いや、学校のようなことをしているようだ。そういうところに混ぜても良いじゃないかと思うしな」
「ありがとうございます。ともかく私は陛下の元にその時まではずっと居るとお約束致しました。それを違えることはできません」
「そうだな。お主は儂が来る都度それを口にする」
「将軍様」
何となくその姿が、サボンの目には以前より小さく見えた。
「そろそろ儂もこの職を返上しようかと思っておる。軍の方はまあ幾らでも次の人材はおろう。とりあえず今のところ危ない場所はある程度平定してきた」
「お疲れなのですね」
「……さすがに、あの手紙は堪えた」
マドリョンカが亡くなった時、トモレコル家は早馬で手紙を届けさせた。
さすがにその時帰る訳にはいかなかったし、そもそもその時点で帰ったところで将軍は自分が何もできないことを知っていた。
故に目の前の状況を早く、何よりも早く打開することだけを考えた。
「マヌェは仕方なかった。あれはもう、いつかはそうなるだろう、と。あれ自身も判ってはいたらしい」
「シャンポン様がずいぶんとお嘆きになりましたね。その後でしたか。サハヤ様との結婚をご了承なさったのは」
「ウリュンが生きていれば、と思う」
兄が生きていれば。
彼は決して特別秀でたところがあった訳ではない。だが家を難なくまとめてくれるだろう、と皆が思っていた。
「沢山の子を持った筈だったのにな」
将軍はぽつりとそう言った。
「だったら副帝都のお屋敷にできるだけ早くお戻りください。確かにお亡くなりになった方も多くて―――辛い話ばかりでしたが、お孫様達が今はとても可愛い盛りです」
「そうかな」
「ええ。ラテ様も時々こちらにお戻りになるのですが、最近はトモレコル家の坊ちゃん達とお友達になった様ですよ」
「……当人達は?」
「今は知らせません。ただ向こうの方々にはこちらから合図を送ってはあります。友達は多い方がいいから、と副帝都にお移し致しましたので」
「それであんなことを仰有ったのか」
ふ、と将軍は笑う。
「何か言われましたか?」
「まあ、お主と同じ様なことだな。ただしどうにも含みをもたせすぎる」
「それは仕方ありません。あの方の考えは時々あちこちに飛びますから」
「お主も大変なことだな」
「でもあの方のそういうところを解読できるのは私しかいないですから」
その口元には自信が溢れていた。それはかつて手放した時の娘とはずいぶんと違ったものだった。
「マドリョンカ様の様に、ごく普通のご結婚をなさっても、お産で亡くなる時は亡くなるのです。私はおそらくそれが人より怖い質なのでしょう」
「本当だ。あのシャンポンすら産んだというのにな」
「あの方は自分の義務からは逃げませんから」
「義務か。義務な……」
ふと将軍は昔のことを思い返す。義務でした結婚は果たして良かったものか? 自分は勝手にマウジュシュカもそうだと決めているが、本人はどうなのだろう。
もしこの先引退したならば、自分は一体彼女とト・ミチャとどちらと一緒に長く生きたいものなのだろうか。
「サボン殿。お主から見てウリュンの母は、幸せそうか?」
「しっかりした方だ、という印象が強いのですが、それ以上のことは…… 私はそうそうお話することもなかったですから」
それはサボンであれアリカであれ同じだった。一応アリカはマウジュシュカの手元でウリュンと共に育った訳だが、夫人本人と話すことは滅多になかった。彼女はむしろあの家を切り盛りすることだけに意識を向けていた様な気がする。
「ウリュン様がお亡くなりになってからは、ついぞこちらにご連絡もなさらず。心配は心配なのですが」
「そうだな。ともかく顔を出さねば」
「将軍様、立ち入ったことをお聞き致しますが宜しいでしょうか」
「何だ?」
「これはあくまでこれから先の参考に、ということなのですが。三人も奥方を持つと大変ではありませんか?」
「……難しい問いだな。ちなみにその質問の意図は?」
「これは陛下の疑問でもあるのですが、逆は無理なのだろうかと」
「それは無理だろう!」
将軍は即答した。
アリカのもとから退出すると、サボンがそこには待っていた。
少しお時間を、と将軍を緑と花が見える席に誘う。手早くその場に茶の用意をする娘に、将軍は時間の流れを感じる。
「サボン殿とこうゆっくり話すのも久しぶりだ。幾つになった?」
「二十七です」
「もうそんなになるのか。まだご結婚はなさらぬのか?」
「皇后陛下がここからいつか出られた日に」
「それでは一生リョセンとは添わないというのか?」
「いえ、その時がいつになるか判りませんが、その時が来たら必ず、と彼とは約束しております。それに結婚はしておりませんが―――お付き合いは続いております」
そう言うとサボンはやや頬を赤らめた。
さすがにこの歳の自身で勤めている娘に付き合い方をどうこう言うことは将軍にはできなかった。
「それではサボン殿の子供の顔は見られないことになるかな」
「さすがに、そればかりは無理そうですね」
そう言うとサボンはうっすらと笑った。
「いえ、そういう付き合いはしておりますので、もしも出来てしまったなら産みます。陛下も別に構わないとは仰有いましたし。その時にはお見せ致します。ただ、そんな時があったなら、ご後見をいただけるとありがたいのですが……」
「おぅ、それは無論だ。家族同様なのだからな。それにリョセンの血を引けば、なかなかな兵士の血が入るだろう。それに今、シャンポンがどうも隣の子供も一緒に育てて? いや、学校のようなことをしているようだ。そういうところに混ぜても良いじゃないかと思うしな」
「ありがとうございます。ともかく私は陛下の元にその時まではずっと居るとお約束致しました。それを違えることはできません」
「そうだな。お主は儂が来る都度それを口にする」
「将軍様」
何となくその姿が、サボンの目には以前より小さく見えた。
「そろそろ儂もこの職を返上しようかと思っておる。軍の方はまあ幾らでも次の人材はおろう。とりあえず今のところ危ない場所はある程度平定してきた」
「お疲れなのですね」
「……さすがに、あの手紙は堪えた」
マドリョンカが亡くなった時、トモレコル家は早馬で手紙を届けさせた。
さすがにその時帰る訳にはいかなかったし、そもそもその時点で帰ったところで将軍は自分が何もできないことを知っていた。
故に目の前の状況を早く、何よりも早く打開することだけを考えた。
「マヌェは仕方なかった。あれはもう、いつかはそうなるだろう、と。あれ自身も判ってはいたらしい」
「シャンポン様がずいぶんとお嘆きになりましたね。その後でしたか。サハヤ様との結婚をご了承なさったのは」
「ウリュンが生きていれば、と思う」
兄が生きていれば。
彼は決して特別秀でたところがあった訳ではない。だが家を難なくまとめてくれるだろう、と皆が思っていた。
「沢山の子を持った筈だったのにな」
将軍はぽつりとそう言った。
「だったら副帝都のお屋敷にできるだけ早くお戻りください。確かにお亡くなりになった方も多くて―――辛い話ばかりでしたが、お孫様達が今はとても可愛い盛りです」
「そうかな」
「ええ。ラテ様も時々こちらにお戻りになるのですが、最近はトモレコル家の坊ちゃん達とお友達になった様ですよ」
「……当人達は?」
「今は知らせません。ただ向こうの方々にはこちらから合図を送ってはあります。友達は多い方がいいから、と副帝都にお移し致しましたので」
「それであんなことを仰有ったのか」
ふ、と将軍は笑う。
「何か言われましたか?」
「まあ、お主と同じ様なことだな。ただしどうにも含みをもたせすぎる」
「それは仕方ありません。あの方の考えは時々あちこちに飛びますから」
「お主も大変なことだな」
「でもあの方のそういうところを解読できるのは私しかいないですから」
その口元には自信が溢れていた。それはかつて手放した時の娘とはずいぶんと違ったものだった。
「マドリョンカ様の様に、ごく普通のご結婚をなさっても、お産で亡くなる時は亡くなるのです。私はおそらくそれが人より怖い質なのでしょう」
「本当だ。あのシャンポンすら産んだというのにな」
「あの方は自分の義務からは逃げませんから」
「義務か。義務な……」
ふと将軍は昔のことを思い返す。義務でした結婚は果たして良かったものか? 自分は勝手にマウジュシュカもそうだと決めているが、本人はどうなのだろう。
もしこの先引退したならば、自分は一体彼女とト・ミチャとどちらと一緒に長く生きたいものなのだろうか。
「サボン殿。お主から見てウリュンの母は、幸せそうか?」
「しっかりした方だ、という印象が強いのですが、それ以上のことは…… 私はそうそうお話することもなかったですから」
それはサボンであれアリカであれ同じだった。一応アリカはマウジュシュカの手元でウリュンと共に育った訳だが、夫人本人と話すことは滅多になかった。彼女はむしろあの家を切り盛りすることだけに意識を向けていた様な気がする。
「ウリュン様がお亡くなりになってからは、ついぞこちらにご連絡もなさらず。心配は心配なのですが」
「そうだな。ともかく顔を出さねば」
「将軍様、立ち入ったことをお聞き致しますが宜しいでしょうか」
「何だ?」
「これはあくまでこれから先の参考に、ということなのですが。三人も奥方を持つと大変ではありませんか?」
「……難しい問いだな。ちなみにその質問の意図は?」
「これは陛下の疑問でもあるのですが、逆は無理なのだろうかと」
「それは無理だろう!」
将軍は即答した。
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