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14.本当のことを決して言わないとしても、言いたいことはその裏にある

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「何だお前か」
「何だはねえだろ」
「また見つけられちゃったな」

 「SK」の地下に声が響いた。

「最近お前さあ、本当に鋭いよね。何か俺に探知機でもつけた?」

 くすくす、と彼は笑う。
 そんなもの、と低い声が投げられた。 
 停電の地下街ほど意味のないものはない、と朱明は思わずにはいられない。地下街に働く人の帰宅用に予備電源が五分だけ動いた後、その場は完全に闇になった。
 いや正確には、月明かりだけになったと言うべきか。
 地下街とはいえ、地上と吹き抜けになった場所や、明かりとりの窓が設置してある所はある。そんなところから、細い冷たい明かりが差し込無だけである。

「横に座っても、いいか?」
「どぉぞ。何を今さら」

 HALハルは小さな噴水のへりにちょこんと座っていた。
 この都市は地下街に小さな噴水がある。もちろん外のそれとは違い、小振りであるし、水が空めがけて高く飛ぶということはない。
 だがそのかわり、透明なキューブを組み合わせたオブジェが中に意味もなく置かれていたりする。
 明るい光の下で見た時、それは実に陳腐だ、と朱明は思わずにはいられない。
 作った当初は水晶のようだどうのと賞賛されたらしいが、時間が経ち、所々に時間の足跡がついてしまったオブジェは、中に曇りの入った氷の様で、どうも見苦しい。
 この都市には所々そういうところがあった。
 合理的と言えば聞こえがいいのだが、「そこにあるものを生かす」体質は、結果として統一性の全くないものを生み出しやすい。
 そんなものの一つのへりに、朱明も腰を下ろす。そして黒い服の彼は、ますます闇に溶け込んでしまう。
 HALの姿を見る。長い髪を後ろで一つにくくり、ゆらゆらとさせていた。そして時々その髪が差し込む月の明かりにふわふわと光る。

「また妙なことやったな」
「妙なこと?」

 彼は軽く首をかしげる。その拍子に、着ていた大きな焦げ茶色のTシャツの肩が落ちた。その裾が伸びてしまうのではないだろうか、と思う程上に引き上げて、彼は片足だけ立てて抱え込んでいる。

「ごまかすなよな。お前のせいだろ?」
「『SK』地区の停電? 

 HALは気がぬけるほどあっさりと言う。はぐらかす気はないらしい。
 何となく、彼は隣のふわふわの髪の毛を指に絡めた。

「芳紫の奴は今頃忙しいだろうな」
「だったら朱明、お前応援してやれば? お前も公安だろ? 藍ちゃんも結構疲れてたようだし。どっちにしたって原因は見つかる訳はないんだし」
「HAL……」
「邪魔は、するんじゃないよ」

 意外にきっぱりと、彼は言った。

「邪魔も何も。邪魔って言うのは、相手の意図が判らねえ時には俺はしねえことにしてるんだ」
「へえ。何で」
「非効率的じゃねえか。お前は何のためにそんなことするのか、いつだって黙ってるくせに」
「そりゃお前が訊くからだよ。訊かれなかったら」
「訊かなかったら、言うのか?」

 くすくす、と彼は笑う。

「またそうやって」
「だってお前、何を知りたいの?」
「俺はいつも言ってるじゃねえか。この都市を」
「だからそれは答えられないんだよ」
「どうして」
「逃げるよ」

 彼は朱明にとって一番の脅し文句を突きつける。
 確かにそれは困る、と朱明は思った。だが今すぐに逃げる気配はないだろう、とも彼は感じていた。仕方なく朱明はうなづく。

「判った。今は訊かねえ」
「この先だってきっと俺は言わないよ、たぶん」
「ああ、そうだな」

 そんな気は、している。

「何してんの」

 ようやくその時彼は髪で遊ばれているのに気付いたようである。

「ちょうどいい所にあったからな」

 やめようね、とHALは朱明の手を払った。
 そしてついでのようにその手を掴む。袖のまくられた腕を軽く揉む。何をやってるんだ、と朱明はやや呆れたが、その手を止めさせはしない。

「あいかわらずいい筋肉だね」
「お前それ誉めてるつもりか?」
「誉めてるよ。そりゃ俺はお前のこと好きだからね」
「嘘ばかり」
「そ、嘘だよ。当然」

 いけしゃあしゃあと。朱明は苦笑する。

 俺はこの類の言葉を何度聞いたことだろう?

 HALの言葉には重力がない。
 意図的にそうしているのが判るから、朱明にとってはやや腹立たしい。おまけに、そこに悪意がある場合もあるし、無い場合もある。本当のことも嘘も全く同じように、その口は語る。
 そしてそれは口だけではない。

「昔さあ、何かで、心理テストって流行ったよな」
「それがどうした?」
「俺達の中で、春夏秋冬に例えると誰になる、とか。朱明、お前、どう思う?」
「何、それって、お前や芳の奴や、そういう連中のことか?」
「だって昔、だよ。あの頃だったら、そういう単位で訊くじゃない? 俺達、四人であの頃は一緒に動いていたんだから」
「俺でも、その質問は訊いたことねえぜ」
「そりゃそぉだよ。その時は俺と藍ちゃんだけだったもの。で、藍ちゃんは自分が春で、芳ちゃんが夏で、俺が秋で、お前が冬って言ってた」
「そりゃ初耳だ」
「お前だったらどう思う?」
「俺? 考えたことねえな」
「考えてよ」

 立てた膝に右肘を立てて、やや上目づかいの横目でHALはじっと朱明を見た。

「わりと芳も藍地も秋っぽいがな。俺としちゃ」
「俺は?」
「お前?」
「言ってよ。俺のことも」

 彼は自分自身を指さす。

「お前ね」

 何だろう、と彼は思う。どの季節とも、言おうと思えば言える。だけど。

「初夏」
「何それ」
「仕方ねーだろ、それしか浮かばなかったんだから」
「意外とあいまいなんだ、お前」
「で、一体そりゃ何のたとえなんだ?」

 ん、とHALは一呼吸置いた。

「あんまりよく覚えてないけどさ。秋は一緒に居て心が暖かくなる人で、春は守ってあげたい初恋タイプなんだってさ」
「じゃあ藍地は自分が初恋? 守りたい人かよ」

 くっ、と朱明は笑う。

「そうだろーね。自分が大切。藍ちゃんらしいな」
「で、夏と冬は何なんだよ」
「夏は寝たい人。冬は結婚したい人だってさ」
「げ」

 はあ、と朱明は空いた方の大きな手で顔を覆う。

「悪趣味なテスト」
「その定義で言うと、お前は俺って初恋で寝たいタイプなんだ?」
「どっちでもねえってことは考えねえのか?」
「何を今更」

 くすくす、と彼は笑う。顔を覆った指のすきまから友人を横目で見つつ、朱明はうめくように問う。

「お前、そん時答えたのかよ」
「え? 俺? あいにく俺は出題者だったからね」
「全く」

 らしすぎる、と朱明はため息をついた。

「ま、お前、夏っていや夏かなあとか思ったけど」
「何で」
「だってお前、今もそうだけどさ、昔っからいつも黒ばっかり着てて、何か暑そうじゃない。あ、でも藍ちゃんは同じ理由で夏だと暑いからって冬にしたんだよな」
「じゃあお前にとって俺って夏なわけ?」
「かもね」

 軽く目を伏せる。そして決して断定はしない。それでいて、その言葉にはいつも別の意味がある。
 ふう、とため息をつくと、朱明は右隣の友人の肩に手を回した。
 そしてそのまま力を入れて引き寄せる。バランスを崩したHALは朱明の膝の上に仰向けに倒されてしまう。

「何すんの? 暑いよ」
「うるせえな」
「何してんのやら。でもそういうのもいいね」
「挑発する奴が悪いんだろ」

 手を伸ばして、HALはやはり長い朱明の髪を軽く引っ張る。
 HALのふわふわとしたそれとは違って、彼の髪は後ろでくくっただけの、伸ばしっぱなしの固いものだった。
 そしてその後れ毛をHALはもてあそぶ。人には止してというわりに、彼はそういうことが好きらしい。

「俺はお前が好きだけど? だから挑発してもおかしくないんじゃない?」

 次の言葉は言わせなかった。

 言えば言うだけ、言葉は重力とは無縁のものになっていくのだ。
 奇妙な感覚だった。
 本当のことを決して言わないとしても、言いたいことはその裏にあるのだ、と気付くのにどれだけの時間を費やしたことだろう?
 本当のことを隠すために嘘を散りばめるのだ、と気付くのにも同じだけの時間がかかった。出会ってから、長い時間が経っている。
 自分はかなりの馬鹿だろう、とよく朱明は思う。だが間違っているとは思ってはいなかった。
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