上 下
75 / 78

74.ここは故郷

しおりを挟む
 服を手にしたまま、再び外に出ると、雲は尚更厚くなり、低く立ちこめていた。
 再びふらふら、と辺りをさまよう。思った以上に、滑走路はさっぱりとしていた。あの当時の戦闘の跡は何処にも無い。風が破片を吹き飛ばし、建物の端へと押しのけたのだろうか。
 長い、長い一本道。白いコンクリートの道が、延々続いている。
 彼はその真ん中に立って、ぐるりと辺りを見渡す。
 ここから、飛び立った。そして。
 ここに残ったGを、見ていたんだ。
 くっ、とキムは手にしていた服を強く抱きしめる。
 待っているのは、盟友だった。旧友だった。そうありたいと思っていた相手だった。
 それをどういう感情、というのか彼にはよく判らない。Mに対する絶対的な敬愛とは確実に違う。
 一緒に居ると、楽しかった。仕事の上でしか無いのだが、それ以外の時でも、何かと理由をつけて、彼のところへ行っていた気がする。
 何故だろう。その理由を考えたことが無い訳ではない。しかしそのたびに、明確な理由が見いだせない。
 好き? それは間違いない。嫌いか好きかの二者択一を問われれば、シンプルな彼の頭は好き、と答えを弾き出す。迷いは無い。
 じゃあそれが、どんな好きであるのか、と聞かれたら、もう彼にはお手上げだった。自分の知る、どんなパターンにも当てはまらない。友人? 恋人? 考えれば考えるだけ、混乱する。
 だから彼は思考停止する。混乱は避けたい。
 コルネル中佐に関しては、自分の気持ちは単純だった。あれは好き。ただ好き。それがどういう位置づけであっても構わない、と思う。
 それが、いつか自分を殺してくれる、という約束のもとの絶対的な信頼から生じたものであることなど、彼は知らないし、気付こうともしない。
 そんなことはどうでもいいのだ。
 だがGの場合は違う。何かしら理由をつけたい自分が、そこに居るのだ。

 首領。

 彼は内心つぶやく。彼なら、この訳の分からない感覚に、名前をつけてくれるだろうか。

 教えて欲しい。

 空を見上げる。
 どうしてそうしたのか、彼にも判らない。ただ、誘われる様に、視線が、空を向いていた。

 ぽつん。

 頬に、冷たいものが当たる。所どころに光をはらんだ雲の間から、大きな滴が落ちてくる。ぽつん、ぽつん。
 頬に、髪に、額に、次第にその滴は数を増す。
 音を立てて、雨は、次第に勢いを増す。

 ざあああああああああ。
 
 彼は、目を大きく見開く。
 頬を、髪を、額を流れていく。

 ……ああそうか。
 ここは、故郷なんだ。
 
 どうして忘れていたのだろう。彼は思う。
 流れて行く水が、伝えてくる。
 お帰り、と彼に伝えてくる。何を苦しんでいるの、と伝えてくる。
 苦しんではいないよ、と彼は声にならない声でつぶやく。ただ、胸が痛いんだ。
 そうなんだね、と彼らはキムに伝えてくる。
 流れて行く水が、奇妙に暖かい。彼は着ていたコートを脱いだ。手を広げる。そのままコンクリートの道に仰向けになる。
 それでいいんだよ、と彼らは言う。何が、ではない。何を、でもない。ただそれだけを。
 
 ざあああああああああ。
    
 全身を、雨が濡らしていく。暖かい。
 よく判らない。
 けど、それでいいんだろ?

   *

「やあ」

 目を開けると、そこには待ち人が立っていた。雨は止んでいた。
 キムは大の字に寝そべったまま、自分の体内時計を確かめる。眠っていた訳ではないが、ある程度の時間は経っていたらしい。
 だってもう、身体が乾いている。空は晴れている。
 青い、青い空。
 待ち人は、頭の方に立ち、自分を見下ろしている。

「よくここだと判ったね」
「だって、お前と最初に会ったのはここだろ?」

 そうだね、とキムは身体をゆっくりと起こす。ぱたぱた、と服についたほこりを払う。もう本当にすっかり乾いてしまっている。あの雨が嘘の様に。

「それにしても、よく来たね」
「お前が呼ぶからね」

 いつも、自分を追ってきたのに。Gは思う。いつもそうだった。逃げ回っているのは自分で、探して、突き止めるのはこの連絡員だった。

「でもそれがどういう意味なのか、知ってるだろ?」
「ああ」

 Gはうなづく。ずっと自分に言っていたことだ。MMを――― 盟主Mを裏切ったなら、連絡員は自分を殺す、と。
 本気にしていなかった訳ではない。ただ、心の何処かでそうなってほしくはない、と思っていた。
 何故なら―――

「お前が俺を殺したい、とは思えなかった」
「どの面下げてそんなことを言うよ」

 キムは眉をぐっと寄せる。

「だけど、本当だろう?」

 息を止める。

「お前は俺を、殺したくはなかったんだろう?」
「うるさい」

 キムは脱ぎ捨てていたコートを拾う。そのポケットの中から、二つのレーザーソードを取り出した。

「取れよ」

 一つをGに放る。ぱし、と音を立てて、Gはそれを受け取った。

「……最初に会った時、を覚えているか?」
「俺は、……レーザーソードを持ったお前にさらわれた」
「そう」

 ぴ、とボタンを押す。1m程の薄青の光が飛び出した。

「あの時お前は急な攻撃に何もできなかったけど…… 時々思うよ。俺とあの時お前が本気でやりあっていたら、どうだったろう、って」
「キム」
「構えろよ。そして俺と立ち会え。俺はお前を殺さなくてはならない。だから俺と戦えよ。お前がお前の決めたところへ行きたいなら、俺を倒せよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...