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第34話 サボンなりのお土産と、その様子を見る三人

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 リョセンは自分の前に押し出された数本の鉤棒と長い数本の丸棒を前に目を瞬かせた。

「これは?」
「しばらく里帰りとおっしゃいましたので、私と女君からそちらの里の方への手土産です」
「……だがこれを俺にどうしろと」
「なので」

 サボンは立ち上がり、彼の対面に置いていた椅子を斜め前に寄せ、懐に隠していた太めの羊毛糸を取り出した。

「使い方がお土産です」



 ―――そんな様子をこっそりと女官長と裁縫方のカリョンがうかがっていた。

「女官長様、女君はサボンさんをあの方と添わすおつもりなんでしょうか? あの距離…… 女官としてどうかと……」
「まあ女君がいいというなら私共は何も……」
「そうですよね乳母子だということですし……」
「だがねえ、あれはなかなかのもんだと思うよ」

 背後からタボーも口を出す。



「使い方」
「はい。一応絵にして書き記してはきたし、見本も作ってみたんですが、実際にやってみないと判らないので私が」
「……どうしても俺が覚えないと駄目なのだろうか」
「太公主さまはこういう感じの糸で、皇帝陛下の襟巻きをお作りになりたいとのことです。きっとリョセン様の故郷では、何かとそういう長い毛の動物を見ることがあるのではないですか?」

 片手に鉤棒、片手に糸の玉を持っていつもより早口にサボンはリョセンに言いつのる。焦っているのは自分でも判る。判るのだが。

「きっと、そちらのお役に立つと思うのです」
「……まあ、役に立つというなら……」
「鳥の公主様は釣り糸で強い袋を作ると仰有ってました!」
「釣り糸――― 馬の尻尾は強いな」
「そうですよ、だから、そのですね、毛皮だけでなく、織物でもなく、簡単に、小さな子供からでも何かしら手仕事にできるし!」
「確かに俺の周りでも女は小さい頃から刺繍を教えられてたな」
「それで皆さんがそれがいいと思われればそれはそれで素晴らしいことだとは思いませんか!」
「む……」

 リョセン自身は自分の里では格別困っているものは無いと思っている。
 里――― というには広い地域なのだが――― そこでは分解できる織機が大概の幕屋に揃っている。大きな布はできないが、服の部位にする程度の幅のものは作ることはできるのだ。
 だがそれで反論する意味はあるのだろうか、と彼は沈黙の中で考える。少なくとも彼女は好意で教えてくれようとしているし、自分達の里では確かに大がかりな道具は持たない。

「ではまずどうすればいい?」
「あ、はい。まずこの鉤棒をですね……」



「サボンさんって実は一生懸命になりすぎると、周囲が見えないタイプですか?」
「いや前からそう思ってたがね、あたしは」
「真面目なのはいいんですが、……殿方の手を取って…… あれじゃ力づくでは……」

 そっと眺める三人の視界に入るのは、なかなか鎖編みの続きに移行できなくて四苦八苦しているリョセンの手に、自分の手を添えて動かそうとしているサボンの姿だった。

「……あれでできるのかね」

 タボーはカリョンに訊ねる。何と言っても現在編み飾りや細工について最も知る女官である。

「間違ってはいないのですよ…… 私も同僚にはよくああやって教えますから」
「女官同士ならまあ、力具合も近いでしょうすからいいのですがねえ」

 レレンネイは思わず頬に手をやりため息をつく。

「金属の方で良かったですよ。あれが竹の方だったら絶対あの方の手の中で折れてます」
「まあそうなったらそうなったでいいじゃないか。サボンがきっと慌てふためいて手当てをするよ」

 成る程、と女官長もカリョンもうなづいた。



「……それとこれは、女君から教わった、まだここでは誰にも教えていない編み方なんですが」

 長い棒の先に鉤がついている。

「鎖を幾つか編んで」

 すいすいとサボンは彼の前でやってみせる。

「この鎖からそのまま編み目を引き出します」
「そのままでいいのか?」

 長い棒に次々と編み目が巻かれていく。

「そしてこれが突き当たったら、今度は二目ずつ抜いていきます」
「……厄介だな」
「全部抜いたら、今度は下からまた編み目を取りだします。これを繰り返すと、もの凄く目の詰まったものができます。……で、私一つ作ってみました」

 そう言ってサボンはまた懐から取り出す。みっしりと目が詰まった平たい編み布の端に、上から下まで交差させた紐がついている。
 それが二枚。

「何ですかこれは」
「脚絆です。……そちらではどう使われているのか私は知らないので、若様の持っていたものを思い出して、うろ覚えで申し訳ないんですが…… あの、外につけていけ、ということじゃないんです。夜、寒い時に足に巻くといいのじゃないかって……」
「そのためにこんな細かいものを」
「練習ですっ! 女君がこの編み方を練習しておいてくれって言うから、ついでに……!」
「ありがたく頂戴する」

 彼はサボンの言葉に重ねる様にそう言った。

「実際、俺の故郷までの道は長いし、ここよりは冷える夜が多い。足が温かいのはいいことだ」
「私も、夜は足が冷えることが多いのです」
「だったら貴女はもっと柔らかなものを自分用に作ればいい」
「……自分用なんて、」

 そこでサボンは口ごもった。
 遠目で見ている者達は何をそこまで言って、とばかりにじりじりとしていたが、こればかりは本人の問題である。

「でも、そうですね、またリョセン様に会える日のために、私元気でいないと」
「元気が一番だ」

 そう言って彼はサボンの肩をぽん、と叩いた。

「痛」
「す、すまん」
「……いえ違います、ちょっと肩こりが激しくて」

 カリョンは遠くで、それは根を詰めすぎたんだ、と両手を握りしめていた。
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