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第30話 心太と団子。
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「ヌドゥガン藩侯夫人、もやっぱり発音し辛いし…… 夫人、何か愛称は?」
アリカにとっては母親くらいの歳であろう彼女は畏れながら、とつけて続けた。
「一応家族からはスヴィと呼ばれております」
ああそれなら、とアリカはほっとする。
「ではスヴィ夫人。そちらの土地に伝わる食べ物について聞かせてもらえませんか?」
「食べ物」
スヴィ夫人は持っていた扇をはた、と膝の上に落とし、目を丸くした。
「今日はできるだけ沢山の方々に楽しんでいただけるように、様々なお菓子を用意致しました」
ちら、と見ると、真ん中のテーブルに置かれ、飾られた飴細工や、一つ一つが濃い甘さを凝縮した乾菓子、皆食べ慣れた焼き菓子、器に一つ一つ盛られ、口に入れるととろけてしまう様な卵の蒸し菓子、それに果物の甘煮と、自由にくるむことができる様に用意された絹の様に薄い皮。
―――の側には、必ず香ばしい米菓が器一杯に盛られていた。
あちこちに淹れる者つきで用意された茶の側にも、小さな米菓が。
ちなみに、茶を淹れる係の他に、どの菓子に手をつけられたのか、どんな順番で手にされたのかということを記録する者も配膳方から出して、その場からは見えない位置で観察させていた。
無くなったら補充するということもあるが、今回特に試しで出してみた米菓がどのくらい甘味の菓子に作用するのか、配膳方も興味があった。
彼女達はそれはそれは苦心して噛み応えや味、時間が経ってからも味が変わらないか、等短い時間の中で考えたのだ。
「よし! 焙じた茶のテーブルの米菓が無くなったわ!」
遠眼鏡で見ていた一人はぐっと手を握りしめた。
「焙じた茶のテーブル、と」
その側には記録する者も一人。
「よしすぐに次を二度揚げして出して!」
「はいっ!」
配膳方は無くなった菓子の補充に神経が尖る。
そんな米菓の入った椀をアリカは一つ取ってもらい、スヴィ夫人に勧める。
「甘くは無い…… 不思議な…… でも」
もう一つ、と手が伸びる。
「あ…… はしたないことを。いえ、でもこれずいぶんと次が欲しくなるお味ですこと……」
「今日のために配膳方が工夫致しました。その菓子につながる話なんですが、そちらで、海藻を使った半透明なふるふるした食べ物があると聞いたのですが」
「豆腐…… とは違いますよね」
「ええ、それでしたら既に皆知っておりますし…… 海藻を使ったものと、そちら出身の兵士が噂していたと」
「ああ、心太のことですね」
ぽん、とスヴィ夫人は手を打つ。
「兵士がよく食べるものというなら。私は少し癖があるのでいただきませんが、夫は暑い時期になると、昔が懐かしいとかで、よく作らせていますわ」
でも、と夫人は首を傾げる。
「お菓子とどう関係がございますの? あれはどちらかというと、魚醤と酢であえて食べるものですが」
「柔らかく固まる、のですよね」
「ええ。夏の暑い時期にはとても喉ごしがよく」
「お菓子にそれを応用できないものかと」
「それは……」
夫人の眉根が寄せられる。そして無意識にもう一つ、彼女は米菓をつまんでいた。
「わざわざ氷や万年雪を持ってきて冷やすこと無くそれなりにひんやりとしたものができるとも聞きました。味の方を工夫したならば、そちらより気温の高い帝都でも皆に喜ばれる菓子になるのではないかと……」
「ですが、滋養に富んだものではございませんのよ」
夫人は苦笑する。
「夫も、夏はそれを食べ過ぎて肥えることができない、と嘆いておりますもの」
「肥えることが」
「せっかく今の地位についたのだから、もう少し恰幅をつけたいと申しておりますのですが…… 夏になると」
「それもまた、興味深いです」
「さようでございますか…… それでは、こちらの調理人を陛下の宜しい時に伺わせるということで」
「ありがとう」
うっすらとアリカは笑んだ。
成る程、味か風味において、菓子としては問題があるのか。ではその辺りを改善できる方向に持っていけないものか。
堅さは? そもそも海藻のどの種類を?
そんなことで頭が一杯になりそうな時、サヴィ夫人と入れ替わりの様に令嬢方が挨拶に訪れた。
彼女達は夫人達と違い、ここで初のお目見えとなる者が大半だった。
「杏藩侯の長女、ムスイ・セイルウ・トガイでございます。米菓は久しく口にしていなかったので、懐かしく思いました」
「喜んでいただけて何よりですセイルウ嬢。『杏』でもよく食されるのでしょうか」
「『杏』は『桜』の隣でしたので、食べ物が他よりは近いのです、陛下」
「自分は郷里の団子の蜜を思い出しました、陛下」
共に話に入ってきたのは、アリカより少し上くらいのセイルウ嬢より、更に二つ三つ年上に見える女性だった。
「貴女は」
「『海里』のサフ・マレイリ・アーハでございます。母の健康が優れないので代理として参りました」
「まあそれは。お大事にと伝えてくださいな」
「是」
「ところでその団子というのは?」
「はい、米菓子の一つと言えば一つなのですが、米を粉に挽いて後、練って丸めて串に刺し、蒸した後好みの味をつけるものでございます。甘いもの、甘辛いもの、様々な味が楽しめる辺りが、我が領内では好かれております」
「今日の味はどうかしら」
「よく似ていますが、違った意味で素晴らしいです。ただ」
「ただ?」
アリカとセイルウ嬢の声が揃う。
「焼くのではなく、揚げる方になさったのは何故でしょう?」
ああ、とアリカはうなづいた。
「揚げた方が固すぎないと思いませんか?」
成る程、とマレイリ嬢は弾かれた様にうなづいた。
そう、実のところ米菓でも焼くか揚げるかは直前まで散々配膳方でやり合われたのだった。最終的にアリカに判定が任されたのだが、その理由は、出席者の歳だった。
皆が皆、歯が丈夫という訳ではない。
それを即座に理解したこのマレイリ嬢は面白い、とアリカは思った。
「そちらの団子とやらも、また配膳方に教えて欲しいですね」
「喜んで」
マレイリ嬢は「兄」やリョセンの様な形で礼をして下がった。姿勢もいい。
もしかしたら、何かしらの武芸をたしなんでいるのかもしれない、とアリカは思った。
アリカにとっては母親くらいの歳であろう彼女は畏れながら、とつけて続けた。
「一応家族からはスヴィと呼ばれております」
ああそれなら、とアリカはほっとする。
「ではスヴィ夫人。そちらの土地に伝わる食べ物について聞かせてもらえませんか?」
「食べ物」
スヴィ夫人は持っていた扇をはた、と膝の上に落とし、目を丸くした。
「今日はできるだけ沢山の方々に楽しんでいただけるように、様々なお菓子を用意致しました」
ちら、と見ると、真ん中のテーブルに置かれ、飾られた飴細工や、一つ一つが濃い甘さを凝縮した乾菓子、皆食べ慣れた焼き菓子、器に一つ一つ盛られ、口に入れるととろけてしまう様な卵の蒸し菓子、それに果物の甘煮と、自由にくるむことができる様に用意された絹の様に薄い皮。
―――の側には、必ず香ばしい米菓が器一杯に盛られていた。
あちこちに淹れる者つきで用意された茶の側にも、小さな米菓が。
ちなみに、茶を淹れる係の他に、どの菓子に手をつけられたのか、どんな順番で手にされたのかということを記録する者も配膳方から出して、その場からは見えない位置で観察させていた。
無くなったら補充するということもあるが、今回特に試しで出してみた米菓がどのくらい甘味の菓子に作用するのか、配膳方も興味があった。
彼女達はそれはそれは苦心して噛み応えや味、時間が経ってからも味が変わらないか、等短い時間の中で考えたのだ。
「よし! 焙じた茶のテーブルの米菓が無くなったわ!」
遠眼鏡で見ていた一人はぐっと手を握りしめた。
「焙じた茶のテーブル、と」
その側には記録する者も一人。
「よしすぐに次を二度揚げして出して!」
「はいっ!」
配膳方は無くなった菓子の補充に神経が尖る。
そんな米菓の入った椀をアリカは一つ取ってもらい、スヴィ夫人に勧める。
「甘くは無い…… 不思議な…… でも」
もう一つ、と手が伸びる。
「あ…… はしたないことを。いえ、でもこれずいぶんと次が欲しくなるお味ですこと……」
「今日のために配膳方が工夫致しました。その菓子につながる話なんですが、そちらで、海藻を使った半透明なふるふるした食べ物があると聞いたのですが」
「豆腐…… とは違いますよね」
「ええ、それでしたら既に皆知っておりますし…… 海藻を使ったものと、そちら出身の兵士が噂していたと」
「ああ、心太のことですね」
ぽん、とスヴィ夫人は手を打つ。
「兵士がよく食べるものというなら。私は少し癖があるのでいただきませんが、夫は暑い時期になると、昔が懐かしいとかで、よく作らせていますわ」
でも、と夫人は首を傾げる。
「お菓子とどう関係がございますの? あれはどちらかというと、魚醤と酢であえて食べるものですが」
「柔らかく固まる、のですよね」
「ええ。夏の暑い時期にはとても喉ごしがよく」
「お菓子にそれを応用できないものかと」
「それは……」
夫人の眉根が寄せられる。そして無意識にもう一つ、彼女は米菓をつまんでいた。
「わざわざ氷や万年雪を持ってきて冷やすこと無くそれなりにひんやりとしたものができるとも聞きました。味の方を工夫したならば、そちらより気温の高い帝都でも皆に喜ばれる菓子になるのではないかと……」
「ですが、滋養に富んだものではございませんのよ」
夫人は苦笑する。
「夫も、夏はそれを食べ過ぎて肥えることができない、と嘆いておりますもの」
「肥えることが」
「せっかく今の地位についたのだから、もう少し恰幅をつけたいと申しておりますのですが…… 夏になると」
「それもまた、興味深いです」
「さようでございますか…… それでは、こちらの調理人を陛下の宜しい時に伺わせるということで」
「ありがとう」
うっすらとアリカは笑んだ。
成る程、味か風味において、菓子としては問題があるのか。ではその辺りを改善できる方向に持っていけないものか。
堅さは? そもそも海藻のどの種類を?
そんなことで頭が一杯になりそうな時、サヴィ夫人と入れ替わりの様に令嬢方が挨拶に訪れた。
彼女達は夫人達と違い、ここで初のお目見えとなる者が大半だった。
「杏藩侯の長女、ムスイ・セイルウ・トガイでございます。米菓は久しく口にしていなかったので、懐かしく思いました」
「喜んでいただけて何よりですセイルウ嬢。『杏』でもよく食されるのでしょうか」
「『杏』は『桜』の隣でしたので、食べ物が他よりは近いのです、陛下」
「自分は郷里の団子の蜜を思い出しました、陛下」
共に話に入ってきたのは、アリカより少し上くらいのセイルウ嬢より、更に二つ三つ年上に見える女性だった。
「貴女は」
「『海里』のサフ・マレイリ・アーハでございます。母の健康が優れないので代理として参りました」
「まあそれは。お大事にと伝えてくださいな」
「是」
「ところでその団子というのは?」
「はい、米菓子の一つと言えば一つなのですが、米を粉に挽いて後、練って丸めて串に刺し、蒸した後好みの味をつけるものでございます。甘いもの、甘辛いもの、様々な味が楽しめる辺りが、我が領内では好かれております」
「今日の味はどうかしら」
「よく似ていますが、違った意味で素晴らしいです。ただ」
「ただ?」
アリカとセイルウ嬢の声が揃う。
「焼くのではなく、揚げる方になさったのは何故でしょう?」
ああ、とアリカはうなづいた。
「揚げた方が固すぎないと思いませんか?」
成る程、とマレイリ嬢は弾かれた様にうなづいた。
そう、実のところ米菓でも焼くか揚げるかは直前まで散々配膳方でやり合われたのだった。最終的にアリカに判定が任されたのだが、その理由は、出席者の歳だった。
皆が皆、歯が丈夫という訳ではない。
それを即座に理解したこのマレイリ嬢は面白い、とアリカは思った。
「そちらの団子とやらも、また配膳方に教えて欲しいですね」
「喜んで」
マレイリ嬢は「兄」やリョセンの様な形で礼をして下がった。姿勢もいい。
もしかしたら、何かしらの武芸をたしなんでいるのかもしれない、とアリカは思った。
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