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43.長距離バスで移動

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「……誰その子」

 イアサムは目を丸くした。宿に戻ってきたGの傍らには、イアサムとそう変わらないくらいの少年が居た。

「拾ったんだよ」

 頬をかりかりとひっかきながら、Gはやや言い訳めいた口調になる。
 なるほど、とイアサムはうなづく。少しばかりその表情に非難めいたものがあったのをGは見逃さなかった。しかしそこでどう言葉を繕ったところで、何が変わるという訳ではない。イアサムが事態を納得してくれるのを期待するしかないのだ。

「明日もう一枚、バスのチケットを調達してこなくちゃならないな」
「ふうん。連れてくの?」
「行きがかり上、仕方ないだろ?」
「そんなこと!」

 連れてこられた少年が、顔を上げる。

「俺はそんなこと、してもらわなくても」
「行きがかり上だ、って言ったろ?」

 一人連れてくも二人連れてくも、そう変わらない、とGは思っていた。
 巻き毛の小柄な少年は、居心地悪そうに周囲を見渡す。イアサムは少しばかり眉を上げると、来いよ、と少年の手を引っ張った。

「彼がそう言うんだから、お前も一緒に行こう。何って言うの?」
「……?」

 少年は首を傾げる。そしてその拍子に、イアサムはぱっと顔を上げた。

「こいつ……」
「だから、行きがかりと言ったろ?」

 巻き毛の少年は首を傾げる。
 亜熟果香の匂いが、服に染み込んでいた。

「基本的に、身体に影響は無いはずなんだけど……」

 Gは厳しい顔になる。

「何処で拾ったの?」

 イアサムは自分がその残り香に捕らわれないように、少しの距離を置きつつも、少年の肩に置いた手を放さない。少年はその手をじっと見ながら、言葉をそれ以上発しない。

「閉鎖した繁華街で、座り込んでた」
「……そう」

 その状況を理解したのかどうか、イアサムはぐっと息を止めてから、少年を強く抱きしめた。
 ぽんぽん、と何度かその背を叩く。少年は一瞬驚いた顔をしたが、やがて目を閉じた。気が抜けたのだろう、くたくたとその場に崩れ落ちる。
 ふう、と息をついて、イアサムはその身体をGに渡す。残り香がきちんと消えないうちは、長い時間近くに寄れない。

「そういう風に、使われるんだ……」
「名前を、思い出せないと言ってた」
「じゃあ俺が、つけてもいい?」
「どんな?」
「どんなって」

 そう問い返されるとは思ってもみなかったのか、イアサムは猫の瞳を大きく見開いた。

「考えておくよ!」



 アウヴァールからワッシャードへは、砂漠を通る一本の道を行かなくてはならない。日によっては砂嵐が起きて、その道すら通れなくなる。
 その時に使用されるのが、長距離バスだった。鉄道を敷く手間と資金がこの惑星の両政府には存在しなかったらしい。
 そもそも決して仲の良い勢力ではない。どちらにも宇宙港が存在し、それなりに外との連絡も交易も取れていることから、互いの行き来は切実ではないのだ。それよりは、下手に道を通して対立状況になることの方が望ましくはない。

「……一応、明日の便には乗れそうだけど」

 巻き毛の少年を自分のベッドに寝かせて、Gはカウチで足を組む。

「大丈夫?」

 イアサムの問いに、どうかな、とGは首をかしげる。
 二つの都市は、決して友好的とは言えなかったが、それでも一応観光客の出入りは自由という達前になっていた。
 Gもイアサムも決して真っ当な観光客という訳ではなかったが、市民であるよりは動きが取れた。この名も判らない少年については、どうしたものか、と思ったが、観光客のふりでもう一枚くらいチケットを手に入れることはできるだろう。
 その代わり、と言っては何だが、観光客は殺されても保証は無い。本当の観光客だったら、その籍のある場所や、自治政府から追及があるかもしれないが、徒手空拳の身には、そんな後押しは存在しない。

「昨日のニュースペイパー。何か、物騒だよ」

 ばさ、とイアサムは宿の階下から取ってきたのだろう、新聞をGに投げ出す。
 議会が荒れている、という記事が目に止まる。
 アウヴァールでは現在、議会の半分を占める主流派と、それ以外との対立が深まっているらしい。そう言えば、と前にイェ・ホウと居た時に見た新聞記事の内容を思い出す。
 その時の主流派と、イアサムが投げた新聞に載っている主流派では名前が異なっている。どうやらあの時間の間に、主流は入れ替わっていたのだろう。
 いや、一度ならず、何度も何度も入れ替わっているのかもしれない。
 そしてそのたびに、この物騒な惑星では、武装蜂起もされているらしい。
 街角には常に、男の姿しか無い。女はたまに見かけることがあっても、黒い布に全身を覆われ、目くらいしか見せることが無い。
 なるほどこんな中では、奧に居る方が安全だろうな、とGも思ったものである。
 何処の街にでも見かけていた歓楽街というものも、ざっと歩き回っただけでは見あたらない。いや、あった形跡はあるのだが、その扉は閉ざされ、扉のネオンチューブはしばらく点けられた様子が無かった。巻き毛の少年を拾ったのも、そんな街の片隅だった。

「やっぱりまだワッシャードの方が大丈夫そうだな」

 Gは2枚のバスのチケットをひらひらと手にしながらつぶやく。

「そうなの?」
「俺が知ってるところは、少なくとも、こんな騒動は起きてなかったからね」

 ふうん、とイアサムはうなづく。

「色んなとこが、あるんだね」

 ぽつりとつぶやく。そうだね、とGは新聞を畳みながらうなづいた。
 だが行く先々で、亜熟果香の匂いが、何処かで絡み合っている。何故だろう、とGは考える。偶然だろうか。

「服」

 イアサムの声に、Gは顔を上げる。

「この子の服、洗うなり変えるなりしなくちゃ。俺の身が保たないよ」
「ああ」
「俺、買ってこようか?」

 イアサムはぽん、と座っていたベッドから飛び跳ねた。

「いや、外は危険だ」
「大丈夫だよ」

 そう言って、この地に来る前にGに買ってもらったサングラスを取る。

「安く買って来るからさ」

 するり、と少年はそのまま、扉を抜け出していった。
 Gは閉じる扉を見ながらふう、と息をつく。実際、自分がいつまでこの時間のこの場所に居られるのか、自分でも判らないのだ。その時にはどんな状況であれ、イアサムには一人でやっていってもらわなくてはならない。保護者気取りしている余裕は無いのだ。

 一時間としない間に、イアサムは戻ってきた。
 確かに買い物上手だった様で、眠る少年に必要な一揃いを入れた大きな紙袋を自分のベッドに投げ出すと、はいお釣り、とGにいくばくかのコインを差し出した。
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