55 / 78
54.花火は、上がるもの。
しおりを挟む
止めなくては、と宿を出た彼は思った。
何を。考えられることは二つあった。
上空に居るだろう、戦艦を刺激する花火を止めること。
もう一つは、……亜熟果香そのものを流している現場を押さえること。
どちらが早いか。どちらが効果的か。
前者を今更止めた所で、それで攻撃を仕掛ける側の気持ちが変わるとは考えにくい。としたら、答えは一つだ。
ふわ、と何処からか、あの甘い匂いが漂ってくる。
落ち着いて、考えろ。Gは小走りになりながら考える。闇雲に走っても、仕方ない。情報は、何処で手に入る?
情報端末があちこちにあるというタイプの都市ではない。だからこそ、市民が気軽に集まって楽しめるカフェが……
カフェ。
そうだ、と彼は昼間の広場にと足を向ける。既に夜ではあったが、その方向を知るのは簡単だ。花火が打ち上がっている方向なのだから。
一体幾つの花火が用意されているのだろう。ひっきりなしに花火は空を明るく染めている。火薬の匂いが、強い。そしてその中に含まれている―――亜熟果香。
香のせいで人々が気分良く上げてしまったのか、単に反発の気持ちがあったのか。
Gは頭を振る。そんなことを言っている場合ではない。
光の方向へと走って行く。やがて、見覚えのある店が顔をのぞかせる。
夜になってもカフェは賑わっていた。いや、昼間よりも、ずっと人々は陽気に騒いでいる。コーヒーだけではなく、ビールのジョッキを手にした人々が、花火を見ながら、歓声を上げていた。
「……おや、君忘れ物かね? どうかね君、夕食をつけるから、ピアノを弾いていかないかね?」
ボーイ長は彼の姿を認めると、にこやかな表情を作る。作っている、と彼は思った。
「それもいいですがね…… すみません、水をくれませんか?」
「水かね?」
「できれば、水道の水を」
動きかけたボーイ長の足が止まる。
「水道が、止まっているでしょう?」
「君」
ボーイ長は険しい顔つきになる。そしてこっちへ、と彼を厨房へと引きずり込んだ。シンクの中にはカップとグラスとソーサーが山になりかけている。
「……あまり騒ぎ立てないでくれ。ここはそれなりに名の通ったカフェなんだ」
「それは良く知っています」
彼女から、そう聞いたのだ。
「……だから、ここに来たんでず。ここがテロワニュの人々に良く知られてる様に、あなたはこの都市のことを、良く知っていますよね?」
「それなりに。君は何を私に?」
「水道局は何処ですか?」
Gはあえて短く問いかけた。ボーイ長は、何も言わず、あの新聞が置かれていた場所へと向かい、そこから観光客用の市内地図を一つ、とってきた。その隙にGは、そこにあったマッチをポケットに落とし込む。
「現在地点がここだ」
都市の真ん中の広場。そこから道路が放射状に広がっていた。
「水道局はここだ。ここから、この都市全体の上水道につながるパイプが通っている」
「……この地図、いいですか?」
「ああ、この店には幾らでもある!」
ありがとう、とGは彼が示した場所にきゅ、と×印をつけると、四つに畳んでポケットに押し込んだ。
「……あれは、何だ? 君は知ってるのか?」
「あれ、ですか」
Gは目を伏せた。
「誰がどうしたか、は知りません。だけど、この先あれが、何という名で呼ばれるのかは、知ってますよ」
「何というのだね?」
「亜熟果香、と。身体にそう害は無いらしいけど、できるだけ吸わないで下さい」
「怪しいな」
「ええ全くです」
Gは苦笑し、じゃ、と再び走り出す。
ボーイ長はそんな彼の後ろ姿が視界から消えるのを確かめると、店内にある電話機を上げた。
*
「おっとごめんよ!」
「なーにやってんでぃっ!!」
幾人もの子供が、路地を走っていく。
その子供のポケットか、一束の爆竹がこぼれた。彼はそれを拾い上げる。無いよりましか。
現在着ている服には、何の細工も無い。ミントで手にしていた銃も、何処で落としたのだろう、手元に無い。武器になりそうなものはまるで無かったのだ。
子供達も、匂いに酔っている様だった。奇声を上げながら、爆竹を振り回しながら、文字通り飛び跳ねている。中には、パジャマを来た少年も居た。
次第に広がっている、と彼は感じてきていた。水道の蛇口は一軒に一つではない。あちこちの水道の、緩んでいるところから洩れてきているのかもしれない。いや、これが、広場の噴水の様なものだったら。
放射状に広がる道の一本を選んで、彼は真っ直ぐ水道局に向かう。
その横を、小型のエレカが通り過ぎて行く。何台も、何台も。
嫌な予感が、した。
幾つかの交差点を越えて、越えて、越えて。
そのたびに、小型のエレカが彼の横を走り抜けて。
行き先は。
開けた視界の中には、白い箱の様な建物が、煙を上げる姿だった。その周囲に、同じ形の、何台ものエレカが取り巻いている。
Gは門の中に入るのをためらった。何故ここに。
煙は、花火と同じ類の火薬の臭いがする。時々窓の中で、色とりどりの光がぱっと点いては消える。ではあれは火災ではないのか。
常夜灯の光に浮かぶ白い箱の中で、とりどりの花火が爆ぜている。
中にまだ、あの亜熟果香を流した連中が居るのだろうか。Gはどうしたものか、とじっと窓の一つ一つを見つめる。なかなか次に動く手が見つからない。
そうこうしているうちに、背後から、他のエレカが次々にやってきては、鍵もかけずに扉から飛び出す。きてれつな恰好をしたままの男女が、奇声を発する。
広場のらんちき騒ぎが、そのまま移動しつつあるかの様だった。
明らかに、人々が酔っているのは確かだ。花火と、アルコールと、そして確実に、亜熟果香も、その中には。
彼は飛び出す人々に紛れて、白い箱に近づく。止める者も居ないから、集団で意味もなく声を上げながら、箱の中には十数名の男女が一気に吸い込まれて行く。
Gは走り込んだ内部で、水源のコントロール装置のある場所を探した。
時々廊下に面したすりガラスの窓から、弾ける大きな音と、強烈な色が弾けるのが見える。そのたびに耳をふさぎ顔をしかめ、彼はほとんど闇雲に探していた。
調子が狂う。
何処だ。彼は階段を駆け下りる。踊り場の窓から、飛び出した花火が綺麗だった。
だが、花火は、上がるもので―――
落ちてくるものでは、ない。
一筋の光が、空から落ちてきた。
何を。考えられることは二つあった。
上空に居るだろう、戦艦を刺激する花火を止めること。
もう一つは、……亜熟果香そのものを流している現場を押さえること。
どちらが早いか。どちらが効果的か。
前者を今更止めた所で、それで攻撃を仕掛ける側の気持ちが変わるとは考えにくい。としたら、答えは一つだ。
ふわ、と何処からか、あの甘い匂いが漂ってくる。
落ち着いて、考えろ。Gは小走りになりながら考える。闇雲に走っても、仕方ない。情報は、何処で手に入る?
情報端末があちこちにあるというタイプの都市ではない。だからこそ、市民が気軽に集まって楽しめるカフェが……
カフェ。
そうだ、と彼は昼間の広場にと足を向ける。既に夜ではあったが、その方向を知るのは簡単だ。花火が打ち上がっている方向なのだから。
一体幾つの花火が用意されているのだろう。ひっきりなしに花火は空を明るく染めている。火薬の匂いが、強い。そしてその中に含まれている―――亜熟果香。
香のせいで人々が気分良く上げてしまったのか、単に反発の気持ちがあったのか。
Gは頭を振る。そんなことを言っている場合ではない。
光の方向へと走って行く。やがて、見覚えのある店が顔をのぞかせる。
夜になってもカフェは賑わっていた。いや、昼間よりも、ずっと人々は陽気に騒いでいる。コーヒーだけではなく、ビールのジョッキを手にした人々が、花火を見ながら、歓声を上げていた。
「……おや、君忘れ物かね? どうかね君、夕食をつけるから、ピアノを弾いていかないかね?」
ボーイ長は彼の姿を認めると、にこやかな表情を作る。作っている、と彼は思った。
「それもいいですがね…… すみません、水をくれませんか?」
「水かね?」
「できれば、水道の水を」
動きかけたボーイ長の足が止まる。
「水道が、止まっているでしょう?」
「君」
ボーイ長は険しい顔つきになる。そしてこっちへ、と彼を厨房へと引きずり込んだ。シンクの中にはカップとグラスとソーサーが山になりかけている。
「……あまり騒ぎ立てないでくれ。ここはそれなりに名の通ったカフェなんだ」
「それは良く知っています」
彼女から、そう聞いたのだ。
「……だから、ここに来たんでず。ここがテロワニュの人々に良く知られてる様に、あなたはこの都市のことを、良く知っていますよね?」
「それなりに。君は何を私に?」
「水道局は何処ですか?」
Gはあえて短く問いかけた。ボーイ長は、何も言わず、あの新聞が置かれていた場所へと向かい、そこから観光客用の市内地図を一つ、とってきた。その隙にGは、そこにあったマッチをポケットに落とし込む。
「現在地点がここだ」
都市の真ん中の広場。そこから道路が放射状に広がっていた。
「水道局はここだ。ここから、この都市全体の上水道につながるパイプが通っている」
「……この地図、いいですか?」
「ああ、この店には幾らでもある!」
ありがとう、とGは彼が示した場所にきゅ、と×印をつけると、四つに畳んでポケットに押し込んだ。
「……あれは、何だ? 君は知ってるのか?」
「あれ、ですか」
Gは目を伏せた。
「誰がどうしたか、は知りません。だけど、この先あれが、何という名で呼ばれるのかは、知ってますよ」
「何というのだね?」
「亜熟果香、と。身体にそう害は無いらしいけど、できるだけ吸わないで下さい」
「怪しいな」
「ええ全くです」
Gは苦笑し、じゃ、と再び走り出す。
ボーイ長はそんな彼の後ろ姿が視界から消えるのを確かめると、店内にある電話機を上げた。
*
「おっとごめんよ!」
「なーにやってんでぃっ!!」
幾人もの子供が、路地を走っていく。
その子供のポケットか、一束の爆竹がこぼれた。彼はそれを拾い上げる。無いよりましか。
現在着ている服には、何の細工も無い。ミントで手にしていた銃も、何処で落としたのだろう、手元に無い。武器になりそうなものはまるで無かったのだ。
子供達も、匂いに酔っている様だった。奇声を上げながら、爆竹を振り回しながら、文字通り飛び跳ねている。中には、パジャマを来た少年も居た。
次第に広がっている、と彼は感じてきていた。水道の蛇口は一軒に一つではない。あちこちの水道の、緩んでいるところから洩れてきているのかもしれない。いや、これが、広場の噴水の様なものだったら。
放射状に広がる道の一本を選んで、彼は真っ直ぐ水道局に向かう。
その横を、小型のエレカが通り過ぎて行く。何台も、何台も。
嫌な予感が、した。
幾つかの交差点を越えて、越えて、越えて。
そのたびに、小型のエレカが彼の横を走り抜けて。
行き先は。
開けた視界の中には、白い箱の様な建物が、煙を上げる姿だった。その周囲に、同じ形の、何台ものエレカが取り巻いている。
Gは門の中に入るのをためらった。何故ここに。
煙は、花火と同じ類の火薬の臭いがする。時々窓の中で、色とりどりの光がぱっと点いては消える。ではあれは火災ではないのか。
常夜灯の光に浮かぶ白い箱の中で、とりどりの花火が爆ぜている。
中にまだ、あの亜熟果香を流した連中が居るのだろうか。Gはどうしたものか、とじっと窓の一つ一つを見つめる。なかなか次に動く手が見つからない。
そうこうしているうちに、背後から、他のエレカが次々にやってきては、鍵もかけずに扉から飛び出す。きてれつな恰好をしたままの男女が、奇声を発する。
広場のらんちき騒ぎが、そのまま移動しつつあるかの様だった。
明らかに、人々が酔っているのは確かだ。花火と、アルコールと、そして確実に、亜熟果香も、その中には。
彼は飛び出す人々に紛れて、白い箱に近づく。止める者も居ないから、集団で意味もなく声を上げながら、箱の中には十数名の男女が一気に吸い込まれて行く。
Gは走り込んだ内部で、水源のコントロール装置のある場所を探した。
時々廊下に面したすりガラスの窓から、弾ける大きな音と、強烈な色が弾けるのが見える。そのたびに耳をふさぎ顔をしかめ、彼はほとんど闇雲に探していた。
調子が狂う。
何処だ。彼は階段を駆け下りる。踊り場の窓から、飛び出した花火が綺麗だった。
だが、花火は、上がるもので―――
落ちてくるものでは、ない。
一筋の光が、空から落ちてきた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる