上 下
5 / 78

4.ロゥベヤーガの中心街、カッフェー・アーイシャ

しおりを挟む
 陸上車を置いて、Gはロゥベヤーガの中心街へと足を進めていた。
 既に時間は、昼時刻マイナス1となっていた。あと一時間で日が暮れる。夜時刻である。そこからプラス2。
 カッフェー・アーイシャを探さなくては、とGは思った。それがそのままの店なのか、別名なのか、それすらも彼には判らない。
 この街の中の何処かにあるのは確かである。……この街にある、多数のカッフェーの何処かに。
 そこにイェ・ホウが居るとは限らない。あの男が何を考えてあんなメモを残していったのか、それも判らない。それに、最後の「マーシャイ」という単語は何なのだろう。
 彼はそんなことを考えながら、次第に多くなっていく人混みの中をするすると抜けて行く。多少道に慣れた旅行者の様に。そしてそんな旅行者のするように、彼はカッフェーではなく、カフェへと足を向けた。
 こぢんまりとした店の中に入ると、夜時刻が迫っているせいだろうか、厨房の中で料理を作る香りがし始めている。「カフェ」は食事ができる。昼時刻の顔は、どちらも同じだが、ここから先が違うのだ。
 白い壁には、鮮やかで細かな模様のタペストリ。曲線が多様されたランプが昼なお薄暗い店内を照らし、窓際の、光がぼんやりと入り込む辺りには花と果物を無造作に生けた濃い青の壷。店の主人の好みだろうか。不思議と店は落ち着いた調度でまとまっていた。
 その雰囲気に惹かれるのだろうか、その時間にも、人は多く、テーブルを探すのは困難だった。彼は迷わずカウンターへと進んだ。

「何にしましょう?」

 頭に短い布をかぶり、ざっくりとした生成の長い服に、前掛けをした店主が、カウンター越しに彼に問いかける。ふうん、と彼は思う。浅黒い肌に、濃い色の眉と髭と、同じ色の目が強い。見た目はまだ若い。もっとも彼は、外見の年齢は信用していないのだが。

「何がおすすめ?」

 顔に柔らかな笑みを浮かべて、彼は店主に問いかける。そうだね、と店主は使い込まれた革張りのメニュウブックを取り出す。粒子の粗い写真が、そこには幾つか貼り付けられている。彼はその中から、今朝口にした飲み物とよく似たものを選んだ。

「ごはんはいいかね?」
「や、今日は別口で約束があるから」
「ほぉ」

 人は混み合っているが、注文はひとまず終わってるらしい。回転はそう速くない。長居する客が多い店らしい。日焼けした布を通して入る、今日の最後の光が、窓際の、楽しそうに話しながら食事をする人々を照らす。
 そう言えば。彼はふと思う。連れだっているのは必ず、男性同士である。そう言えばそうだったな、と彼は思い出す。この惑星に着いて、驚いたのは、それだった。女性の姿が見られないのだ。
 いや、全くいない訳ではない。時々街を歩く姿を見かけない訳でもない。ただ、その姿が見えないのだ。
 ほんの子供はともかく、ある程度以上の女性の姿は、すっぽりと、黒い服の中に、目以外全て隠される。時には、薄ものを目の辺りにまとわすことによって、それすら男の視界から隠してしまう場合も珍しくはない。
 ふうん、と彼は改めて思う。そういうところもあるのだな、と。女性は嫌いではないから、姿が全く見えないのは少し寂しい気もする。その一方では何となくこの男しか居ない空間が、ひどく気楽にも感じる。

「ああそうそう、カッフェー・アーイシャって、何処か知ってる?」

 彼は何気なく問いかける。店主は飲み物を入れる手を止め、ちら、と一瞬彼を見た。

「知らん訳じゃないが、何しに行くんだね?」
「いや、人と待ち合わせをしてるんだ」
「それは無いだろうね」

 店主は即座に否定する。
 その手の中で、エッセンスが数滴加えられる。甘い香りだった。南国の果物の香りを凝縮した様な、とろける様な、それでいて身体の何処かを潤す酸味を思い出させる、そんな香りだった。
 そんなもの、あの飲み物に入れただろうか。彼は思う。入れ終わると、店主は深いロォズ色の杯を彼の前に差し出す。

「どうして?」

 からん、とマドラーを回すと、二つ三つ入れられた氷が音を立てた。

「どうしても何も、今はその店は無いからね」
「無い?」
「約束は、最近したのかな?」

 店主の顔がほころぶ。そこで笑うことは無いのではないか、とGは思うが、不思議と憎めない笑顔である。

「最近。すると俺はからかわれたのかな?」
「そうかもしれないね。でも以前はあったってことだよね?」

 ああ、と店主はうなづく。

「それは何処?」
「行ったところで何も無いよ」
「一応ね」

 彼は曖昧に理由をつける。仕方が無いなあ、という表情で、店主は奥に声を掛けた。

「イアサム」

 何、と奥から声がして、店主と同じ様な格好の少年が出てきた。少年……に見えた。少なくとも、Gの目には。

「注文?」

 腕まくりをした少年は、店主に問いかけた。黒い、耳のあたりまで同じ長さの縮れた髪の毛がふら、と揺れる。首を傾げた様子、大きな黒い目が、猫を思わせる。

「いや注文はもう少しは大丈夫だ。ちょっとお前、頼まれてくれないかな、ほら、その方を」
「ふうん?」

 イアサムと呼ばれた少年は、ちら、とGの方を向いた。軽く頭を上下させる。

「カッフェー・アーイシャをお探しだそうだ」
「だけどタバシ、あそこはもう無いよ」
「それでもいいらしいよ。まあお気の済む様にして差し上げてくれ」
「いいけど」
「すぐに行かれるか? それとも」
「とりあえず、この一杯を味わってからに」

 彼はそう言って、イアサムという少年にも笑いかけた。すると少年もまた笑い返す。おや、とGは思う。余裕がそこには見られた。

「しかし、今は無いとはどういうことなんです?」

 甘い香りが立ち上るロォズ色の杯を傾けながら、彼は店主タバシに問いかけた。

「他愛も無い、攻撃にあってね」
「攻撃」

 さすがにあっさりとそんな言葉が出るとは彼も思わなかった。

「旅行者さんではそう判らないよ」

 イアサムはぐっとカウンターから身を乗り出す。

「でも判らないよねタバシ。どーしてこんな、危険度Bの場所が、観光者結構多いんだろね」
「その観光者のおかげで、我々は生活できている訳だろう?」

 そう言うと、タバシはぽん、とやはり布の掛けられたイアサムの頭に手を乗せた。

「また子供扱いする」
「子供じゃないか」
「それはそうだけどさ」

 ありゃ、とGはそのやりとりを見ていて思う。店主と店員というよりは、どちらかというと。

「ねえお客さん、それ、美味い?」
「え? ああ、美味いよ」

 それは事実だった。とろりとした触感。
 甘いはずなのに、あの甘味のもつくどさが無い。酸味が効いているせいだとは思うのだか、基本的に彼は甘いものは好まないのだ。それなのに。

「それ、俺が作ったの」

 イアサムはそう言って自分自身を指さす。

「君が?」
「おや、お客さんには、こいつが何に見えてましたか?」

 Gは口を歪めた。ただの店員、ではなく、調理人だったのか。
 そう言えば。彼は思い出す。イェ・ホウもあの「後宮」の惑星で、中華の調理人をしていた。
 それが全ての顔ではないことは割合すぐに気付いたが、それが全てであってもおかしくない程の腕をしていた。

「……じゃあ、予定変更」

 彼はとん、と杯をカウンターに置いた。

「確かカフェはご飯が食べられるんでしたね」
「ああそうだね。カッフェーは酒が中心だが、ここはカフェだ。夜時刻も近づく。食べて行くかい?」
「ええ。おすすめは何ですか?」

 イアサムはここぞとばかりにメニュウブックを引っぱり出す。

「腹減ってる? だったらこっちがいいよ。あまりそうでもなかったら、こっち」

 その様子があまりにも可愛らしかったので、Gはくす、と笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハッチョーボリ・シュレディンガーズ

近畿ブロードウェイ
SF
 なぜか就寝中、布団の中にさまざまな昆虫が潜り込んでくる友人の話を聞き、 悪ふざけ100%で、お酒を飲みながらふわふわと話を膨らませていった結果。  「布団の上のセミの死骸×シュレディンガー方程式×何か地獄みたいになってる国」 という作品が書きたくなったので、話が思いついたときに更新していきます。  小説家になろう で書いている話ですが、 せっかく アルファポリス のアカウントも作ったのでこっちでも更新します。 https://ncode.syosetu.com/n5143io/ ・この物語はフィクションです。  作中の人物・団体などの名称は全て架空のものであり、  特定の事件・事象とも一切関係はありません ・特定の作品を馬鹿にするような意図もありません

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

緑の知恵

ちっち
SF
この物語は、人間と自然との関係を再考し、共生の可能性を探ることをテーマにしています。未来の科学技術と自然界の不思議が結びつくことで、想像力豊かなストーリーが展開されます。

愛と重圧

もつる
SF
 人間の精神を破壊し、「暴徒」へと変貌させる瘴霧(しょうむ)が蔓延した未来に登場した、分断された社会をつなぐ武装運送業者「ガンベクター」。  唯一残った親族――マスク・ザ・ベアメタル「ベクター」と共にその仕事を営む少女、ニースはある日、暴徒に襲撃されたトラックを助けるが、その積荷の中にはひとりの少年が入っていた……。

続・歴史改変戦記「北のまほろば」

高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。 タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。

レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直
SF
地球人類が初めて地球外人類と出会った辺境惑星『遼州』の連合国家群『遼州同盟』。 その有力国のひとつ東和共和国に住むごく普通の大学生だった神前誠(しんぜんまこと)。彼は就職先に困り、母親の剣道場の師範代である嵯峨惟基を頼り軍に人型兵器『アサルト・モジュール』のパイロットの幹部候補生という待遇でなんとか入ることができた。 しかし、基礎訓練を終え、士官候補生として配属されたその嵯峨惟基が部隊長を務める部隊『遼州同盟司法局実働部隊』は巨大工場の中に仮住まいをする肩身の狭い状況の部隊だった。 さらに追い打ちをかけるのは個性的な同僚達。 直属の上司はガラは悪いが家柄が良いサイボーグ西園寺かなめと無口でぶっきらぼうな人造人間のカウラ・ベルガーの二人の女性士官。 他にもオタク趣味で意気投合するがどこか食えない女性人造人間の艦長代理アイシャ・クラウゼ、小さな元気っ子野生農業少女ナンバルゲニア・シャムラード、マイペースで人の話を聞かないサイボーグ吉田俊平、声と態度がでかい幼女にしか見えない指揮官クバルカ・ランなど個性の塊のような面々に振り回される誠。 しかも人に振り回されるばかりと思いきや自分に自分でも自覚のない不思議な力、「法術」が眠っていた。 考えがまとまらないまま初めての宇宙空間での演習に出るが、そして時を同じくして同盟の存在を揺るがしかねない同盟加盟国『胡州帝国』の国権軍権拡大を主張する独自行動派によるクーデターが画策されいるという報が届く。 誠は法術師専用アサルト・モジュール『05式乙型』を駆り戦場で何を見ることになるのか?そして彼の昇進はありうるのか?

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

処理中です...