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54.花火は、上がるもの。

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 止めなくては、と宿を出た彼は思った。
 何を。考えられることは二つあった。
 上空に居るだろう、戦艦を刺激する花火を止めること。
 もう一つは、……亜熟果香そのものを流している現場を押さえること。
 どちらが早いか。どちらが効果的か。
 前者を今更止めた所で、それで攻撃を仕掛ける側の気持ちが変わるとは考えにくい。としたら、答えは一つだ。 
 ふわ、と何処からか、あの甘い匂いが漂ってくる。
 落ち着いて、考えろ。Gは小走りになりながら考える。闇雲に走っても、仕方ない。情報は、何処で手に入る?
 情報端末があちこちにあるというタイプの都市ではない。だからこそ、市民が気軽に集まって楽しめるカフェが……
 カフェ。
 そうだ、と彼は昼間の広場にと足を向ける。既に夜ではあったが、その方向を知るのは簡単だ。花火が打ち上がっている方向なのだから。
 一体幾つの花火が用意されているのだろう。ひっきりなしに花火は空を明るく染めている。火薬の匂いが、強い。そしてその中に含まれている―――亜熟果香。
 香のせいで人々が気分良く上げてしまったのか、単に反発の気持ちがあったのか。
 Gは頭を振る。そんなことを言っている場合ではない。
 光の方向へと走って行く。やがて、見覚えのある店が顔をのぞかせる。
 夜になってもカフェは賑わっていた。いや、昼間よりも、ずっと人々は陽気に騒いでいる。コーヒーだけではなく、ビールのジョッキを手にした人々が、花火を見ながら、歓声を上げていた。

「……おや、君忘れ物かね? どうかね君、夕食をつけるから、ピアノを弾いていかないかね?」

 ボーイ長は彼の姿を認めると、にこやかな表情を作る。作っている、と彼は思った。

「それもいいですがね…… すみません、水をくれませんか?」
「水かね?」
「できれば、水道の水を」

 動きかけたボーイ長の足が止まる。

「水道が、止まっているでしょう?」
「君」

 ボーイ長は険しい顔つきになる。そしてこっちへ、と彼を厨房へと引きずり込んだ。シンクの中にはカップとグラスとソーサーが山になりかけている。

「……あまり騒ぎ立てないでくれ。ここはそれなりに名の通ったカフェなんだ」
「それは良く知っています」

 彼女から、そう聞いたのだ。

「……だから、ここに来たんでず。ここがテロワニュの人々に良く知られてる様に、あなたはこの都市のことを、良く知っていますよね?」
「それなりに。君は何を私に?」
「水道局は何処ですか?」

 Gはあえて短く問いかけた。ボーイ長は、何も言わず、あの新聞が置かれていた場所へと向かい、そこから観光客用の市内地図を一つ、とってきた。その隙にGは、そこにあったマッチをポケットに落とし込む。

「現在地点がここだ」

 都市の真ん中の広場。そこから道路が放射状に広がっていた。

「水道局はここだ。ここから、この都市全体の上水道につながるパイプが通っている」
「……この地図、いいですか?」
「ああ、この店には幾らでもある!」

 ありがとう、とGは彼が示した場所にきゅ、と×印をつけると、四つに畳んでポケットに押し込んだ。

「……あれは、何だ? 君は知ってるのか?」
「あれ、ですか」

 Gは目を伏せた。

「誰がどうしたか、は知りません。だけど、この先あれが、何という名で呼ばれるのかは、知ってますよ」
「何というのだね?」
「亜熟果香、と。身体にそう害は無いらしいけど、できるだけ吸わないで下さい」
「怪しいな」
「ええ全くです」

 Gは苦笑し、じゃ、と再び走り出す。
 ボーイ長はそんな彼の後ろ姿が視界から消えるのを確かめると、店内にある電話機を上げた。



「おっとごめんよ!」
「なーにやってんでぃっ!!」

 幾人もの子供が、路地を走っていく。
 その子供のポケットか、一束の爆竹がこぼれた。彼はそれを拾い上げる。無いよりましか。
 現在着ている服には、何の細工も無い。ミントで手にしていた銃も、何処で落としたのだろう、手元に無い。武器になりそうなものはまるで無かったのだ。
 子供達も、匂いに酔っている様だった。奇声を上げながら、爆竹を振り回しながら、文字通り飛び跳ねている。中には、パジャマを来た少年も居た。
 次第に広がっている、と彼は感じてきていた。水道の蛇口は一軒に一つではない。あちこちの水道の、緩んでいるところから洩れてきているのかもしれない。いや、これが、広場の噴水の様なものだったら。
 放射状に広がる道の一本を選んで、彼は真っ直ぐ水道局に向かう。
 その横を、小型のエレカが通り過ぎて行く。何台も、何台も。
 嫌な予感が、した。
 幾つかの交差点を越えて、越えて、越えて。
 そのたびに、小型のエレカが彼の横を走り抜けて。
 行き先は。
 開けた視界の中には、白い箱の様な建物が、煙を上げる姿だった。その周囲に、同じ形の、何台ものエレカが取り巻いている。
 Gは門の中に入るのをためらった。何故ここに。
 煙は、花火と同じ類の火薬の臭いがする。時々窓の中で、色とりどりの光がぱっと点いては消える。ではあれは火災ではないのか。
 常夜灯の光に浮かぶ白い箱の中で、とりどりの花火が爆ぜている。
 中にまだ、あの亜熟果香を流した連中が居るのだろうか。Gはどうしたものか、とじっと窓の一つ一つを見つめる。なかなか次に動く手が見つからない。
 そうこうしているうちに、背後から、他のエレカが次々にやってきては、鍵もかけずに扉から飛び出す。きてれつな恰好をしたままの男女が、奇声を発する。
 広場のらんちき騒ぎが、そのまま移動しつつあるかの様だった。
 明らかに、人々が酔っているのは確かだ。花火と、アルコールと、そして確実に、亜熟果香も、その中には。
 彼は飛び出す人々に紛れて、白い箱に近づく。止める者も居ないから、集団で意味もなく声を上げながら、箱の中には十数名の男女が一気に吸い込まれて行く。
 Gは走り込んだ内部で、水源のコントロール装置のある場所を探した。
 時々廊下に面したすりガラスの窓から、弾ける大きな音と、強烈な色が弾けるのが見える。そのたびに耳をふさぎ顔をしかめ、彼はほとんど闇雲に探していた。
 調子が狂う。
 何処だ。彼は階段を駆け下りる。踊り場の窓から、飛び出した花火が綺麗だった。
 だが、花火は、上がるもので―――
 落ちてくるものでは、ない。

 一筋の光が、空から落ちてきた。
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