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6 一人が楽だった理由

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「うん…何かねえ。あの子も、まあ、あんたと同じで…… ほら……」
「施設育ち?」
「うん―――なんだけどね。十歳くらいまで、親のとこに居たんだって。ただ、ほら、その親ってのが、ひどい奴でさ」

 宮本は口を大きく歪めた。

「そりゃあさ、わたしだって、ウチの娘や息子が…… ま、別にあんたみたいに出来のいい子じゃあないからさ、イロイロやってきたし、叱る時に時には手も挙げたりしたたさ。けどね、それでも、あれは無いだろ、って」

 真理子は大きく目を開けた。

「何かしては殴られ蹴られ、煙草押しつけられたりさ、ごはんもらえないこともしょっちゅうだったって。で、その親がカコちゃん置いて逃げてさ」
「大家さんが、一週間ほど新聞溜まってるの見付けて、おかしいと思ったんだって。で、開けたら、途端にどたどたという足音と、悲鳴が聞こえたの」
「慌てて中に入ってみると、部屋の隅でカーテンにくるまってぶるぶる震えている、カコちゃんが居たんだってよ。ずいぶんやせこけてたらしいってさ」

 代わる代わる三人は説明する。

「だけど、何で叫び声なんて」
「カコちゃんが言うにはさぁ」

 ふう、と宮本はほうじ茶にため息をぶつける。

「扉の音に、親が帰ってきたんだ、と思ったらしいよ。やっと一人になれてほっとしたのに、って」

 真理子は息を呑んだ。それは。

「まあさすがにそれなら、ねえ。わたし等その話、最初に当人から聞いた時、どうしたもんか、と思ったもんねえ」
「だけどカコちゃんがえらく淡々と言うから、ねえ」

 三人は顔を見合わせた。
 何も、それ以上言うことができなかったのだと言う。

「だから、カコちゃんが一人でぼーっしていたら、そっとしておくことになってたの」

 中井は苦笑した。
 そうだったのか、と真理子は思った。

「マリちゃんは…そういうことは」
「えー…… と、そこまでひどくは無かったし」

 母親は、確かに自分に何もくれなかった。
 だがとりあえず暴力は振るわなかった。
 それだけでも、ずいぶんましだ。
 おかげで彼女の闘争心の芽はきっちり保存されていた。

「全く、ねえ。何が一体まずいんだろうねえ
「ワタシは家庭持ったこと無いから知りませーん」

 三十代前半独身の中井はそう言ってみりん揚に手を出した。



 やがて真理子は、彼女の思い描いていた通り、認定試験に合格した。
 その翌年、大学にも合格した。
 会社を辞め、貯めたお金を学資とし、本格的に学生生活に入ることにした。

 ―――東日大学教育学部児童福祉学科学生。

 それが新しい彼女の肩書きだった。
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