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24.五階あるビルの屋上からあっさりと飛び降りよう。

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 実際彼は、何がどうなっているのかさっぱり判らなかった。
 同僚が言ったからと言って、どうしてわざわざ彼らの後をついていかなくてはいけないのか、ムルカートにはよく判らないのだ。ただ不審人物であることには変わらないし…… 「あの人物」ではあるし……
 どんどん絡まり出す思考の中で、それがいいのか悪いのかさっぱり判らなくなってくる。しかしもし彼が一度頭をぶん、と振って、ややこしい考えを振り落としたなら、答えは一つしかないことに気付くだろう。
 要は、「あの人物」が気になるから、そうせずには居られないのだ。ネイルだって気付いてることに、気付いていないのは当人だけである。

「気付いていたんですか?」
「あんた尾行下手だねー」

 あっけらかんとイアサムは言う。さすがにそう言われてしまうと、面目ない。見張るのには慣れたが、追跡するのは慣れていないのだ。

「ネイルが付いていけ、って言うし」
「それだけ?」

 Gはふっ、と笑う。
 かなり意図的な笑みなのだが、この純情青年にはそこまでは判らない。それがまた、このぼんやりとした薄緑に煙る風景の中で、ひどく似合っているものだから、余計に頭が混乱してきてしまうのだ。

「……それだけ…… だと思うんですが」
「ですか?」

 くすくす、とGは笑いながら付け足す。さすがにそこまでされては、ムルカートも多少はからかわれていることに気付く。そしてその様子にGもイアサムも敏感だった。

「ああごめんね。あまり君がマジメで可愛らしいから、ついからかいたくなって」
「……怒りますよ」
「それは困るね。今ここで騒ぎを起こされては、せっかくの場所の相手が逃げるし」

 Gはそう言いながら、両手をぽん、とムルカートの肩に置き、じっと相手の顔を見据えた。

「手伝ってくれると、嬉しいな」

   *

「なぁにやってるんだろーねえ、あいつら」

 ナバタ通りを一望できる最も高い建物である学舎の屋上で、二人の男が地上を見下ろしていた。
 一人は長い栗色の髪を後ろで緩く三つ編みにしている。もう一人は、短い袖にぴったりとしたパンツを履きこなしている。
 言わずと知れた二人だが、今度は完全に旅行者の格好になっていた。

「まあ行くべきとこに行ったって感じかね」
「あ、やっぱ、そう思う?」

 柵の無い屋上の端、うつ伏せになったキムは、その夜でもよく見える目で、三人の男達の行動を眺めていた。
 強い匂いのする煙草をふかしながら、中佐は端の段差に足を掛け、腕を組む。

「で、軍警の側からとしては、実際のとこ、どうなのさ」
「軍警中佐の俺が命じられてきたのは、ここの『逃がし屋』に軍の人間が関わっているらしい、という噂の究明だからな。要は、違うなら違うと判ればそれでいい」
「ふうん。それはそれで単純だね。でも、そんなことが軍には大切?」
「さああ。俺の知ったことじゃあない」
「ふうん。で、ウチの幹部のあんたとしては、何を言われている訳? それとも今回は純粋に軍警だけの用事?」
「……と思ったんだがな」

 中佐は煙草の吸い殻を足元に投げ捨て、踵でぎり、と踏みつぶす。

「違うのかい?」

 キムはにやり、と笑いながら中佐を見上げた。違うんだよな、と薄い唇がそれに答えた。

「当初は、そのつもりだった」
「気が変わった?」
「あいにく、あんなもの引き連れてくれてちゃな」

 長い指が、つ、と下の一人を指す。

「ああ」

 キムは納得した様にうなづく。

「確かにね」

 そして三人が建物の中へと入っていくのを見届けると、二人はひらりとそこから下へと飛び降りた。無論重力制御が多少なりとも靴には掛かっているのだが、それ以上に彼らには行動への慣れがあった。
 そうでなくては、五階あるビルの屋上からあっさりと飛び降りることなどできないだろう。

「それにしても、この街は低い家ばかりだよな」
「見栄えはいいけどね。あんたは嫌い? こうゆうのは」
「いや、そうでもない」

 そう、とキムは答え、そのまま走り出す。三つ編みが跳ねた。
 その横を真っ赤な髪も丸出しに、中佐も走る。本気は出してはいない。彼が本気を出したらキムは追いつけない。それは性能の違いであり、仕方のないことだ、とお互いに納得している。
 しかしそれが全くの仕事であり、必要があるならキムなど抜いて、とっとと現場へとたどり着いているだろう。
 と言うことは、少なくとも半分は道楽だよね。
 キムは内心思う。

「で、逃がし屋ってのは、軍警としては何がまずい訳?」
「逃がし屋自体は、何処にだってあるシロモノだろうさ」

 走りながら、二人は平時と変わらぬ口調で話す。

「ただそこに、もしかしたら、MMが関わっているかもしれない、らしい」
「何を他人事の様に」
「とりあえず俺はそんなことは知らん。おまけに、お前が追っていた男が関わっている、という噂まである。何かおかしくはないか?」
「妙と言えば妙だね」
「とすれば?」

 ちら、と中佐は隣の顔を見る。

「何かが、意図的にその『噂』を流している」

 噂、と軽く言ってしまえばそうかもしれない。
 要は情報、である。何が悲しくて、よりによってあのseraphの幹部が関わっている(らしい)所に、自分達の組織が関わっていると見られなくてはならないのだ。キムはやや不機嫌になる自分を感じていた。

「そんなことして、何か利益があるのかよ」
「まあ、それがどうしようもない馬鹿な集団、だったら、支援している方が馬鹿にされそう、ということはあるな」
「何だよそれ」
「だから逆に、噂、を当人、その集団自体が流しているとも考えられる」
「ハクがつく」
「そういうこと」

 中佐はお、と走る速度をゆるめた。同じ様な白い建物の中で、先ほど見下ろしていた一軒の姿が視界に入ってきたのだ。   
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