16 / 38
第16話 ラテはトモレコルの兄弟と友達になりたい
しおりを挟む
「休んでるね」
学問所には今日もトモレコルの三兄弟が来ていない。
「休んでる」
先日慌ただしげに飛んで帰った三兄弟がラテは何となく気になっていた。
「トバータ先生、……トモレコル家の三人がずっと休んでるんですが、どうしたんですか?」
「ああ……」
トバータ・トバタエルという名の文章表記の中年教師は眼鏡の下の瞼を伏せた。
「可哀想に、妹が生まれたのはいいが、母君がお亡くなりになったのだよ」
「え」
ラテはあの時のわくわくした調子で出ていった兄弟を思い出す。
「喪に服しているのですか?」
フェルリも重ねて問いかける。
「それもあるのだが、あの家は結構大きいからね……」
それ以上は言えないよ、とばかりに教師は苦笑した。この学問所にやってくる子供達は、それぞれ何かしらの事情を持っている。それが良くも悪くも、だ。
ラテとフェルリの様に正体を隠して通う者も少なくない。藩候の息子もあちこちに紛れ込んでいるという。
ただこの学問所ではそれを表に出さないことが、通う者として相応しい行動だとされている。重要なのは家ではなく能力なのだ、と。
それを自覚している親が子供を通わせる場所だった。
中には男装した少女も居るという噂もあったが―――それは未だ噂の範囲に過ぎない。過去にあったことが現在ある様に大げさに言われているだけかもしれない。
ともかく、子供達は割合それぞれの家の家格や資産等については見てみないことにしていた。無論判らない歳の子も居た訳だが。
ラテとフェルリはトモレコル家が結構な豪商でかつ――― ラテの名目上の従兄弟であることも知ってはいた。ただそれを知っている者は学問所の長しか居なかった。皇太子がわざわざ副帝都の学問所に通っているということは内密なのだ。
「ラテは気になる?」
「気になる。気にならなくちゃおかしいよ。僕としちゃ。帰ったら聞かなくちゃ」
エガナに、という言葉は外では飲み込む。
*
「……ええ、お亡くなりになったと聞いたわ」
「母上の異母姉様だということだけど」
「そう。ただあまり皇后陛下とのお付き合いはなかったというの。それに先日サボンさんが弔問の手紙を持っていったら、中には入れなかったという手紙が来たわ。だからうちからもこれと言って関わりがあった訳ではないので行ってはいけません」
「いけないの」
「ええ。例えば先にあのきょうだいと友達になって行き来する間柄だったならともかく、この間ぶつかっただけの相手でしょう? お友達というにはそれだけではどうかしら」
それもそうだ、とさすがにラテも思う。
「それとも、あそこの一番の上の坊ちゃんと友達になりたいと思う?」
「あそこの一番上のレク君とは話してみたいと思う」
「話が合いそうだった?」
「……かどうかは判らないけど、いいお兄さんしてた」
ちら、とラテはフェルリを見る。
「俺はだってさ、一応同じ歳に入るじゃないか……」
「うん、でもレク君は僕より一つ下と聞いたからさ」
うんうん、とエガナは微笑みながらうなづく。
「別にフェルリ以外の子とも遊んでもいいんですよ?」
「判ってる。ただ……」
「何? ラテ」
フェルリも問いかける。彼は彼なりに、自分以外になかなか打ち解けない皇子の身を案じてはいた。
「上手く話が見つからないんだ」
「そっか。だったら俺がまず入るから、はじめは一緒にくっついていればいいさ。それでじっくり見てろよ。皆」
うん、とラテは笑顔でうなづいた。
確かにこの子供は少し前まで大人達の間でしか育てられなかったという事情があるのだ。
「じゃあお願い。あの三兄弟が学問所に来る様になったら、一緒に遊びたいって」
「まかせろ」
頼られるのは嬉しい、とフェルリは思う。
「……お母さんがお産で亡くなってしまうのって、辛いだろうね」
ラテはつぶやく。
「そうですね。あのうちの場合、特にあのトモレコル夫人はともかく沢山の子供を産もうとしていた様ですし」
「沢山の?」
「ええ。三人の男の子の他に、まだまだ女の子も欲しい、と言っていたという噂でしたよ」
さすがに流産のことまではエガナは子供達には言わなかった。カリョンの店に行った時に、一応商売敵のトモレコル家の情報も入れてきたのだ。
そこがサヘ家の娘が嫁いだ場所であると聞いていたから、念入りに。
「でもね、商売敵とはいえ、お互いに有効な情報は交換したりしていたのよ」
カリョンはそう言っていた。
*
「トモレコル商会は、うちと違って沢山の分野に手を出してるでしょ? 本当言うと、この糸蛾にしても、行商がそういうものを持ち込んでいるって言ってきたのは向こうなのよ」
「ということは、向こうにも来たのよね。でも売ろうとはしなかったの?」
「売る対象が違ったんですって。トモレコル商会はどちらかというと、貴族よりは中堅の商家や職人、良いものを安く沢山、という感じらしいの。だからうちに回ってきたみたい。高すぎるからって」
無論その話も先日皇后の耳には入れておいた。
ということは、トモレコル夫人は「あれ」をじっくり検分していたのだろうか。ふとエガナの中に疑問が湧いた。
学問所には今日もトモレコルの三兄弟が来ていない。
「休んでる」
先日慌ただしげに飛んで帰った三兄弟がラテは何となく気になっていた。
「トバータ先生、……トモレコル家の三人がずっと休んでるんですが、どうしたんですか?」
「ああ……」
トバータ・トバタエルという名の文章表記の中年教師は眼鏡の下の瞼を伏せた。
「可哀想に、妹が生まれたのはいいが、母君がお亡くなりになったのだよ」
「え」
ラテはあの時のわくわくした調子で出ていった兄弟を思い出す。
「喪に服しているのですか?」
フェルリも重ねて問いかける。
「それもあるのだが、あの家は結構大きいからね……」
それ以上は言えないよ、とばかりに教師は苦笑した。この学問所にやってくる子供達は、それぞれ何かしらの事情を持っている。それが良くも悪くも、だ。
ラテとフェルリの様に正体を隠して通う者も少なくない。藩候の息子もあちこちに紛れ込んでいるという。
ただこの学問所ではそれを表に出さないことが、通う者として相応しい行動だとされている。重要なのは家ではなく能力なのだ、と。
それを自覚している親が子供を通わせる場所だった。
中には男装した少女も居るという噂もあったが―――それは未だ噂の範囲に過ぎない。過去にあったことが現在ある様に大げさに言われているだけかもしれない。
ともかく、子供達は割合それぞれの家の家格や資産等については見てみないことにしていた。無論判らない歳の子も居た訳だが。
ラテとフェルリはトモレコル家が結構な豪商でかつ――― ラテの名目上の従兄弟であることも知ってはいた。ただそれを知っている者は学問所の長しか居なかった。皇太子がわざわざ副帝都の学問所に通っているということは内密なのだ。
「ラテは気になる?」
「気になる。気にならなくちゃおかしいよ。僕としちゃ。帰ったら聞かなくちゃ」
エガナに、という言葉は外では飲み込む。
*
「……ええ、お亡くなりになったと聞いたわ」
「母上の異母姉様だということだけど」
「そう。ただあまり皇后陛下とのお付き合いはなかったというの。それに先日サボンさんが弔問の手紙を持っていったら、中には入れなかったという手紙が来たわ。だからうちからもこれと言って関わりがあった訳ではないので行ってはいけません」
「いけないの」
「ええ。例えば先にあのきょうだいと友達になって行き来する間柄だったならともかく、この間ぶつかっただけの相手でしょう? お友達というにはそれだけではどうかしら」
それもそうだ、とさすがにラテも思う。
「それとも、あそこの一番の上の坊ちゃんと友達になりたいと思う?」
「あそこの一番上のレク君とは話してみたいと思う」
「話が合いそうだった?」
「……かどうかは判らないけど、いいお兄さんしてた」
ちら、とラテはフェルリを見る。
「俺はだってさ、一応同じ歳に入るじゃないか……」
「うん、でもレク君は僕より一つ下と聞いたからさ」
うんうん、とエガナは微笑みながらうなづく。
「別にフェルリ以外の子とも遊んでもいいんですよ?」
「判ってる。ただ……」
「何? ラテ」
フェルリも問いかける。彼は彼なりに、自分以外になかなか打ち解けない皇子の身を案じてはいた。
「上手く話が見つからないんだ」
「そっか。だったら俺がまず入るから、はじめは一緒にくっついていればいいさ。それでじっくり見てろよ。皆」
うん、とラテは笑顔でうなづいた。
確かにこの子供は少し前まで大人達の間でしか育てられなかったという事情があるのだ。
「じゃあお願い。あの三兄弟が学問所に来る様になったら、一緒に遊びたいって」
「まかせろ」
頼られるのは嬉しい、とフェルリは思う。
「……お母さんがお産で亡くなってしまうのって、辛いだろうね」
ラテはつぶやく。
「そうですね。あのうちの場合、特にあのトモレコル夫人はともかく沢山の子供を産もうとしていた様ですし」
「沢山の?」
「ええ。三人の男の子の他に、まだまだ女の子も欲しい、と言っていたという噂でしたよ」
さすがに流産のことまではエガナは子供達には言わなかった。カリョンの店に行った時に、一応商売敵のトモレコル家の情報も入れてきたのだ。
そこがサヘ家の娘が嫁いだ場所であると聞いていたから、念入りに。
「でもね、商売敵とはいえ、お互いに有効な情報は交換したりしていたのよ」
カリョンはそう言っていた。
*
「トモレコル商会は、うちと違って沢山の分野に手を出してるでしょ? 本当言うと、この糸蛾にしても、行商がそういうものを持ち込んでいるって言ってきたのは向こうなのよ」
「ということは、向こうにも来たのよね。でも売ろうとはしなかったの?」
「売る対象が違ったんですって。トモレコル商会はどちらかというと、貴族よりは中堅の商家や職人、良いものを安く沢山、という感じらしいの。だからうちに回ってきたみたい。高すぎるからって」
無論その話も先日皇后の耳には入れておいた。
ということは、トモレコル夫人は「あれ」をじっくり検分していたのだろうか。ふとエガナの中に疑問が湧いた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
四代目は身代わりの皇后③皇太子誕生~祖后と皇太后来たる
江戸川ばた散歩
ファンタジー
何十年も後継者が出来なかった「帝国」の皇帝の世継ぎである「息子」を身ごもったサヘ将軍家の娘アリカ。そしてその側近の上級女官となったサボン。
実は元々はその立場は逆だったのだが、お互いの望みが一緒だったことで入れ替わった二人。結果として失われた部族「メ」の生き残りが皇后となり、将軍の最愛の娘はそのお付きとなった。
膨大な知識を皇后となったことでインプットされてしまった「アリカ」と、女官となったことで知り得なかった人生を歩むこととなった「サボン」の波乱と友情と日常のはなし。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる