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 本当の意味を、キムは知らない。自分がMにとって、どんな存在であるか、など。それは言うべきことではないのだ。
 Gはソードのスイッチを入れる。
 息を呑む。その呼吸は同時だった。
 光が触れ合う。衝撃が走る。相手の力に押され、押しつつ、位置を次第に変えて行く。
 何も考えず、目の前の相手の動きにだけ、目が行く。神経が集中する。
 それが実体を持った剣だったら、そこには果てしなく細かい音が鳴り響いたことだろう。だが彼らの剣は光だった。音はしない。ただそこにあるのは、重みを持った「力」だけだった。
 歯を食いしばり、Gは相手の加えてくる力に精一杯の抵抗をする。力では勝てない。
 エネルギーが切れるまで、という時間制限はあるだろう。しかし瞬発的な力の強さでは、生身である自分の方が決定的に不利なのだ。
 自分は、負ける訳にはいかない。死ぬ訳にはいかないのだ。
 Gは釣り合っていた力を、ほんの僅か、左に逸らした。あ、と声を立てて、キムはソードをすべらせた。その隙をついて、Gは相手の左腕に斬りつけた。
 叫び声一つ、無かった。
 服が裂け、腕の皮膚が裂け―――
 中のケーブルが、顔をのぞかせる。陰になった部分に、小さな火花が、見える。
 キムはGを真っ直ぐに見据えた。
 だらん、と下ろした左の腕を無視し、右の腕を大きく振り回した。そこには表情は無かった。
 強い力が、Gを圧していく。圧されている、とGは思う。足が、次第に後ろへと、引いていくのが判る。
 このままでは。心臓が危機を訴える。
 ひゅう、と首筋を涼しい風が通る。はっ、と気付くと、すぐ近くがこの屋上の突き当たりだった。
 この屋上には柵が無い。知っていたはずだった。
 ほんの少し、視線を下にやる。
 その隙をついて。
 Gはその瞬間、ソードを捨てていた。
 光が、落ちて行く。レプリカントの瞳は、その光に誘われた。
 ふっ。

 身体が、宙に舞う。

 何も考えなかった。
 Gはそれを見た瞬間、コンクリートの枠を、蹴っていた。

 そしてその手を、取った。
 世界が、暗転する。

 それで、行けるのだ、と彼は思った。
 思ったのに―――

 ……

 何だここは。
 暗転した世界が、いつまで経っても、次の光が見えない。
 いや、それだけではない。足元の感覚が無い。大気の感覚が無い。目に見える何か、が無い。
 見えるのは。
 その手を掴んだ、キムの姿だけだった。
 自分と、相手の姿だけが実体だった。実体に見えた。
 その他は。闇と言えば闇だし、何も無いと言えば無い。本当に自分が何かを見ているのだろうか、呼吸をしているのだろうか。足元は。
 手を掴んだままのキムは、呆然として、周囲を見渡している。何だここは、と口が言葉を形づくる。
 だがその言葉は伝わって来ない。
 音がしない。
 大気の振動が無い。
 振動は無いのに。
 それでも生きてる。
 指を伸ばす。
 首を回す。
 そんな身体の中から伝わってくる感覚は生きている。俺は死んでいない。
 なのに。
 どうして自分はここに居るのだろう?
 飛び降りた瞬間、安全な所に、と願った。
 自分の中の、もっとも頼れる部分に、そう命じた。命令は実行されるはずだった。
 はずなのに。
 つないだ手を重心にする様にして、キムはぐっと身体を持ち上げる。何だここは、と唇が動く。組織の人間の会話法を彼は思い出す。唇の動きを読むのだ。わからない、とGは答えた。
 俺はお前と一緒に、安全な所に飛びたい、と願っただけだ。Gはそう唇を動かす。相手の手に込められた力が強くなる。

 何故。

 相手の唇が動く。

 何故、そんなことをするんだ。

 判らない、とGは首を横に振る。気がついたら、そうしていたのだ、と。
 身体の中で危険信号が鳴る。雷鳴の様に、ぎらりとした光の印象を伴う。

 ―――手を離せ。それは異分子だ。

 何だって? 彼は自分の中に問いかける。異分子?
 それ以上の答えは無い。異分子。そう言えば。
 どんな場所であっても、彼はいつも、一人で移動してきた。確かに所持していたものは自分についてきた。
 だがそれは、自分に属するものだ。
 この手の先の、レプリカントは、自分ではない。自分に属するものでもない。

 だから、なのか?
 俺は、こいつを連れては、元の次元には戻れないとでも、言うのか?

 どうすれば、いい。彼は自分自身に問いかける。答えは明確だ。自分が助かりたかったら、手を離せ。二人が助かる道は、無いのだ。
 だけど。
 Gはためらう。何か道は無いのか。二人とも、生き延びることができる方法は。
 見つからない。果たしてこの空間で、このまま生き続けていられるか、という保証もない。そもそもここに時間があるのか、も判らない。
 それでは。
 ふっ、と相手の手が頬に触れる感触で、Gは我に返った。どうしたんだよ、とその唇が動く。何と答えていいのか、判らなかった。
 生きなくちゃならない。いや、それ以上に生きたい。だけど、目の前のこのレプリカントを死なせたくないのだ。
 Mに対する気持ちとも、seraphの構成員達に対する気持ちとも違う。敵に回ろうが、この先ずっと会えることが無かろうが、とにかく、この相手に、生きていて欲しいのだ。
 泣くなよ、と相手の唇が動く。
 泣いてない、とGは首を横に振る。
 頬が濡れている様な気がする。だけどそれは涙ではない。ないはずだ。
 嘘、と相手は笑顔を作る。泣きそうな顔で、笑う。
 唇が、動く。

 お前は、生きろよ。

 とん、と両手が肩を押した。

 はっ、とGは手を伸ばした。
 しかし―――

 沈んで行く。
 
 次の瞬間、世界が光に包まれた。

   *

 !

 光が目に突き刺さる!

 手を伸ばしたままの姿勢で、地面に膝をついていることに気付いたのはその次だった。
 暖かくは無い、大地がそこにあった。元の場所だ。太陽の位置がまるで変わっていない。マレエフの、自分が飛び降りた建物の、ちょうど真下だった。
 空を見上げる。辺りを見渡す。誰も居ない。
 誰も居ない。
 居ない―――

 大地に突っ伏せて、彼は子供の様に泣いた。

 長い間、泣き続けた。
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