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第25話 贈り物に秘められた伝言
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「今日はこれを持っていきなさい」
エガナはそう言って、トモレコル家に行こうとする子供達に一つの包みを差し出した。
「これ、何?」
「あちらのお嬢さんへ。まあ沢山あるだろうが、幾らあってもいいものだろうしね」
何だろう、と思いながらも「途中で開くんじゃないよ!」という母の言葉には従う二人だった。
呼び鈴を鳴らすと、待ってたとばかりに小柄な女中が扉を開く。
「いらっしゃい。今日はレク様が図書室に案内したいって仰有ってたわ」
「あ、マリャータ、ちょっと待って」
フェルリはエガナから預かった包みを差し出した。
「うちの母さんから、こちらのお嬢さんへ、ってことで」
「まあまあどうしましょう」
ぱたぱたとマリャータは一旦奥へと引っ込んで行く。そして再び戻ってきた時には、この家の女中頭を連れてきた。
「坊ちゃん方、せっかくのものありがとうございます。今日は旦那様がいらっしゃるので、そちらに直接お渡しなさっていただけませんか?」
柔らかだが有無を言わせぬ迫力が彼女にはあった。二人はただ首を縦に振る。
「それではこちらへ。レク様もそちらに、と申しつけておりますので」
二人は顔を見合わせる。この家の旦那様と言えば、要するにレク達の父親なのだろう。女中頭の後に彼等は付いて行く。
「旦那様、小さなお客様をお通し致しました」
「入りなさい」
扉を開けると、大きな机に向かって書類を両脇に積み上げている男性がいた。
さらさらと良い紙に墨筆で清書している姿は子供達にとっては非常に大切な仕事の文書を作っているかの様に見えた。
墨筆を置くと、彼は机の前から立ち、子供達が座る椅子の方へと移動した。
「今日は何だね、何かうちのアーシェに贈り物をしてくれると聞いたが」
「は、はい! これを……」
ばね人形の様に飛び上がると、フェルリはエガナからの包みをイルリジーに渡した。
「開けてもいいかな?」
「はい!」
「僕達も中身を知りたいです!」
おい、とフェルリはラテの腕を軽くつねる。ふっ、とイルリジーは笑うと淀みない仕草で開いてみる。そこにあったのは数枚の肌着と、柔らかな糸で編まれた可愛らしい上着だった。
「これを君等の母上が?」
「あ、はい! うちの母さんはそういうものがとても上手なんです!」
「僕やフェルリの襟巻きも作ってくれると約束しました!」
そういう意味で聞いている訳ではないのだが、子供にはそこは伝わらないし、伝える必要も無い。
イルリジーは見た瞬間、幾つの部分がひっかかったのだ。
一つは、肌着にされている刺繍の模様。そしてもう一つは上着に使われている糸と編み方だった。
無論模様などというものは皆自由に考え、個性を出すのが普通である。ただそこにしてあったのは、副帝都近辺ではそう見ないパターンの柄と色合わせだったのだ。
現在副帝都で流行っているのは花の刺繍。小花をそのままの形で取り入れたものである。
だがそこに刺されていたのは、むしろ花を「象った」もの。それだけではない。鳥や獣を象った―――
「君等の母上は草原の出身かい?」
「? いいえ?」
「聞いたことがありません」
ねえ、と二人はうなづきあった。
そしてこの上着の編み方。これはまだ彼が見たことが無いものだった。
糸はまず予想がついた。自分達の卸しで扱っているものではなく、別の系列の店のものだろう。色の微妙さも自分達の扱いには無い。
問題は編み方だった。無論個人で工夫することはあるだろう。
だがやはり目の前にある中心を細くし、ふわふわとした毛足を長くとった糸をひたすらに軽く軽く、それでいて揃った調子で全体を鎖の編み目で作ったものは、今まで彼は見たことがなかった。
「とてもいいものをありがとう、と母上にお伝えしてくれ。今日はゆっくりしていって欲しい。できれば夕食も一緒に」
「え」
「あの、家には夕刻には帰ると」
「その辺りは私の方から連絡をしておこう。最近君等が来る様になってから、息子達が楽しそうでな」
「僕らも楽しいです。学問所は楽しいですが、すぐに皆走って帰ってしまうから……」
「君等の家はそう遠くは無いね」
「はい。でも結構遠くから通ってきていたり、家の手伝いをしなくてはならないとか色々……」
なるほど、とイルリジーはうなづき、幾つか学問所のことを訊ねる。二人はそれぞれの意見をそれぞれに持っている様子だった。
ただ一つ、フェルリが母親のことを母さん、と読んで話題に出しているのに対して、ラテがその件に関しては何かしらの呼称をつけていないこと気になった。
先ほどの疑問と、この点。後でゆっくり考えてみよう、と彼は思った。
そして大人の質問に答えるのは、なかなかに時間がかかる。考えているうちにレクが二人を呼びに来た。
「父さん、今日は二人に夕飯まで居てもらっていいの?」
「ああ。そう伝える様に命じてもおいた」
「やった!」
レクは両手を胸の前で握りしめた。
「そう、今日はこの二人の母上からアーシェに贈り物があったんだ。せっかくだからお前の妹を見せてやりなさい」
「父さんも! あ! それが貰ったものなんでしょ!? アーシェに似合うかな」
「そうだなあ」
イルリジーは子供三人を連れて娘が大事に寝かされている部屋へと向かった。
*
一方、遅くなるとの知らせを受けたエガナは、トモレコルの主人がそれに込めた何かを読み取ることができるかと考えていた。
刺繍はそう、確かに彼が看破した様に草原で使う花や鳥そのものではなく「象った」ものである。彩りもそれに倣っている。
そして編み方と糸は――― まだこれは市井に出回っているやり方ではない。皇后に相談した時、何処まで通じるかやり方を聞いてきた、縫製方の新作の糸と編み方の組み合わせだった。
エガナはそう言って、トモレコル家に行こうとする子供達に一つの包みを差し出した。
「これ、何?」
「あちらのお嬢さんへ。まあ沢山あるだろうが、幾らあってもいいものだろうしね」
何だろう、と思いながらも「途中で開くんじゃないよ!」という母の言葉には従う二人だった。
呼び鈴を鳴らすと、待ってたとばかりに小柄な女中が扉を開く。
「いらっしゃい。今日はレク様が図書室に案内したいって仰有ってたわ」
「あ、マリャータ、ちょっと待って」
フェルリはエガナから預かった包みを差し出した。
「うちの母さんから、こちらのお嬢さんへ、ってことで」
「まあまあどうしましょう」
ぱたぱたとマリャータは一旦奥へと引っ込んで行く。そして再び戻ってきた時には、この家の女中頭を連れてきた。
「坊ちゃん方、せっかくのものありがとうございます。今日は旦那様がいらっしゃるので、そちらに直接お渡しなさっていただけませんか?」
柔らかだが有無を言わせぬ迫力が彼女にはあった。二人はただ首を縦に振る。
「それではこちらへ。レク様もそちらに、と申しつけておりますので」
二人は顔を見合わせる。この家の旦那様と言えば、要するにレク達の父親なのだろう。女中頭の後に彼等は付いて行く。
「旦那様、小さなお客様をお通し致しました」
「入りなさい」
扉を開けると、大きな机に向かって書類を両脇に積み上げている男性がいた。
さらさらと良い紙に墨筆で清書している姿は子供達にとっては非常に大切な仕事の文書を作っているかの様に見えた。
墨筆を置くと、彼は机の前から立ち、子供達が座る椅子の方へと移動した。
「今日は何だね、何かうちのアーシェに贈り物をしてくれると聞いたが」
「は、はい! これを……」
ばね人形の様に飛び上がると、フェルリはエガナからの包みをイルリジーに渡した。
「開けてもいいかな?」
「はい!」
「僕達も中身を知りたいです!」
おい、とフェルリはラテの腕を軽くつねる。ふっ、とイルリジーは笑うと淀みない仕草で開いてみる。そこにあったのは数枚の肌着と、柔らかな糸で編まれた可愛らしい上着だった。
「これを君等の母上が?」
「あ、はい! うちの母さんはそういうものがとても上手なんです!」
「僕やフェルリの襟巻きも作ってくれると約束しました!」
そういう意味で聞いている訳ではないのだが、子供にはそこは伝わらないし、伝える必要も無い。
イルリジーは見た瞬間、幾つの部分がひっかかったのだ。
一つは、肌着にされている刺繍の模様。そしてもう一つは上着に使われている糸と編み方だった。
無論模様などというものは皆自由に考え、個性を出すのが普通である。ただそこにしてあったのは、副帝都近辺ではそう見ないパターンの柄と色合わせだったのだ。
現在副帝都で流行っているのは花の刺繍。小花をそのままの形で取り入れたものである。
だがそこに刺されていたのは、むしろ花を「象った」もの。それだけではない。鳥や獣を象った―――
「君等の母上は草原の出身かい?」
「? いいえ?」
「聞いたことがありません」
ねえ、と二人はうなづきあった。
そしてこの上着の編み方。これはまだ彼が見たことが無いものだった。
糸はまず予想がついた。自分達の卸しで扱っているものではなく、別の系列の店のものだろう。色の微妙さも自分達の扱いには無い。
問題は編み方だった。無論個人で工夫することはあるだろう。
だがやはり目の前にある中心を細くし、ふわふわとした毛足を長くとった糸をひたすらに軽く軽く、それでいて揃った調子で全体を鎖の編み目で作ったものは、今まで彼は見たことがなかった。
「とてもいいものをありがとう、と母上にお伝えしてくれ。今日はゆっくりしていって欲しい。できれば夕食も一緒に」
「え」
「あの、家には夕刻には帰ると」
「その辺りは私の方から連絡をしておこう。最近君等が来る様になってから、息子達が楽しそうでな」
「僕らも楽しいです。学問所は楽しいですが、すぐに皆走って帰ってしまうから……」
「君等の家はそう遠くは無いね」
「はい。でも結構遠くから通ってきていたり、家の手伝いをしなくてはならないとか色々……」
なるほど、とイルリジーはうなづき、幾つか学問所のことを訊ねる。二人はそれぞれの意見をそれぞれに持っている様子だった。
ただ一つ、フェルリが母親のことを母さん、と読んで話題に出しているのに対して、ラテがその件に関しては何かしらの呼称をつけていないこと気になった。
先ほどの疑問と、この点。後でゆっくり考えてみよう、と彼は思った。
そして大人の質問に答えるのは、なかなかに時間がかかる。考えているうちにレクが二人を呼びに来た。
「父さん、今日は二人に夕飯まで居てもらっていいの?」
「ああ。そう伝える様に命じてもおいた」
「やった!」
レクは両手を胸の前で握りしめた。
「そう、今日はこの二人の母上からアーシェに贈り物があったんだ。せっかくだからお前の妹を見せてやりなさい」
「父さんも! あ! それが貰ったものなんでしょ!? アーシェに似合うかな」
「そうだなあ」
イルリジーは子供三人を連れて娘が大事に寝かされている部屋へと向かった。
*
一方、遅くなるとの知らせを受けたエガナは、トモレコルの主人がそれに込めた何かを読み取ることができるかと考えていた。
刺繍はそう、確かに彼が看破した様に草原で使う花や鳥そのものではなく「象った」ものである。彩りもそれに倣っている。
そして編み方と糸は――― まだこれは市井に出回っているやり方ではない。皇后に相談した時、何処まで通じるかやり方を聞いてきた、縫製方の新作の糸と編み方の組み合わせだった。
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