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72.暗号放送からの指名

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「通信?」

 ええ、と彼の側近はうなづいた。
 まだ窓の外は暗い。昼も夜も長いこのミントでは夜が明ける、朝時間までにはもう少しあった。
 それでも灯りをともして人々は、朝の活動に入ろうとしている。時期によっては、夜が明けたら食事が出来ない者も居るのがこの土地なのだ。

「我々の通信回線には結構なガードがあるんだけど」

 イェ・ホウはそう言いながら、鮮やかな藍色のポットから、白い、とろりとした液体をポットと同じ色のジョッキに注ぐ。

「俺にもちょうだい」

と床に広げられた厚手の敷物の上で寝そべったイアサムが言う。夜時間のせいなのか、その瞳はひどく大きく感じられる。
 ちょっと待て、と言ってイェ・ホウは初めに注いだジョッキをGに手渡す。仕方ないの、とイアサムは肩をすくめる。

「発信する方は、結構強い電波なんだけど、受信の方はまず見つからない様に、発信源を曖昧にしているはずなんだよな」

 都市警察に勤務しているはずの青年も、足を投げ出して壁にもたれている。
 狭くは無いが、さほど大きい訳でもない部屋で、四人の男が思い思いの恰好でくつろいでいた。
 少なくとも、傍目にはそう見えた。

「……で、それがどうした? イェ・ホウ」
「まあ単なるこちらに対しての威嚇通信であるならいいけどね。ただ、その内容がなかなかに明確で」
「奥歯に物の挟まった様な言い方するな」
「御指名なんだ、あなたを」

 今度は深い赤のジョッキに注ぎながら、イェ・ホウは何げなく言う。

「俺を?」
「そう、あなたを」
「党首の俺、か? それとも」

 はい、とイアサムに手渡しながら、後者ですよ、とイェ・ホウは言った。

「文脈は、まあいつもの地下放送と変わらないけどね。一応誰に傍受されてもいい様に、MMの党員に対する呼びかけの形になっている。だけど方向が明確すぎる。同じ内容の電波が、一時間に三本。決まった時間にこっちへ強引にやってきた。こっちの定時放送や、暗号放送の電波がおかげでちょっと歪んでしまった程に」
「そいつは強烈だ」

 貸して、とネィルはイェ・ホウからポットを受け取る。マイ・ジョッキがあったらしく、その中に彼は好きなだけ注ごうとする。

「俺の分も少し残しておけよ」

 釘を刺しておこうとはするが、きっと半分無駄だろう、とイェ・ホウは思っているらしい。



 やることを一通り終えて、ハリ星系の惑星ミントへと彼が戻って来たのは、つい先日のことだった。
 わりあい早かったね、とイアサムは笑って彼を迎えた。
 Gもまた、黙ってそれには笑っただけだった。無論イアサムはイアサムで、その表面的な時間が全てではないことを知っている。
 何よりまず、自分と会った時の反応で、カトルミトン種の青年は気付いてしまった。

「どぉ? 俺は大人になったでしょ?」

 イアサムはまずそう言った。
 あれから十年は経っているのだ、と元少年は彼に告げた。

「あの時、俺達を引き取った人達のこと、覚えてる?」

 ああ、とGは答えた。何せ彼にとってはそう昔のことではない。

「アウヴァールの元議長は、俺達を連れて、ワッシャードに住む友人の所へいったん身を寄せたんだ」
「友人なんて、居たのか?」

 あの二つの居住区にはさほどに行き来は無いというのに。

「居ることは居たらしいよ。それもさ、結構な大物」
「大物」
「土地の権力者、って奴。詳しいことはまた今度ゆっくり話すけど、おかげで、俺達もそこで育てられることになったんだ」
「ネィルも?」
「うん。奴は亜熟果香のこともあったしね。ただね、G、育てられると言ってもそこの息子の様に、という意味ではないからね」

 判ってるよ、とGは苦笑した。色々あったのだろう。彼らにも。だがそれ以上のことは聞かない。相手もそれ以上は言わないだろう。

「ちゃんとギヴアンドテイクは守ったけどね。何かされたら、その分必ず何かぶんどってやった。……最終的に俺達は、この街の――― この都市の最大の組織をぶんどってやったけど」

 淡々とイアサムは話した。

「と言っても、あなたがこないだ来た時に見た様に、表向き、そんな組織の存在なんて判らなかったでしょ?」
「ああ」
「そういうもんだよ。生活密着型だからね。ミントの組織は」

 なるほど、とGは感心した様にうなづいた。
 イェ・ホウがやって来たのは、彼の到着がイアサムやネィルからもたらされたからだった。

「……で、あれから幾つのことをこなしてきたの?」

 色々、とGは到着した男に返した。
 そう、確かに色々だった。
 その一つに、惑星「泡」に少女人形を送り込むこともあった。あの赤い瞳を見ると、少し胸が痛んだ。



「ふうん?」

 Gは面白そうだ、という表情でイェ・ホウを見る。

「まだ続きがあるんじゃないのか?」
「まあね」
「だったらとっとと言えよ」

 はいはい、と筆頭幹部の一人はポットに残った分を自分のジョッキに注ぐ。これだけかよ、とちら、と二人の同僚に目をやる。イアサムは無言で喉を鳴らしている。

「あなたを御指名だ、とは言ったよね」
「ああ」
「で、その後なんですが、俺達にはどうしても解読できないものがあって」
「解読できない?」
「だからあなた個人に向けて、じゃないか、と思うんだけど」
「……なるほど」

 それがどういう意味か判らない程Gは鈍感ではない。未だに手に残っている識別信号と同じく、彼にはまだMMの名残が存在するのだ。

「録ってあるか?」
「無論。はい」

 イェ・ホウは小型のヘッドフォンを渡す。

「内容はもう俺達は確認してあるから、ご心配なく」

 ぴったりと耳に吸い付く様なフォーンを当て、Gは再生ボタンを押した。

『……全星系の同志に告ぐ』

 この声は。

『史上最凶の裏切り者が我がMMより出現した。我々はその裏切り者に対しては、然るべき制裁処置をせねばならない』
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