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40.あの時の自分に会わせてあげたい。
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「そうだね。じゃあ上手く言ってお帰りよ。……ところで、そこのエレカ、邪魔じゃない?」
「邪魔よね。何だったらそっちへ移動させておく方が、後々いいかも」
「キーは」
「こういう所の車のキーなんて付けっぱなしよ」
ありがとう、とGは再び笑顔を見せた。じゃあね、とミセスの伍長は当直の上司の所へ向かい、数分後、Gに手を振って帰って行った。
どうもありがとう。Gは内心もう一つお礼を言う。
途端に、それまでにこやかだった表情が、厳しいものに変わる。あれがイアサムだったら。
間違えるはずはない、と彼は思っていた。あれだけあの時、至近距離で散々見た相手なのだ。顔だけじゃない。身体の端から端までよく覚えている。
落とし前ついでだ、と彼は簡単に行動を決める。もしそれが本当にイアサムで無かったとしても構わなかった。
Gは廊下から、ベッドが何処へ運ばれたか考える。
同時にこうも考える。
あれがイアサムとしたなら、何のサンプルとしてね連れて来られているのか。歳をとるのがゆっくりであるのが、彼の――― 出身が判らない惑星の、人間の特徴だとしたら。
それは突然変異だろうか。それとも、進化の一種だろうか。
エレベーターを待ちながら、彼は考える。廊下に、微かな車輪の跡がついていた。だとしたら、階上? 階下?
階下には、Gが飛んで降りてしまった倉庫があったはずだった。
考えてみれば、自分はあそこでどう処置されようとしていたのか。ついつい気力が抜けていたので、どうでもいい、と考えていたが、少し間違ったら、まずい方向に運ばれていただろう。彼は自分の考えにややぞっとする。
正規の「実験」だったら、地下でなく、階上ということも考えられる。あの伍長は、よくそんなサンプルのなれの果てを見ているということだ。「受付嬢」の彼女が。
す、とエレベーターが止まる。すっ、と音も無く開く。彼はにっこりと笑った。
自分が呼んだだけではない。上から降りてきた者が居た。そう確か。
「コールゼン少尉?」
Gは相手の肩章を見て、即座にそう問いかけた。笑顔に圧倒されたのか、何だ、とコールゼン少尉はやや引きつり気味に答える。どうやら自分の着ているのは、士官の軍服ではないらしい。
「実は」
そのまま彼は、エレベーターの中に飛び込み、closedのボタンを押した。途端、箱の中は密室となる。がたん、と揺れる感触がある。笑顔のまま、Gはコールゼン少尉の両肩を壁に押しつけた。
「……な、貴様……」
「今さっき、連れていったサンプルは、何処だ?」
「何でそれを……! 貴様の様な下士官が……」
「答えろよ」
ぐい、と彼は少尉の腰を探る。どうやら、医療士官ではないらしい。銃を抜き取り、そのままぐい、と少尉のあごの下に突きつけた。
かち、と安全装置を外す音が響く。
がたがた、と少尉の身体が震える。イアサムが居るなら、この時代は、決して戦争が当たり前であった頃では無い。
その時足元にすう、と持ち上がる様な感触があった。はっ、と彼は気付く。誰かがエレベータを呼んだのだ。
少尉はそれに気付き、ぐっ、と彼を押し戻そうとした。Gはとっさに少尉の下腹部を蹴り上げる。
ぐぉ、と喉の奧で詰まった様な音が吐き出される。食卓のベルの様な音がして、扉が開いた。
「きゃ……」
白衣を着た女が、声を上げそうになったので、彼は迷わずにその口を手で塞ぐ。扉が閉まる。女をそのまま向かい側の廊下の壁に押しつける。先ほどよりはお手柔らかに。
「この階に、サンプル体が来ている?」
「……え」
「答えて」
それでも、ぐい、と銃をそのふくよかな胸に押しつけることは忘れない。女性に手荒なことをするのは性に合わないが、女性だからと言って危険でないとは限らない。殺人人形が少女の姿をしていたこともある。
「……は、はい…… この階です……」
「案内して」
にっこりと彼は笑う。この状態だ、というのに目の前の女の頬は赤らんでいる。上等だね、と思うと同時にひどく嫌悪感が生まれるのに気付く。
腰のあたりに銃を突きつけたまま、彼は女を先に歩かせた。こつこつ、と人の通りのない廊下に、靴音だけが響く。時々緩めのブーツが、かぽかぽと気の抜ける音を立てるのが耳障りだった。
「……こ、ここです」
使用中の赤いランプが点灯している。開けて、と彼は短く女に命じた。
「……それは……」
「開けると実は違ったなんてことは無しだよ」
言いながら彼は銃を押しつける手の力を強めた。
「……嘘ではありません……」
「じゃあ、開けて」
女は扉の一部分に手を当てた。指紋照合らしい。す、と音もさせずに扉は開く。開かれた向こうは、広い部屋だった。彼は目を一瞬細める。これでもかとばかりに照明が効いている。
「……た、大佐……」
女の声が裏返る。大柄な白衣の男が、その声に振り向いた。
「何だ貴様、ここにそんな格好で入っていいと思っておるのか!」
Gはその途端、どん、と女を突き飛ばした。叫び声とともに、女は器具の乗ったワゴンへと飛び込む。音を立てて、金属のトレイが、ガラスの注射器が、薬瓶が一気に落ちた。
開けた視界の中に、診察台に縛り付けられた少年が居た。
アイマスクを掛けられ、胸と頭の一部にコードが取り付けられている。目が判らない。だが、そのあからさまになった身体には、見覚えがある。Gは確信する。
「その子供を渡してもらおうか」
先刻少尉から奪い取った銃をエンハレス大佐の胸へと向ける。
「……何」
答えは聞かない。次の瞬間、白衣の胸に、赤い血が飛び散った。Gは床に倒れ込むその身体を突き飛ばす。その勢いで、近くの器具がまた音を立てて散らばった。
そして眼鏡の少佐に向かい、銃を再び突きつける。
「解除しろ。すぐにだ。さもなければあんたも同じだ」
途端、マイセル少佐は飛び上がる様にして、少年の乗せられている台のスイッチを切った。ベルトがひゅん、と音を立てて引っ込む。Gは取り付けられているコードを引き抜くと、麻酔が効いているのだろうか、ぐったりしている少年の身体をシーツでくるみ、横抱きにした。無論その間も、片手は銃を持ち、立ちすくむ職員を威嚇する。
そうそのまま、何とか。
そう思った時だった。
けたたましい音を立てて、ベルが鳴った。古典的な音が、辺りに響き渡る。神経をさかなでる、ある種の音。あの女、と彼は舌打ちをする。どうして腰が立たないくせに、非常ベルのボタンには手が届くのか。
彼は開けはなったままの扉から飛び出した。階段。エレベーター。降りるための選択肢はそう多くはない。慣れない靴にこの少年を抱えたままでは、窓から飛び出すのもそう簡単にはいかない。
さて、どうしよう?
ほとんど何も考えずに、起こしてしまった行動である。行き当たりばったりもいいところだ。馬鹿じゃないか俺、と考えている部分も、明らかに彼にはあった。
ただ、そうせずには居られなかったのだ。この抱えている少年が、あのイアサムとだと確信した時に。自分はこの子をどうしても助けなくてはならない。
助けなくては、あの時の自分は、あの時間に彼とは出会えない。あの時の自分に、彼は、イアサムを会わせてあげたかった。
横抱きにしていた身体を、肩にかつぎあげる。走るにはこの方がまだ楽だった。ふと、その時甘い匂いが少年の身体から漂う。彼は立ち止まる。何?
立ち止まった拍子に、音が耳につく。足音が、ばらばらと聞こえてくる。エレベーター方面だった。
倒れた少尉の身体がはさまっていたせいか、エレベーターは止まったままだった。彼はその身体を廊下へ引きずり出し、足を踏み出しかけたところで、はたと止まった。
「邪魔よね。何だったらそっちへ移動させておく方が、後々いいかも」
「キーは」
「こういう所の車のキーなんて付けっぱなしよ」
ありがとう、とGは再び笑顔を見せた。じゃあね、とミセスの伍長は当直の上司の所へ向かい、数分後、Gに手を振って帰って行った。
どうもありがとう。Gは内心もう一つお礼を言う。
途端に、それまでにこやかだった表情が、厳しいものに変わる。あれがイアサムだったら。
間違えるはずはない、と彼は思っていた。あれだけあの時、至近距離で散々見た相手なのだ。顔だけじゃない。身体の端から端までよく覚えている。
落とし前ついでだ、と彼は簡単に行動を決める。もしそれが本当にイアサムで無かったとしても構わなかった。
Gは廊下から、ベッドが何処へ運ばれたか考える。
同時にこうも考える。
あれがイアサムとしたなら、何のサンプルとしてね連れて来られているのか。歳をとるのがゆっくりであるのが、彼の――― 出身が判らない惑星の、人間の特徴だとしたら。
それは突然変異だろうか。それとも、進化の一種だろうか。
エレベーターを待ちながら、彼は考える。廊下に、微かな車輪の跡がついていた。だとしたら、階上? 階下?
階下には、Gが飛んで降りてしまった倉庫があったはずだった。
考えてみれば、自分はあそこでどう処置されようとしていたのか。ついつい気力が抜けていたので、どうでもいい、と考えていたが、少し間違ったら、まずい方向に運ばれていただろう。彼は自分の考えにややぞっとする。
正規の「実験」だったら、地下でなく、階上ということも考えられる。あの伍長は、よくそんなサンプルのなれの果てを見ているということだ。「受付嬢」の彼女が。
す、とエレベーターが止まる。すっ、と音も無く開く。彼はにっこりと笑った。
自分が呼んだだけではない。上から降りてきた者が居た。そう確か。
「コールゼン少尉?」
Gは相手の肩章を見て、即座にそう問いかけた。笑顔に圧倒されたのか、何だ、とコールゼン少尉はやや引きつり気味に答える。どうやら自分の着ているのは、士官の軍服ではないらしい。
「実は」
そのまま彼は、エレベーターの中に飛び込み、closedのボタンを押した。途端、箱の中は密室となる。がたん、と揺れる感触がある。笑顔のまま、Gはコールゼン少尉の両肩を壁に押しつけた。
「……な、貴様……」
「今さっき、連れていったサンプルは、何処だ?」
「何でそれを……! 貴様の様な下士官が……」
「答えろよ」
ぐい、と彼は少尉の腰を探る。どうやら、医療士官ではないらしい。銃を抜き取り、そのままぐい、と少尉のあごの下に突きつけた。
かち、と安全装置を外す音が響く。
がたがた、と少尉の身体が震える。イアサムが居るなら、この時代は、決して戦争が当たり前であった頃では無い。
その時足元にすう、と持ち上がる様な感触があった。はっ、と彼は気付く。誰かがエレベータを呼んだのだ。
少尉はそれに気付き、ぐっ、と彼を押し戻そうとした。Gはとっさに少尉の下腹部を蹴り上げる。
ぐぉ、と喉の奧で詰まった様な音が吐き出される。食卓のベルの様な音がして、扉が開いた。
「きゃ……」
白衣を着た女が、声を上げそうになったので、彼は迷わずにその口を手で塞ぐ。扉が閉まる。女をそのまま向かい側の廊下の壁に押しつける。先ほどよりはお手柔らかに。
「この階に、サンプル体が来ている?」
「……え」
「答えて」
それでも、ぐい、と銃をそのふくよかな胸に押しつけることは忘れない。女性に手荒なことをするのは性に合わないが、女性だからと言って危険でないとは限らない。殺人人形が少女の姿をしていたこともある。
「……は、はい…… この階です……」
「案内して」
にっこりと彼は笑う。この状態だ、というのに目の前の女の頬は赤らんでいる。上等だね、と思うと同時にひどく嫌悪感が生まれるのに気付く。
腰のあたりに銃を突きつけたまま、彼は女を先に歩かせた。こつこつ、と人の通りのない廊下に、靴音だけが響く。時々緩めのブーツが、かぽかぽと気の抜ける音を立てるのが耳障りだった。
「……こ、ここです」
使用中の赤いランプが点灯している。開けて、と彼は短く女に命じた。
「……それは……」
「開けると実は違ったなんてことは無しだよ」
言いながら彼は銃を押しつける手の力を強めた。
「……嘘ではありません……」
「じゃあ、開けて」
女は扉の一部分に手を当てた。指紋照合らしい。す、と音もさせずに扉は開く。開かれた向こうは、広い部屋だった。彼は目を一瞬細める。これでもかとばかりに照明が効いている。
「……た、大佐……」
女の声が裏返る。大柄な白衣の男が、その声に振り向いた。
「何だ貴様、ここにそんな格好で入っていいと思っておるのか!」
Gはその途端、どん、と女を突き飛ばした。叫び声とともに、女は器具の乗ったワゴンへと飛び込む。音を立てて、金属のトレイが、ガラスの注射器が、薬瓶が一気に落ちた。
開けた視界の中に、診察台に縛り付けられた少年が居た。
アイマスクを掛けられ、胸と頭の一部にコードが取り付けられている。目が判らない。だが、そのあからさまになった身体には、見覚えがある。Gは確信する。
「その子供を渡してもらおうか」
先刻少尉から奪い取った銃をエンハレス大佐の胸へと向ける。
「……何」
答えは聞かない。次の瞬間、白衣の胸に、赤い血が飛び散った。Gは床に倒れ込むその身体を突き飛ばす。その勢いで、近くの器具がまた音を立てて散らばった。
そして眼鏡の少佐に向かい、銃を再び突きつける。
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途端、マイセル少佐は飛び上がる様にして、少年の乗せられている台のスイッチを切った。ベルトがひゅん、と音を立てて引っ込む。Gは取り付けられているコードを引き抜くと、麻酔が効いているのだろうか、ぐったりしている少年の身体をシーツでくるみ、横抱きにした。無論その間も、片手は銃を持ち、立ちすくむ職員を威嚇する。
そうそのまま、何とか。
そう思った時だった。
けたたましい音を立てて、ベルが鳴った。古典的な音が、辺りに響き渡る。神経をさかなでる、ある種の音。あの女、と彼は舌打ちをする。どうして腰が立たないくせに、非常ベルのボタンには手が届くのか。
彼は開けはなったままの扉から飛び出した。階段。エレベーター。降りるための選択肢はそう多くはない。慣れない靴にこの少年を抱えたままでは、窓から飛び出すのもそう簡単にはいかない。
さて、どうしよう?
ほとんど何も考えずに、起こしてしまった行動である。行き当たりばったりもいいところだ。馬鹿じゃないか俺、と考えている部分も、明らかに彼にはあった。
ただ、そうせずには居られなかったのだ。この抱えている少年が、あのイアサムとだと確信した時に。自分はこの子をどうしても助けなくてはならない。
助けなくては、あの時の自分は、あの時間に彼とは出会えない。あの時の自分に、彼は、イアサムを会わせてあげたかった。
横抱きにしていた身体を、肩にかつぎあげる。走るにはこの方がまだ楽だった。ふと、その時甘い匂いが少年の身体から漂う。彼は立ち止まる。何?
立ち止まった拍子に、音が耳につく。足音が、ばらばらと聞こえてくる。エレベーター方面だった。
倒れた少尉の身体がはさまっていたせいか、エレベーターは止まったままだった。彼はその身体を廊下へ引きずり出し、足を踏み出しかけたところで、はたと止まった。
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