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第48話 二重写しの視界

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 何! と思わず鷹は声を上げていた。どうしたんだ、とシェドリスが不思議そうに問いかける。

「……い、いや……」

 鷹は頭を軽く押さえながら、かろうじてそう答える。今のは一体何だったんだ。
 テレパシイまでは分かる。どういう具合かよくは判らないが、口が利けるようになったと思ったらテレパシイまで使える様になったらしい。
 だが、あの光景が二重写しになったのは何だったのだろう。今は大丈夫だ。ものは普通に見える。
 だがその光景の中にオリイ自身はいなかった。それはどういうことなんだろう。
 昇降箱は減速を始めた。だが、よくある足下からせり上がる様なあの感覚は無かった。あくまでスムーズに、箱は速度を落として行った。
 やがて透明な球体の中に入り、そこで箱は止まった。シェドリスは扉の脇の一部分に触れる。するとてそこからプレートの様なものが一枚剥がれ、彼はその中のボタンを押した。透明な扉がすう、と開く。
 シェドリスはそこから身を躍らせた。お、と鷹は開いた扉から足下をのぞき込む。透明な球体はかなりの大きさなので、扉のすぐ外には足を置く場所などはない。そこには無重力空間が広がっている。
 昇降箱自体が、高さによって重力を上げていく作りになっているのだろう、と鷹は思う。そしてシェドリスに続いて、彼も無重力の中に身体を投げ出した。
 実際、それはなかなかの光景だった。頭上に大地、足下に空。透明な球体の中では、生身のまま、空を飛んでいるような心地が味わえるのだ。
 こんな事態であるのに、鷹は一瞬、それを楽しんでいまっている自分に苦笑した。
 そしてふわふわと浮きながら、自分達の乗ってきた昇降箱をやや遠目から眺めてみる。少し離れてみると、これはこれで、一つの綺麗な装飾品の様だ、と彼は思う。
 ふと思い立って、泳ぐようにして彼は箱の下へと回り込んだ。

 そういえば、ここだけは、調べていなかったな?

 ひょい、と彼は箱の端に手を掛けて、それを支えるワイヤーが取り付けられている部分をのぞき込んだ。これまた、実に事細かに模様が描かれている。ややうるさい程だ。

 ん?

 ふと彼は、眺めた目の端に、奇妙に違和感を覚えていた。首を傾げて、もう一度、その付け根に視線を走らせる。
 全身に、その時冷たいものが走り抜けた。
 もっとも彼だったので、そこで慌てて連れに連絡するなんてことはしない。とりあえずじっくりと、それを觀察する。
 確かに、外見「違和感」で見過ごしかねない程に上手ペインティングされていた。外側を自由な形にできるタイプだ、と彼は気付く。しかしここで問題なのは、外側ではなく、中味のタイプなのだ。
 彼は判断に困った。そしてやはりふわふわと飛びながら、この中天回廊の中を探索しているシェドリスに声を投げた。

「何だい?」

 すうっとなめらかにシェドリスは空の中を泳いでくる。鷹は黙って、ワイヤーの付け根を指した。

「……これは……」
「周囲がハネロン材で覆われているんだ。中味はたぶんアレだと思うんだが……」

 ハネロン材は、都市ゲリラがよく使用するタイプだった。探知機から存在を隠すための素材はあれこれとある。これは「隠す」機能はさほどでもないが、とにかく見た目が様々に変えられるものだった。
 そして乾いてしまうと、それを取り外すことによって爆発を招く。

「アレ?」

 シェドリスは訊ねる。

「ホッブスの奴の所にごろごろとあった時限発火式だがね」

 だけどそれだけで済むだろうか―― と、鷹の中で警戒信号が点滅する。
 ホッブスは、と彼は自分の中の元戦友を思い出す。あのごつい身体のわりに、妙に細かいことをする奴だった。
 何か仕掛けがある、と彼は感じていた。だがその仕掛けに思い当たるふしが無い。

「ん?」

 ぴ、と電子音がし、シェドリスは端末の通信を耳に当てたるそして一言二言つぶやくと、何、と表情を変えた。

「どうした?」
「向こうの昇降機が動き出した」
「あ? ああ」

 鷹は驚きもせずにうなづく。それはオリスが先程彼に知らせてきたことだった。

「さっき聞いた。何か向こうも見つからない様だったけど」
「君はテレパシイが使えるのか?」
「いや、できないはずなんだが……」

 そうなのだ。あくまで自分は受信したに過ぎない。送ってきたのは向こうなのだ。彼はまだ、目覚めた相棒の持つ能力に、正直、戸惑いを覚えていた。
 もっともそれは、シェドリスには何の意味も無いことだった。彼は鷹の言葉を聞くと、ぽろっと口を開いた。

「向こうも、見つからない……? まさか、向こうもここにあるんじゃないだろうな?」
「向こうも?」

 鷹ははっとして貼り付けられ、擬態したハネロン材の表面にそっと触れてみる。

「しまった……」
「どうした?」

 鷹はシェドリスを手招きすると、触れてみろ、と短く言う。言われるままに彼も手を触れ…… 気が付いた。

「シンクロタイプか」

 鷹は表情を引き締めてああ、とうなづく。そして彼は引き締めた表情の下で、相棒に向かって声にならない声で叫んだ。

『来るな!』

 相棒はその声に、即座に返す。

『どうしたの、でもここから留める訳にはいかないよ』

 既に動いているんだから。ああそうだ、と彼は頭を抱える。

「たく、こういうことか……」

 二つの昇降機のそれぞれに、偽装された時限爆弾を貼り付け、それは近づくにつれて呼応し始め、巡り会った時に爆発する。
 確かにそれは、最初の運転にふさわしい方法だ、と鷹は思う。ここでこの様に確かめるべく、乗り込んで来る奴が居るだろうとは、当の首謀者は考えていなかっただろうから。いや、乗りこむとは考えていたかもしれない。ただ、両側から一斉に、というのは考えていなかったろう。
 どうする? と彼は自問自答する。目を閉じるる考えている間にも近づいてくるのだ。

「シェドリス、昇降箱は一つ壊れても構わないか?」
「え?」
「当日にはとりあえず一つあれば間に合うよな?」

 鷹はそう言うと、勢いよく…… だがなるべく中に衝撃を与えない様に素早くハネロン材を昇降箱の表面から取り去った。奇妙な柔らかさが、彼の手にしっとりとした重みを感じさせる。まるで生きている様だ。彼は顔をしかめる。
 聞こえるか? と彼は相棒に言葉を飛ばす。聞こえる、と相棒は答える。

『どのあたりに居る?』
『どのあたりというかよく判らない。けれど見て。これが俺の見てる景色』

 その途端、彼の視界は二重写しになる。ああそうか。彼はようやく気付く。相棒の見ているものが、そのまま自分の目には映っているのだ。
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