上 下
18 / 38

第18話 報告三件

しおりを挟む
 十日もすると、フヨウの直属の部下が夜の闇に紛れて戻り、報告をし始めた。

「現在暫定的に完成されました地図によるところの砂漠と思われる境界線に沿って、我々は調査を開始いたしました。調査は男女一組で。旅の商人夫婦ということで」

 戻ってきた一人一人とフヨウとサボンを加え、その「夫婦」を演じていた女の方が直接報告にやって来る。現在報告しているのは「浅葱アサギ」という名を持っている、サボンより少し年上の女だった。

「もともとカリョン様のところに持ち込んだとされる物売りの経路を調べたところ、彼等は彼等で問屋があり、個々人で仕入れる訳ではなさげです。そこに入り込み、糸の産地を調べました」
「問題はそれがどの範囲まで、だが……」
「中心を出荷された村落に置き、そこからどれだけの範囲で生産がされているのか、後は散っての調査だったのですが」

 浅葱は懐から布と油紙で包んだ数枚の葉を取り出した。

「桑の葉ですね。ですが少し形と色が私の知っているものと違いますが」

 フヨウはその一枚を手に取ろうとするが、アリカは首を横に振った。

「形は違いがあるのが元々…… 色か」
「形は違いがあるのが普通なのですか?」

 サボンが問いかける。

「桑は木によって葉の形が違う。はじめから水のみで育てたならば、丸いままだが……」
「水のみで育てられるのですか!」

 フヨウが驚いた。彼女達の里でも桑は普通にあったが、あくまで野生にあるものだという認識だった。

「育てようと思えば、水と陽の光があれば大概の植物は育つ。ただそれができる環境があれば。残念ながら今のここでは無理だが」

 アリカの中には「できる環境」が見えているのだろう。サボンはそういう時少し寂しくなる。そしてまた、アリカはできない環境であることに苛立ちを感じるのだろうな、とも思う。

「この葉は糸の生産地のものです。実際、その地ではその様な糸しか蚕から出てこないと言ってました。あの辺りでは不吉な色だということで、喪の服を作ることに使っていたようです。ところが近年の『珍しい糸』や『編み飾り』が広まったことで、他地方では別の目的で売れるかもしれない、と出してきたところであると」
「その地方では当たり前だった訳だな。それ以外の服は何で作っていた?」
「地図ですとこの辺りになります」

 帝都と緯度はそう変わらないのだが、より深く砂漠地帯に食い込んでいるかの様だった。

「この辺りに人が住んでいるの?」
「ええ。砂漠側に進んで行くと、砂ではなく岩と乾いた大地の続く地が続くのですが、唐突に緑と水が豊かな地があるのですよ」
「そこにだけ人は集って住んでいる…… ということで良いか?」
「はい。最も近い内地側の集落とは馬でも一日かかりました。『行き止まりの村』と呼ばれているそうです」
「『行き止まり』」

 アリカは繰り返した。



 やがて次々に戻ってくる者達も全て葉を携えてきた。北の遊牧地に近い辺りから戻ってきた「珊瑚」はその呼び名の様なつややかな唇と柔らかな声でこう語った。

「自分が向かった地では特にそれらの色を持つ糸が生産されることはありませんでした。そもそも桑が育つ様な環境でもなく、糸も羊や山羊の毛から取ることが普通の場所でしたので」

 そういう地が多いことはアリカもサボンも良く知っている。何かと二人の話題に出た場所だ。メ族もその辺りに昔は住んでいた。

「現在はあくまで遊牧のみなのか?」
「一応その様です」
「一応というのは」
「途中に山地を通って行くのですが、そこで時々美しい石が採れるということで、それを生業にする者も」
「遊牧の民はそれはしないのか?」
「石採りの民は遊牧を捨てた者とされて、彼等からは侮蔑の対象となっている模様。天と地の恵みにより育てた山羊や羊、馬にて生きることより安易に、大地の一部を掘り起こし削り取り金に換える者を彼等は好みません」
「しかし彼等にも装飾品はあるのではないか? 美しい石ならば」
「如何なものでしょう。私が調べた場所においては、飾りといえば色鮮やかな刺繍でしたが。その場合の糸は絹糸ですので、他の地から買い付けるという具合ですが」
「石は拒否するのか」
「宝石は我々の里でも珍重されるものですが」
「私もそう思う。何処にでもあるものでない美しいものであるから宝石と呼ばれるのだ。だとしたら、彼等が石のものを忌避する理由があるのか?」
「その辺りまでは」
「引き続き調べる様に」
「は」

 そう言って珊瑚は下がった。



 またこう報告する者もいた。

「我々から見たら食べられる植物でも、止められることが途中から増えてきました」
「それはどの辺りからか?」

 地図を示してアリカは次の「蘇芳」に問いかけた。

「自分の担当はこの辺りから」

 帝都よりずっと北の方だった。

「大地自体が常に凍り付いている様な場所でした。全体的に山地で、標高が高く、住む者も少なく」
「それでもその地に住む者達は、我々の知る植物が駄目だというなら、何を食べていたのだ?」
「最も止められたのは苔でした。角の大きな馬と鹿の間の様な獣を飼い慣らし、時には食している模様。山の木々にて頑丈な家を作る部族と、天幕を張って移動する部族が半々というところです」
「……様々だな。少なくともここの資料にある記録とはずいぶんと様変わりしている」

 やや苛立った口調でアリカはつぶやいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

四代目は身代わりの皇后③皇太子誕生~祖后と皇太后来たる

江戸川ばた散歩
ファンタジー
何十年も後継者が出来なかった「帝国」の皇帝の世継ぎである「息子」を身ごもったサヘ将軍家の娘アリカ。そしてその側近の上級女官となったサボン。 実は元々はその立場は逆だったのだが、お互いの望みが一緒だったことで入れ替わった二人。結果として失われた部族「メ」の生き残りが皇后となり、将軍の最愛の娘はそのお付きとなった。 膨大な知識を皇后となったことでインプットされてしまった「アリカ」と、女官となったことで知り得なかった人生を歩むこととなった「サボン」の波乱と友情と日常のはなし。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

六代目は最後の皇太后

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「西向きの窓を開けて」に出てくる六代皇后・カラシュが後宮に収められる時のはなし。 小ぢんまりとしたハッピーエンドを目指してみました。

処理中です...