上 下
3 / 113

2.月曜日の早朝。まだ普通の人々が活動を始める時間には早い。

しおりを挟む
 安岐がここにいるのは仕事だった。
 満月が近いから、次の取引になりそうな橋の辺りの様子をうかがってこい、と上司から命じられた。
 再び橋の上から彼は「川」を眺めた。霧で半分も見えないが、水の流れの速さはごうごうと鳴り響く音で容易に想像できる。
 もともとは何本かの小さな川だったらしい。
 決して今の様にぐるりと繋がっていた訳ではない。元々のこの都市は海に面していて、大きな港を有していた。

 十年である。この「都市」が「外」と切り離されてから。

 現在とて、使われてはいないが、かつて工業系の港町だったことを思わせるような広大な土地が南西の地には残っている。
 大気条例のせいで使われることのない大量の新車が、雨ざらしになって朽ちるのを待っている。
 「こんな高さではありえない」ともともとこの地に長く住んでいた人々は言う。
 過去の大型台風の際、高波でやられたことがある位、海抜は高くない地方である。
 そんなに水と地面の差が大きくなることなどありえない、と誰もが思った。
 だけど現実、そうじゃないか、と安岐は橋から下を眺めながら思う。

 現在のこの「都市」は、中心部である「SK」現在のメトロの中心がある「KY」などを中心にしている。かつて「外」とつながっていた線の駅前は、利用価値の低下により、その地位を明け渡した。
 「都市」には現在名前がない。いや、外側の人間にしてみれば、呼ぶ名はあるのかもしれないが、この中に住む人々にとっては、どうでもいいことだった。
 彼のもと保護者でもあり、彼の現在の仕事の上司でもある壱岐にとっては、「人生最良の時代」の記憶だったので大切だったのだろうが。
 十年は、大人にとっては短いが、子供にとっては長い。
 以前の都市が嫌いとかいうのではない。ただ、愛着が湧くほど安岐は以前の都市に記憶が無いのだ。閉じた後の都市で関わった記憶の方が鮮明だった。

 そしてその「都市」は満月の夜だけその扉を開く。
 次の満月は今度の日曜だった。

 橋は「都市」の中心「SK」から見て放射状に八本掛かっている。
 そのうちの一本だけが満月の夜「つながる」。
 遮断されたこの「都市」が外の世界とつながり、その時必要な物資が補給され、必要とまで言われない物資も補給するチャンスなのである。
 だがそれは月一回のその機会、そしてたった一本の橋、しかもそれがどれなのか全く予測がつけられないものである。
 誰かの意志が感じられる、と壱岐がいまいましそうに言ったこともある。
 基本的には安岐はこの保護者の独り言のような疑問には反応しないことにしていた。だが一度だけ、どうして、と安岐は訊ねたことがある。

「裏をかくのが上手すぎる。遊んでるみたいだ」
「だけどそれは優秀なコンピュータだったら」

 反論するこざかしい子供に、保護者は厳しかった。

「だがな安岐、たった八本なんだぞ」

 つながり方に法則があるなら、それは自分達でも予測ができうる程度の数なのだ。「たった八本」なのだから。

「八つの目があるサイコロを転がしているようなものだ」
「サイコロは六つしか目がないよ」

 そう言ったら、壱岐にぱこんと音がする程殴られた。思い出してくっ、と安岐は笑う。だがその笑いはやがて消えていった。
 この小さな都市から脱出しようとする人々が年々増えている。だが脱出はまず成功しない。
 都市の出入りは制限されている。
 閉じた時点で居ただけの数。それが「適数」であり、それ以上でもそれ以下でも、都市の空間のバランスが狂うのだという。
 許可された人数しか、出ることも入ることも許されない。
 出る者にはたいてい人質のように家族が公安に監視されている。
 「川」に墜ちる分には、「都市」のバランスは崩れないのだという。「川」に墜ちたとしても、撃たれて死んだとしても、「外」へ出る訳ではないから、空間は安定している、ということらしい。
 現在この「都市」で最も権力を持っているとされる公安部は、「都市」を守ることを第一義としているから、「都市」のバランスを保つためには「脱出者に対し実力を行使することを許可する」のだそうだ。
 つまりそれは、脱出は命がけだ、ということになる。

 やれやれ、と安岐はため息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

反帝国組織MM⑤オ・ルヴォワ~次に会うのは誰にも判らない時と場所で

江戸川ばた散歩
SF
「最高の軍人」天使種の軍人「G」は最も上の世代「M」の指令を受けて自軍から脱走、討伐するはずのレプリカントの軍勢に参加する。だがそれは先輩で友人でそれ以上の気持ちを持つ「鷹」との別れをも意味していた。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

宇宙装甲戦艦ハンニバル ――宇宙S級提督への野望――

黒鯛の刺身♪
SF
 毎日の仕事で疲れる主人公が、『楽な仕事』と誘われた宇宙ジャンルのVRゲームの世界に飛び込みます。  ゲームの中での姿は一つ目のギガース巨人族。  最初はゲームの中でも辛酸を舐めますが、とある惑星の占い師との出会いにより能力が急浮上!?  乗艦であるハンニバルは鈍重な装甲型。しかし、だんだんと改良が加えられ……。  更に突如現れるワームホール。  その向こうに見えたのは驚愕の世界だった……!?  ……さらには、主人公に隠された使命とは!?  様々な事案を解決しながら、ちっちゃいタヌキの砲術長と、トランジスタグラマーなアンドロイドの副官を連れて、主人公は銀河有史史上最も誉れ高いS級宇宙提督へと躍進していきます。 〇主要データ 【艦名】……装甲戦艦ハンニバル 【主砲】……20.6cm連装レーザービーム砲3基 【装備】……各種ミサイルVLS16基 【防御】……重力波シールド 【主機】……エルゴエンジンD-Ⅳ型一基 (以上、第四話時点) 【通貨】……1帝国ドルは現状100円位の想定レート。 『備考』  SF設定は甘々。社会で役に立つ度は0(笑)  残虐描写とエロ描写は控えておりますが、陰鬱な描写はございます。気分がすぐれないとき等はお気を付けください ><。  メンドクサイのがお嫌いな方は3話目からお読みいただいても結構です (*´▽`*) 【お知らせ】……小説家になろう様とノベリズム様にも掲載。 表紙は、秋の桜子様に頂きました(2021/01/21)

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...