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41.カトルミトン星系の猫の目

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「……来たぞ」

 待ち構えていた当番の兵士達は、軽い音が響くその一瞬を待った。
 からん。

「今だ!」

 突入の命令がかかる。扉が開く。



 爆音を聞きながら、Gは階段を駆け下りていた。
 これでほとんど使ってしまったな。
 服を取り替えた時、ボタンだけは引きちぎって手もとに置いていた。中佐を見習って、服のボタンには何かと細工をしておいていた。手榴弾と閃光弾に使えるものを、タイミングを見計らって信管を抜き、エレベーターで下ろしてやったのだ。他愛ない手だが、効果的な時もある。
 一階と二階の踊り場に窓を見つけると、彼は最後の一つのボタンを窓に投げつけ、身を伏せた。涼やかで、それでいてけたたましい音が響き渡る。つ、と舌打ちをする。破片が手の甲に当たったらしい。血の筋が、流れるのが判った。
 と。
 なま暖かい感触が、その手に触れる。

「……イアサム?」

 少年は、今の音と衝撃に目を覚ましたらしい。担がれた体勢のまま、彼の手についた血を器用になめていた。
 視線が、合う。猫の瞳がそこにはあった。

「君は」

 そうか、と彼は思った。しかしそこで立ち止まっている暇は無い。話も何も、後でできる。

「俺の言うことが、判る?」

 少年はうなづいた。

「じゃあしっかり捕まってろ!」

 Gはそう言うと、割れたガラス窓の外へと飛び出した。一階と二階の間だから、そう高くは無い。それでも、着地地点に側溝が無いことを、できるだけ地面であることを彼は期待した。舗装した地面は優しくはない。
 そして期待を裏切った足には、強烈な振動がやってきた。一瞬、ひざが笑う。
 少年はそんな彼の様子に気付いたのか、ぎゅ、としがみつく腕の力を強くする。

「ああ大丈夫だよ。俺はそんなことじゃ、傷つかない」

 そう、そんなことじゃ。実際、今切れたばかりの手の傷は、綺麗にかき消えている。
 彼は少年を下ろす。だがその足取りはまだおぼつかない。薬がまだ効いているのだろう。
 もう一度肩にかつぎ上げ、彼は走り出す。目指すは入り口の車。ジューディス伍長の言った通り、鍵がついていることを祈るしかない。

「居たぞ!」

 ぱん、と軽い音が耳元をかすめる。彼は右手をまっすぐ伸ばし、奪った銃で打ち返す。車に飛びつき、扉を開ける。あまり馴染みの無い内部の様子にち、と舌打ちをする。
 鍵は……
 カード式のそれは、確かにはまったままだった。彼はそれをぐっと押し込む。途端、ハンドルの周囲の小さなランプというランプが点灯する。
 大きなフロントウィンドウの正面では、兵士ががやがやと集まりかけている。構っている暇はない。バックで彼は急発進した。
 軽い音が、ガラス越しにも聞こえてくる。何発かガラスをかすめたりもしたが――― 彼の知ったことではない。



「……とりあえず、ここいらまで来ればいいかな」

 軍の、しかも医療用の車という目立つ車体を持て余しながら、延々走り通し、夜が明けてしまった。
 ふう、とGは息をつき、窓を開ける。薄紫と金の混じった朝の空は、寝不足の目にはまぶしい。
 助けた猫は、彼の横で、丸くなり、すうすうと寝息を立てる。猫。確かにそうだった。あの瞳。
 そしてまた漂ったあの匂い。亜熟果香。この香は、確か、カトルミトン星系の住人をそれだけで理性を失わせ、酔った様にさせてしまうという。
 猫にまたたび、という奴だ、とGは思う。
 カトルミトン星系。どちらかというと鎖国気味にあるその星系は、他星系の物資も文化も取り入れない代わりに、他星系の影響も侵略も何もかも受け付けなかったところだった。
 その理由として、この星系に移住した人々の、外見の変化があったらしい。「らしい」。情報は多くはない。
 正直、この少年の目を見るまで、彼はなかなか信じられなかった。シャンブロウ種の、旧友のパートナーの正体を知った時の驚きに近いものがある。
 この星系の住民は、成人するまで、猫の瞳を持つという。いや、実際にはずっと猫の瞳を持っているのかもしれない。ただ、成人すると、それを隠すことができるだけかも。
 あの時出会ったイアサムは、自分と同じ、普通の人間の丸い瞳をしていた。夜だけだったら判らないかもしれないが、昼間にも出会っている。至近距離で見ている。間違えるはずがない。
 間違っていない訳だ。自分は大人だ、というあの時の彼の主張は。
 そんな彼の思いなど、気にせず、隣でシーツにくるまっただけの少年は、ひたすらよく眠っている。何となく小憎らしくなって、その眠る頬にキスの雨でも降らせたくなってくるが、何となく馬鹿馬鹿しくなってきて、思いとどまる。
 ふう、と彼は再びため息をつく。
 助けたはいい。だけど次のことを何も考えていなかったことを、今更の様に思い出す。少し前に助けた少女と違うのだ。どうしたというものだろう。
 むにゃむにゃと口の中で何事かつぶやく声がする。猫の瞳の少年は、目をゆっくり開けながら、身体を起こした。巻き付けただけのシーツがずりおちる。しなやかな身体に、朝日が当たる。

「……おはよう」

 Gはハンドルにもたれながら、とりあえず、そう言ってみる。大きく見開かれた少年の瞳は、確かに、糸の様に細くなっていた。その周囲は金色。先ほどの空の色を何処か思わせる。

「おはよ……」

 少年は返しながら、はっとしてシーツの前をかきあわせる。あのミントの街で、手慣れた、余裕さえあった彼の仕草に比べ、それはひどくGにとって新鮮だった。子供であるということはこういうことだよな、と何となく感心する。

「夢じゃ、なかったんだ……」

 イアサムはつぶやく。

「夢?」
「いきなり村に軍人が来て、軍の命令だから、って、一人子供を出せ、って言われて」
「君が、出された?」
「しょうがないよ。俺のとこは、村で一番まずしいから」

 Gは眉を寄せる。

「畑の手伝いしてたら、いきなり呼び出されて、何か、いい匂いがしたと思ったら、あとは、よく覚えてない……」

 そこで亜熟果香を使われたのか、とGは納得する。

「ずっとそれから眠っていたの? 君は」
「イアサムだよ、俺」
「知ってたよ」
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