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第12話 何てこと! 石の置きみやげは豪勢だった

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 外の光の強烈さに一瞬くらり、としながらも、ジャスティスはスペイドを下ろし、できるだけ遠くへ走れ、と言った。
 うん、と相手はぴょん、と大きく跳ねる。

「げ」

 その飛距離と来たら。

「ジャスティスさんも、速く!」

 ああ全く、と思いつつ、左腕のイリエの若い者を放り出してしまいたい衝動に、一瞬かられた。
 しかしまあ、そのあたりは営業社員だった。
 他社に恩を売れるものを放っておく訳にはいかない。無論、生きてる者を放っておけるか、が彼の本心だが。

「…あ」

 小屋があるあたりまで出ると、立ち止まり、スペイドは大きく目を広げた。
 汗をだらだらと流しながら、ジャスティスはどさ、とその場にイリエの若い者を落とした。多少打ち傷になってようが構ったものじゃない。

「…谷が崩れる…」

 赤い岩が、勝手に崩壊していく。
 こんなことって、あるだろうか。ジャスティスはそんな光景は、初めて見た。
 岩は、自分自身で、その身を内部から壊しているのだ。
 光に透けた、その内部から亀裂が入り、そのまま外側へと向かって行った。
 そして―――
 
「な」

 ジャスティスは、その瞬間、自分の目が信じられなかった。
 何も知らなかったら、それは、こう見えただろう。
 赤い鉱石が、瞬時にして、黄金に変わった、と。
 ほんの、一瞬だったのだ。
 瞬きするかしないか、のところだった。
 確かにそれまで、それは、そこにあったはずなのに。

「…これは… どういうことだ?」

 ジャスティスは思わず自分の額をぴしゃ、と打った。
 自分の目が信用できなかったことは、生まれて三十年、この方無い。
 しかし今ばかりは、それを撤回したい気分だった。
 一体これは何なんだ。何だって。

「…ああ…」

 納得した様に、スペイドはうなづく。

「おいお前、判るのか?」
「たぶん… でも、結構、すごい力が要るはずなんだけど…」
「俺に判るように、話せ!」

 彼はそう言って、スペイドの肩を掴んだ。痛いよ、と彼は泣きそうな顔になる。

「…あれが、たぶん、最後の力だったんだ」
「最後の」

 がたん、と背後で音がした。
 眠っていたはずのバーディが、音に気付いて起き出して来たのだろう。頭を押さえながら、小屋から出てくる。

「…今の音、所長… 何ですか?」

 ジャスティスは黙って、谷のあった場所を、あごでしゃくる。彼女はポケットから眼鏡を出すと、言われた方向を見る。

「え」

 そして慌てて駆け出して行く。ジャスティスは止めなかった。危険だぞ、と言って聞く相手ではないだろう。

「取り替えたんだ」
「取り替えた?」
「谷全体の彼等と、アリゾナに眠る… あれを」

 ごめん、とつぶやくと、スペイドはジャスティスをゆっくり押し返した。
 そのまま彼は、小屋の中へと入って行った。
 その背中がやけに、小さく見えた。まるで、親に見捨てられた子供の様な―――
 そうつらつらと、彼が考えていた時。

「しょ、所長ーっ!!」

 バーディが眼鏡の下の目を、これでもかとばかりに見開いて、走って来る。
 手には金色の小さな欠片を手にしている。

「おう、どうした?」
「何ですかじゃないですよ! 所長、これ、オレンジ・サファイアですよ!」
「へ? サファイアって青じゃなかったか?」
「何言ってるんですか、本当に所長、うちの社の営業所長ですか」
「そんなのは、人事部長に言え!」

 文句は無視して、バーディは続ける。

「ルビーっだってサファイアの一種なんです。真っ赤なのがルビー。つまり、Al2O2は赤以外、色いろいろでもサファイアって言うんです! イエロー・サファイアとか、ピンク・サファイアとか…」
「俺の回ったあたりには『宝石』はそうそう無かったんだよ!」

 負け惜しみを言ってみる。そうですか? と彼女は上目つかいで問いかけた。

「…けど所長、これは大変なことですよ、それに… 確か… あの…」

 バーディはひどく神妙な顔になって問いかける。

「何だ」
「…確か、ここの谷って、赤い石じゃなかったんですか?」
「…気のせいだろう」
「所長っ!!」
「あ~ 俺もちょっと疲れた。寝る。お前もう二日酔い、いいのか?」
「え?」

 言われてようやく思い出したらしい。あ~、と彼女は慌てて頭を押さえる。
 全く、と内心毒づきながら、ジャスティスはさすがに本気で疲れている自分に気付く。身体もそうだが、何せあの「交信」がやはり効いたらしい。
 スペイドに言わせると、ほんの数秒だったということだが、その数秒に、あれだけの情報が自分の頭を通り過ぎて行ったのだ。頭の方が、眠ってその情報の整理をしたがっている。
 サボテン酒が余っていたなら、それでも一杯食らって、そのままがーっと、眠りに落ちて行きたいところだった。

「おい、スペイド」

 小屋の扉を開けて、中に居るはずの彼を呼んでみる。見渡してみる。
 しかし彼の姿は無い。

「おい?」

 小屋の裏手に回ってみる。

「居ないのか?」

 辺りを見渡してみる。本当に、谷とは大違いののどかな風景だった。
 今朝、顔を洗った川を越えた、草原の大きな木の下に、彼は立っていた。
 ゆっくりと、ジャスティスは歩いて行く。疲れては居るが、その位の余力はある。

「おい」

 呼びかけてみる。返事は無い。

「スペイド」

 名前を呼ばれると、顔を上げる。
 何、と相手は目で返した。
 別に、とジャスティスは言いながら、近づいて行く。
 何を見ていたのだろう。足元には、人の頭くらいの大きさの石が積み上げられていた。

「親父の墓なんだ」

 視線に気付いたのか、スペイドはぼそっと言った。

「そうか」
「270年ほど前に死んだ。俺がずっと変わらないのに、このひとはずっとそれも当たり前の様に、一緒に居てくれた」
「…親子だからな」
「それもそうだね。親父はお袋が天使種だって知ってても結婚してしまったようなひとだもんな」

 それも凄い、とジャスティスは思う。

「どういう気持ちなんだろうな。そういう相手を伴侶にしてしまうって言うのは。俺には予想がつかないよ」

 当事者だけに、スペイドの言葉は少しジャスティスには重く感じた。
 そしてその言葉の中には別の意味も含まれている様な気がして。

 俺を好きになってくれるひとって居るのかな?

 答えるのはたやすい。好きになる奴は居るだろう、とは。
 スペイドは見栄えも気性も、人好きされるタイプだ。皮肉な口調も、何処かに甘えを含んでいて、可愛いと受け取られるだろう。口の悪さが、暴言さえ、それは魅力となるだろう。
 だが好きで居続けられるか、というと。それはジャスティスには答えられなかった。
 自分だったら―――
 ふと、そんな考えが頭をよぎる。散れっ散れっ、と頭を振ったが、どうも消えそうにない。
 仕方ないから、真っ向から自分に聞いてみる。

 俺だったら、こいつとずっと付き合っていけるか?
 俺が歳をとって、こいつがずっと変わらない。その姿を目の当たりにしながら、平気な気持ちで付き合いを続けていけるか?

 断言はできなかった。
 だが、自分がそうできたらいいな、と思った。希望的観測だ。
 もっとも彼は、自分がアリゾナを出た時点で、スペイドと別れてしまう、という考えを全く抱いていないことに気付いていないのだが。

「で、アリゾナを出るんだろう?」
「うん。いつか戻ってくるかもしれないけれど、一度出てみれば、何か…」

 何か。言い表せない何か、があるのだろう。
 鎖は切ることができた。そこから歩いて行くのは自分自身だが、まだその先はさっぱり見えない。だから、その方向を見つけに行くのもいいだろう。
 何せ彼には時間があるのだ。

「でも、さすがに三百年も暮らしてるから、離れるのも、それはそれで寂しいけどね」
「その間、ずっとああやって脅しばかりやってた訳じゃないだろう?」
「まあね。あとは狩りとか。この辺りはおおよそ探検しまくったし… そう、親父が地図残したから、それに、DU弾の効いたとこと、効かなかったとこの線引きとか、やったこともあるなあ」

 へえ、とジャスティスは感心した。

「ちょっとそれ、後で見せてくれんか?」
「何? 何か役に立つの?」
「…役に立つも何も…」

 だいたいこの辺りに入り込めないから、測量も何もできていなかったのだ。資料があるなら、それに越したことはない。

「別にいいけど。でもこの辺りは、俺の親父の土地だからさ」
「親父さんの、土地?」
「うん。そりゃあ、親父がここいらの土地を買ったのは、もう三百年も前のことだけどね」
「買った?」

 ちょっと待て、とジャスティスはぴしゃ、と自分の頬を叩く。

「どうしたの?」
「…や、この辺りって、単にお前が住み着いてる、って訳じゃなくて、お前の親父の所有だったのか?」
「じゃなくて、どうして小屋が立つと思ってんだよ。幾ら俺だって、別に生まれた時から野生児って訳じゃあないんだから」

 どの口でそんなことを言うんだ、とジャスティスは内心突っ込む。

「だからこの辺りで親父は、牧場やってたんだってば。この草っぱらはその名残じゃん」

 そう言ってスペイドは両手を広げてくるり、と一回転する。
 そう言われれば、この唐突な草原は、確かに牧草地と言えば言えるかもしれない。
 彼はごそごそ、とポケットを探る。急に葉巻が吸いたくなった。その時、ふと手に触れるものがあった。
 彼はそれをちら、と見ると、再びポケットにしまった。そして葉巻を取り出す。

「あ、火?」

 ぽっ、とスペイドの手から可愛らしく火が立つ。
 一息吸うと、彼は額を押さえ、考える。

「どしたのよ。何か俺、変なこと、言った?」
「…スペイド、お前なあ、…その親父さんの登記書とか何とか、って残ってるか?」
「…? うん。地図と一緒に戸棚に突っ込んであるけど。まあ別に、俺はあんまりよく判らなかったけれど、親父のものは捨てずに…」
「ちょっと見せろ」
「あ、命令口調だ」

 やだねえ、と拗ねた様に、口をとがらせた。

「…いいから!」

 はいはい、とスペイドは小屋の方へと戻って行った。



「…ってこの範囲ですと…」

 バーディは一緒に置いてあった地図を、テーブルの上に広げる。さすがに古いものらしく、紙の端がずいぶんと焼けている。端によってはぽろぽろと崩れ落ちそうな所もあった。

「ああ逆に、この古い地図の方が判りやすいですね」

 だから、と彼女は線を引いてもいいか、とスペイドに許可を取る。いいよ、と簡単に彼はうなづく。されていることの意味がよく判っていないらしい。

「だいたい、レッドリバー・バレーの、こちら側半分が、彼のお父様の所有、ということになります。…もっとも、この登記書がまだ有効だったら、ですが」
「…ってどういうこと?」
「お前、三百年も生きてる割には、馬鹿じゃないか?」
「…あんたにそれを言われたくないもん、だ。…おねーさん、どういうこと?」

 ええと、とバーディは言葉を選ぶ。

「えーつまり、スペイドさん、この登記書があなたに受け継がれていることがちゃんとできたなら、レッドリバー・バレーの鉱山の、あの半分が、あなたのものってことになるんですよ」

 まだよく判っていないらしい。スペイドは首を傾げる。
 それを見てバーディはごろん、と先程取ってきたオレンジ・サファイアをテーブルの上に転がした。

「…石じゃん」
「これ、宝石の原石ですよ! それも結構上質です」
「つまり、だ」

 ジャスティスは宝石の価値を全く判っていないだろう相手に、それを引き継いだ。

「お前、いきなり金持ちになってしまった、ってことだよ」
「何で」
「あのなあ。こんな宝石の原石がごろごろしている谷の半分だぞ。きちんとした所と取引すれば、あれはとんでもねえ金額に変わるってことだ」
「そういうもんなの?」

 椅子に両手をついて、スペイドはきょとんとしている。はあ、とバーディはため息をついた。

「…所長… 実は私、さっきちら、とのぞいてみたら、何かオレンジ・サファイアだけでなくて、色んな硬度の高い鉱物が、どう見ても何の関係性もなく、ぎっしり詰まっている様に見えたんですよ…」
「何だと?」

 関係性がなく。

「一体何があったんですか?」

 彼は思わず、舌打ちをする。

「…奴ら…」

 彼等は降ってきたのだ、とスペイドは言った。
 それもおそらくは、天使種の故郷、アンジェラス星域から。冗談じゃない距離だ。
 それを、集団であったとしても、移動できるだけのエネルギーを持っているのだ。
 あの最後のものだけでも、アリゾナの地下に眠る宝石の原石達と、自分達の位置を入れ替えてしまうことも可能だったのかもしれない。
 何せ彼等は、三百年間、あの地に居たのだから、この惑星の地脈と通じていてもおかしくはない。
 そんなジャスティスの思いなどどこ吹く風、とばかりにスペイドは少し困った顔になる。

「でも俺、別にそんな、金持ちになっても仕方ねーし」
「もらっておけ」

 ジャスティスは言う。

「でもさ」
「あいつらからの、今までお前に守ってもらったお礼だ、と思えばいいさ」
「お礼」
「そう、お礼だ。今度はその『お礼』でもって、アリゾナから出て、もっと広い世界を見ろ。お前には、その力があるだろ」
「俺の」

 ぐっ、とスペイドはいきなりジャスティスの腕を掴んだ。
 何をいきなり、と思ったが、そこから伝わってくるものに彼は気付いた。

 ―――俺は許されたのだろうか―――

 どうだろう、とジャスティスは思う。
 許すも許されないもないのだ。その時皆、それが良かれと思って行動しただけなのだ。
 母親は自分の家族を思ってこの地の、この場所から離れた所へと走った。
 天使種は、自軍の規律のために彼の母親を追った。
 皆が皆、それぞれの事情があった。
 しかしそれはもう、三百年も昔のことなのだ。
 自分にとっては、教科書で覚えきれもしない、歴史のことなのだ。
 ただ、それでもスペイドにとっては、ずっとそれが現実だったのだ。
 ジャスティスは内心つぶやく。

 お前は許されてるよ。

 スペイドは顔を上げる。

 それが信じられないならそれはそれでいい。ただ少なくとも、奴等は、お前に感謝していたんだ。だから、お前がいつまでも縛られている必要はないんだ。

「…いいんだね?」
「ああ」

 一方、バーディは目の前で交わされている会話がさっぱり判らなかった。何となく自分だけ置いて行かれている様な気がしたのか、唐突に口を挟む。

「で、所長、どうしましょう、これから私達は」

 何となく、彼女は「私達」を強調している様だった。

「ああ… そうだな。ともかく、そのこいつの登記書が現在も有効であるかを確認して…」

 言いながら、ジャスティスは不意に睡魔が襲ってくるのを感じた。

「所長?」
「ジャスティスさん?」

 そんな声が聞こえたような気がした。
 しかし既に、彼は椅子に思い切り背を預けて、意識を飛ばしていた―――
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