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第17話 菓子食べて気を晴らそう。
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「どうしたんだい沈んでるねえ」
「そうです沈んでるんです」
弔問から戻ってくると、サボンはアリカに報告した後、配膳方の上級女官の部屋へと向かった。
タボーはぐったりした様子のサボンにとりあえず茶と焼き菓子を出す。この十年で、焼き菓子もずいぶんと変化した。どちらかというと油脂が入って固く、もしくはさっくり焼くものが多かったのだが、ふんわりとしたものの種類がずいぶんと増えた。
その本日作る必要があったふんわりとしたものの端を集め、クリームと果物とシロップを共に器に入れて和えたものがどん、とサボンの前に置かれる。極端に疲れた様子を見せた女官にはこれが一番だ、とタボーは考えている様だった。
焼かれたスポンジにシロップが染み、普段よりこってりとした味となる。そこに果物の酸味が加わり、口の中で思わぬ刺激をもたらす。
時にはそのシロップにこれも近年やや規模を広げて普及しだした炭酸水を混ぜることもあった。
炭酸水はとある地方の藩候夫人からの情報から帝都にもたらされた。
その爽やかさから全土に広げる価値はある、と感じた皇后は製法を彼女に教えてくれる様に頼んだ。
元々その地は麦の産地で、酒と言えばビールだった。その仕込み過程で、炭酸水が発見されたことが始まりだったらしい。
そこにやはりその地の特産である柑橘類で匂いや風味をつけることで当地の名物にはなったいたのだが、他の地へ持って行く程の商品価値を見いだせなかったのだという。
だがそれは場所による、とアリカは主張した。その藩候はその後、似た風土、似た農産物を作る藩候領と提携し、互いの製法を確認したという。
「あとは競争に任せてもいい」
アリカはそう言った。帝都や副帝都では夏の涼やかな飲み物として、もっと暑い地方では常の飲み物として受け容れられた。
特に南方では濃い味の果物が豊富だったことから、双方の産物の流通も頻繁になったという。
そんな交流の産物がサボンの目の前にどん、と存在する。ふわふわのスポンジ、甘いシロップは蜂蜜ではなく南での生産が拡大した砂糖から作られたもの。果物は北の山の方のものから南のものまで細かく様々に入っている。
そして牧畜地で作られる様になった濃厚なクリーム。
それをまたふわふわに泡立てることでふわふわの菓子が更に豪華に、それでいて軽やかに変身した。
そこに匙を入れ、大盛りにしてぱくつく。ふう、とサボンはため息をついた。
「人心地ついた気分」
茶は甘味抜きのもの。これも穏やかかつ朝晩の温度が違う地方で作られる様になった柔らかな緑茶だった。菓子の甘味が強くなるにつれ、さっぱりした、後味が引かない茶も求められる様になった。
「陛下の姉上がお亡くなりになったってことだろ? まあ葬式ってのは言って心地よいとこじゃあないからねえ。それにまあ、当人が行ける訳じゃないから、あんたもまあ」
「そうなんですよね」
実際は当人なのだが。だからこそ追い返されたのだが。
自分が昔彼女達とは一緒に遊ばなかったことのつけが回ってきたのだ、とサボンは思う。だがそれは彼女のせいではない。当時彼女と自分の娘達を遠ざけていたのは、むしろミチャ夫人の方だったのだ。だがアリカもシャンポンもそれは知らない。
「色々と面倒だねえ」
「ですねえ」
ぱくぱくと半ば自棄の様に器の中の菓子を口にしていく。
「む」
「どうした?」
「この緑の果物、しびれるような感じがするんですが」
「ああ、それは人によっては舌に来る様だね。毒は無いようだけど、あんまり気になるようなら除けておきな」
南の地方の味の濃い果物にはそういうところがある。
「派手で味の濃いものは毒があるのでしょうかねえ」
「毒とまではいかないでも、南の方のものは何かと特徴があるねえ。いやあ、あの滅茶苦茶臭い果物の時にはどうしようかと思ったよ」
あはは、とタボーは笑った。
「臭い?」
「いや、ここに仕入れる業者がわざわざあたしを呼んで試させたのさ。ところが! 鼻をつまめば実はまあとろっとしてなかなかいい味なんだがね。さすがにここじゃ無理だ、ってことになったよ。いやああれは凄い臭いだった」
「そういうことがあったんですか。じゃあ結構商人達の間では、こちらへ通せないものもあるんですよね」
それではあの糸蛾の飾りはどうなのだろう。サボンはふとそのことを思い出す。良いものならこちらへやってきたとしてもおかしくはないのに、未だカリョンの辺りで留まっているというのは。
「他にもの凄く臭い食材ってありました?」
その方向でサボンは問いかける。
「そうだねえ。魚を発酵させたものってのは凄い臭いになるよ。ただ確かに美味いんだけど。あれはさすがに帝都にはそうそう持ち込めないねえ」
「魚」
「ほら、桜の方の調味料で豆を発酵させたものがあるだろう? あれと同じ理屈さ。あえて腐らせて美味しくするんだ」
「腐る、が発酵?」
「と言ってるね。さすがに同じ言葉ではまずいだろ。食べるものじゃ」
サボンは匙をいったん置いて茶を口にする。この茶は口と頭がすっきりするのだ。
「帝都に入らせないのは何故でしょう?」
「帝都だからだろうねえ。やっぱり政治の都だし。元々は生活の場じゃないしね。そういうのは副帝都の方がよっぽどある。だから時々うちの子達もやらせてるんだろ?」
「でしたね」
それは縫製方も技術方も同様だった。帝都以外に優秀な材料や人材があれば、考えつかなかったものを知らないうちに生み出していることもあるだろう。それをなるべく蒐集したい、というのはアリカの意思でもある。時には技術者や職人そのものを連れてくることもあった。
ではあの糸蛾の件はどうなんだろう?
サボンは再びぱく、と菓子と口にした。
「そうです沈んでるんです」
弔問から戻ってくると、サボンはアリカに報告した後、配膳方の上級女官の部屋へと向かった。
タボーはぐったりした様子のサボンにとりあえず茶と焼き菓子を出す。この十年で、焼き菓子もずいぶんと変化した。どちらかというと油脂が入って固く、もしくはさっくり焼くものが多かったのだが、ふんわりとしたものの種類がずいぶんと増えた。
その本日作る必要があったふんわりとしたものの端を集め、クリームと果物とシロップを共に器に入れて和えたものがどん、とサボンの前に置かれる。極端に疲れた様子を見せた女官にはこれが一番だ、とタボーは考えている様だった。
焼かれたスポンジにシロップが染み、普段よりこってりとした味となる。そこに果物の酸味が加わり、口の中で思わぬ刺激をもたらす。
時にはそのシロップにこれも近年やや規模を広げて普及しだした炭酸水を混ぜることもあった。
炭酸水はとある地方の藩候夫人からの情報から帝都にもたらされた。
その爽やかさから全土に広げる価値はある、と感じた皇后は製法を彼女に教えてくれる様に頼んだ。
元々その地は麦の産地で、酒と言えばビールだった。その仕込み過程で、炭酸水が発見されたことが始まりだったらしい。
そこにやはりその地の特産である柑橘類で匂いや風味をつけることで当地の名物にはなったいたのだが、他の地へ持って行く程の商品価値を見いだせなかったのだという。
だがそれは場所による、とアリカは主張した。その藩候はその後、似た風土、似た農産物を作る藩候領と提携し、互いの製法を確認したという。
「あとは競争に任せてもいい」
アリカはそう言った。帝都や副帝都では夏の涼やかな飲み物として、もっと暑い地方では常の飲み物として受け容れられた。
特に南方では濃い味の果物が豊富だったことから、双方の産物の流通も頻繁になったという。
そんな交流の産物がサボンの目の前にどん、と存在する。ふわふわのスポンジ、甘いシロップは蜂蜜ではなく南での生産が拡大した砂糖から作られたもの。果物は北の山の方のものから南のものまで細かく様々に入っている。
そして牧畜地で作られる様になった濃厚なクリーム。
それをまたふわふわに泡立てることでふわふわの菓子が更に豪華に、それでいて軽やかに変身した。
そこに匙を入れ、大盛りにしてぱくつく。ふう、とサボンはため息をついた。
「人心地ついた気分」
茶は甘味抜きのもの。これも穏やかかつ朝晩の温度が違う地方で作られる様になった柔らかな緑茶だった。菓子の甘味が強くなるにつれ、さっぱりした、後味が引かない茶も求められる様になった。
「陛下の姉上がお亡くなりになったってことだろ? まあ葬式ってのは言って心地よいとこじゃあないからねえ。それにまあ、当人が行ける訳じゃないから、あんたもまあ」
「そうなんですよね」
実際は当人なのだが。だからこそ追い返されたのだが。
自分が昔彼女達とは一緒に遊ばなかったことのつけが回ってきたのだ、とサボンは思う。だがそれは彼女のせいではない。当時彼女と自分の娘達を遠ざけていたのは、むしろミチャ夫人の方だったのだ。だがアリカもシャンポンもそれは知らない。
「色々と面倒だねえ」
「ですねえ」
ぱくぱくと半ば自棄の様に器の中の菓子を口にしていく。
「む」
「どうした?」
「この緑の果物、しびれるような感じがするんですが」
「ああ、それは人によっては舌に来る様だね。毒は無いようだけど、あんまり気になるようなら除けておきな」
南の地方の味の濃い果物にはそういうところがある。
「派手で味の濃いものは毒があるのでしょうかねえ」
「毒とまではいかないでも、南の方のものは何かと特徴があるねえ。いやあ、あの滅茶苦茶臭い果物の時にはどうしようかと思ったよ」
あはは、とタボーは笑った。
「臭い?」
「いや、ここに仕入れる業者がわざわざあたしを呼んで試させたのさ。ところが! 鼻をつまめば実はまあとろっとしてなかなかいい味なんだがね。さすがにここじゃ無理だ、ってことになったよ。いやああれは凄い臭いだった」
「そういうことがあったんですか。じゃあ結構商人達の間では、こちらへ通せないものもあるんですよね」
それではあの糸蛾の飾りはどうなのだろう。サボンはふとそのことを思い出す。良いものならこちらへやってきたとしてもおかしくはないのに、未だカリョンの辺りで留まっているというのは。
「他にもの凄く臭い食材ってありました?」
その方向でサボンは問いかける。
「そうだねえ。魚を発酵させたものってのは凄い臭いになるよ。ただ確かに美味いんだけど。あれはさすがに帝都にはそうそう持ち込めないねえ」
「魚」
「ほら、桜の方の調味料で豆を発酵させたものがあるだろう? あれと同じ理屈さ。あえて腐らせて美味しくするんだ」
「腐る、が発酵?」
「と言ってるね。さすがに同じ言葉ではまずいだろ。食べるものじゃ」
サボンは匙をいったん置いて茶を口にする。この茶は口と頭がすっきりするのだ。
「帝都に入らせないのは何故でしょう?」
「帝都だからだろうねえ。やっぱり政治の都だし。元々は生活の場じゃないしね。そういうのは副帝都の方がよっぽどある。だから時々うちの子達もやらせてるんだろ?」
「でしたね」
それは縫製方も技術方も同様だった。帝都以外に優秀な材料や人材があれば、考えつかなかったものを知らないうちに生み出していることもあるだろう。それをなるべく蒐集したい、というのはアリカの意思でもある。時には技術者や職人そのものを連れてくることもあった。
ではあの糸蛾の件はどうなんだろう?
サボンは再びぱく、と菓子と口にした。
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