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74.ここは故郷
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服を手にしたまま、再び外に出ると、雲は尚更厚くなり、低く立ちこめていた。
再びふらふら、と辺りをさまよう。思った以上に、滑走路はさっぱりとしていた。あの当時の戦闘の跡は何処にも無い。風が破片を吹き飛ばし、建物の端へと押しのけたのだろうか。
長い、長い一本道。白いコンクリートの道が、延々続いている。
彼はその真ん中に立って、ぐるりと辺りを見渡す。
ここから、飛び立った。そして。
ここに残ったGを、見ていたんだ。
くっ、とキムは手にしていた服を強く抱きしめる。
待っているのは、盟友だった。旧友だった。そうありたいと思っていた相手だった。
それをどういう感情、というのか彼にはよく判らない。Mに対する絶対的な敬愛とは確実に違う。
一緒に居ると、楽しかった。仕事の上でしか無いのだが、それ以外の時でも、何かと理由をつけて、彼のところへ行っていた気がする。
何故だろう。その理由を考えたことが無い訳ではない。しかしそのたびに、明確な理由が見いだせない。
好き? それは間違いない。嫌いか好きかの二者択一を問われれば、シンプルな彼の頭は好き、と答えを弾き出す。迷いは無い。
じゃあそれが、どんな好きであるのか、と聞かれたら、もう彼にはお手上げだった。自分の知る、どんなパターンにも当てはまらない。友人? 恋人? 考えれば考えるだけ、混乱する。
だから彼は思考停止する。混乱は避けたい。
コルネル中佐に関しては、自分の気持ちは単純だった。あれは好き。ただ好き。それがどういう位置づけであっても構わない、と思う。
それが、いつか自分を殺してくれる、という約束のもとの絶対的な信頼から生じたものであることなど、彼は知らないし、気付こうともしない。
そんなことはどうでもいいのだ。
だがGの場合は違う。何かしら理由をつけたい自分が、そこに居るのだ。
首領。
彼は内心つぶやく。彼なら、この訳の分からない感覚に、名前をつけてくれるだろうか。
教えて欲しい。
空を見上げる。
どうしてそうしたのか、彼にも判らない。ただ、誘われる様に、視線が、空を向いていた。
ぽつん。
頬に、冷たいものが当たる。所どころに光をはらんだ雲の間から、大きな滴が落ちてくる。ぽつん、ぽつん。
頬に、髪に、額に、次第にその滴は数を増す。
音を立てて、雨は、次第に勢いを増す。
ざあああああああああ。
彼は、目を大きく見開く。
頬を、髪を、額を流れていく。
……ああそうか。
ここは、故郷なんだ。
どうして忘れていたのだろう。彼は思う。
流れて行く水が、伝えてくる。
お帰り、と彼に伝えてくる。何を苦しんでいるの、と伝えてくる。
苦しんではいないよ、と彼は声にならない声でつぶやく。ただ、胸が痛いんだ。
そうなんだね、と彼らはキムに伝えてくる。
流れて行く水が、奇妙に暖かい。彼は着ていたコートを脱いだ。手を広げる。そのままコンクリートの道に仰向けになる。
それでいいんだよ、と彼らは言う。何が、ではない。何を、でもない。ただそれだけを。
ざあああああああああ。
全身を、雨が濡らしていく。暖かい。
よく判らない。
けど、それでいいんだろ?
*
「やあ」
目を開けると、そこには待ち人が立っていた。雨は止んでいた。
キムは大の字に寝そべったまま、自分の体内時計を確かめる。眠っていた訳ではないが、ある程度の時間は経っていたらしい。
だってもう、身体が乾いている。空は晴れている。
青い、青い空。
待ち人は、頭の方に立ち、自分を見下ろしている。
「よくここだと判ったね」
「だって、お前と最初に会ったのはここだろ?」
そうだね、とキムは身体をゆっくりと起こす。ぱたぱた、と服についたほこりを払う。もう本当にすっかり乾いてしまっている。あの雨が嘘の様に。
「それにしても、よく来たね」
「お前が呼ぶからね」
いつも、自分を追ってきたのに。Gは思う。いつもそうだった。逃げ回っているのは自分で、探して、突き止めるのはこの連絡員だった。
「でもそれがどういう意味なのか、知ってるだろ?」
「ああ」
Gはうなづく。ずっと自分に言っていたことだ。MMを――― 盟主Mを裏切ったなら、連絡員は自分を殺す、と。
本気にしていなかった訳ではない。ただ、心の何処かでそうなってほしくはない、と思っていた。
何故なら―――
「お前が俺を殺したい、とは思えなかった」
「どの面下げてそんなことを言うよ」
キムは眉をぐっと寄せる。
「だけど、本当だろう?」
息を止める。
「お前は俺を、殺したくはなかったんだろう?」
「うるさい」
キムは脱ぎ捨てていたコートを拾う。そのポケットの中から、二つのレーザーソードを取り出した。
「取れよ」
一つをGに放る。ぱし、と音を立てて、Gはそれを受け取った。
「……最初に会った時、を覚えているか?」
「俺は、……レーザーソードを持ったお前にさらわれた」
「そう」
ぴ、とボタンを押す。1m程の薄青の光が飛び出した。
「あの時お前は急な攻撃に何もできなかったけど…… 時々思うよ。俺とあの時お前が本気でやりあっていたら、どうだったろう、って」
「キム」
「構えろよ。そして俺と立ち会え。俺はお前を殺さなくてはならない。だから俺と戦えよ。お前がお前の決めたところへ行きたいなら、俺を倒せよ」
再びふらふら、と辺りをさまよう。思った以上に、滑走路はさっぱりとしていた。あの当時の戦闘の跡は何処にも無い。風が破片を吹き飛ばし、建物の端へと押しのけたのだろうか。
長い、長い一本道。白いコンクリートの道が、延々続いている。
彼はその真ん中に立って、ぐるりと辺りを見渡す。
ここから、飛び立った。そして。
ここに残ったGを、見ていたんだ。
くっ、とキムは手にしていた服を強く抱きしめる。
待っているのは、盟友だった。旧友だった。そうありたいと思っていた相手だった。
それをどういう感情、というのか彼にはよく判らない。Mに対する絶対的な敬愛とは確実に違う。
一緒に居ると、楽しかった。仕事の上でしか無いのだが、それ以外の時でも、何かと理由をつけて、彼のところへ行っていた気がする。
何故だろう。その理由を考えたことが無い訳ではない。しかしそのたびに、明確な理由が見いだせない。
好き? それは間違いない。嫌いか好きかの二者択一を問われれば、シンプルな彼の頭は好き、と答えを弾き出す。迷いは無い。
じゃあそれが、どんな好きであるのか、と聞かれたら、もう彼にはお手上げだった。自分の知る、どんなパターンにも当てはまらない。友人? 恋人? 考えれば考えるだけ、混乱する。
だから彼は思考停止する。混乱は避けたい。
コルネル中佐に関しては、自分の気持ちは単純だった。あれは好き。ただ好き。それがどういう位置づけであっても構わない、と思う。
それが、いつか自分を殺してくれる、という約束のもとの絶対的な信頼から生じたものであることなど、彼は知らないし、気付こうともしない。
そんなことはどうでもいいのだ。
だがGの場合は違う。何かしら理由をつけたい自分が、そこに居るのだ。
首領。
彼は内心つぶやく。彼なら、この訳の分からない感覚に、名前をつけてくれるだろうか。
教えて欲しい。
空を見上げる。
どうしてそうしたのか、彼にも判らない。ただ、誘われる様に、視線が、空を向いていた。
ぽつん。
頬に、冷たいものが当たる。所どころに光をはらんだ雲の間から、大きな滴が落ちてくる。ぽつん、ぽつん。
頬に、髪に、額に、次第にその滴は数を増す。
音を立てて、雨は、次第に勢いを増す。
ざあああああああああ。
彼は、目を大きく見開く。
頬を、髪を、額を流れていく。
……ああそうか。
ここは、故郷なんだ。
どうして忘れていたのだろう。彼は思う。
流れて行く水が、伝えてくる。
お帰り、と彼に伝えてくる。何を苦しんでいるの、と伝えてくる。
苦しんではいないよ、と彼は声にならない声でつぶやく。ただ、胸が痛いんだ。
そうなんだね、と彼らはキムに伝えてくる。
流れて行く水が、奇妙に暖かい。彼は着ていたコートを脱いだ。手を広げる。そのままコンクリートの道に仰向けになる。
それでいいんだよ、と彼らは言う。何が、ではない。何を、でもない。ただそれだけを。
ざあああああああああ。
全身を、雨が濡らしていく。暖かい。
よく判らない。
けど、それでいいんだろ?
*
「やあ」
目を開けると、そこには待ち人が立っていた。雨は止んでいた。
キムは大の字に寝そべったまま、自分の体内時計を確かめる。眠っていた訳ではないが、ある程度の時間は経っていたらしい。
だってもう、身体が乾いている。空は晴れている。
青い、青い空。
待ち人は、頭の方に立ち、自分を見下ろしている。
「よくここだと判ったね」
「だって、お前と最初に会ったのはここだろ?」
そうだね、とキムは身体をゆっくりと起こす。ぱたぱた、と服についたほこりを払う。もう本当にすっかり乾いてしまっている。あの雨が嘘の様に。
「それにしても、よく来たね」
「お前が呼ぶからね」
いつも、自分を追ってきたのに。Gは思う。いつもそうだった。逃げ回っているのは自分で、探して、突き止めるのはこの連絡員だった。
「でもそれがどういう意味なのか、知ってるだろ?」
「ああ」
Gはうなづく。ずっと自分に言っていたことだ。MMを――― 盟主Mを裏切ったなら、連絡員は自分を殺す、と。
本気にしていなかった訳ではない。ただ、心の何処かでそうなってほしくはない、と思っていた。
何故なら―――
「お前が俺を殺したい、とは思えなかった」
「どの面下げてそんなことを言うよ」
キムは眉をぐっと寄せる。
「だけど、本当だろう?」
息を止める。
「お前は俺を、殺したくはなかったんだろう?」
「うるさい」
キムは脱ぎ捨てていたコートを拾う。そのポケットの中から、二つのレーザーソードを取り出した。
「取れよ」
一つをGに放る。ぱし、と音を立てて、Gはそれを受け取った。
「……最初に会った時、を覚えているか?」
「俺は、……レーザーソードを持ったお前にさらわれた」
「そう」
ぴ、とボタンを押す。1m程の薄青の光が飛び出した。
「あの時お前は急な攻撃に何もできなかったけど…… 時々思うよ。俺とあの時お前が本気でやりあっていたら、どうだったろう、って」
「キム」
「構えろよ。そして俺と立ち会え。俺はお前を殺さなくてはならない。だから俺と戦えよ。お前がお前の決めたところへ行きたいなら、俺を倒せよ」
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