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2.旧友を迎えに行く途中で花屋の娘が大変だ。

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「藍地の奴って、そうだったっけ?」
「そぉだよ。そりゃ藍ちゃんは、女の子に花あげるのは好きだけどさ。だって好きになったらちゃんとそのお母さんにもあげる程だったじゃないかよ。女のひとは花が好きだからって」
「奴らしいといや、らしいけど」

 実に細々としたことにマメだった旧友の姿が、ふっと浮かび上がる。

「だろ? だけど、別に自分にもらったとこでどーのって、昔言ってたじゃないか」
「だったっけなー」

 そんな昔のことなんて。
 言いかけて朱明はやめた。この相棒は、実に記憶力が良い。彼の好き嫌いに関わらず。そうなってしまうらしい。別に記念日好きなタイプではないのだが。
 では話を変えよう、と彼は思う。

「……じゃつまり、今俺達のこの車は何処へ向かってる訳?俺てっきり、宙港へまっすぐ向かってるもんだと思っていたけどさあ?」
「だからぁ、シティへ寄ってくんだよ。馬鹿」

 なるほどね、と朱明は思う。
 彼が知る限り、ハルはショッピングはそう好きではないはずだ。そもそも人混みというものが昔からこの相棒はもともと好きではないのだ。
 ここしばらくは、それに輪をかけている。
 地球に居た頃は、よく意味もなく車を出して、自然の残っている所へは出かけていったものだった。
 たいがいそういう所には人気も少ない。適当に出かけていって、山の中でぼんやりと空を眺めたり、川遊びをしたり、寒気の中でコーヒーを呑んだり……そんなこともやったものだった。
 だがここは違う。
 ここは火星だった。
 宇宙開発は、もうかなり昔から始まっていたにも関わらず、決定的な人口爆発や環境汚染が起こるまで、植民計画は流れっぱなしだったのだ。
 だがさすがに、ここ近年、ついに重い腰も上がった。
 彼等は数年前から火星に渡っていた。そしてそこで、趣味と実益を兼ねた店をやっている。こじんまりとした、ライヴハウス形式のカフェーと呑み屋の混ざったような店だった。
 そしてこちらに住み着いてから、ハルは「昼」時間、明るい日射しの中に出向くことが少なくなった。日用雑貨や店の材料の買い物といった必要でない限り、まず進んで何処かへ行こうということはしない。
 理由は幾つかある。だが二人がそれを口に出すことは無かった。そして、その理由が、彼等を地球から出させ、この日、友人をまた、この地へ招いた原因でもあった。
 そう。今日は特別なのだ。何せ彼らの古い友人が、とうとう重い腰を上げて、地球から引っ越してくるのだ。

「何時の到着だったっけ」

 朱明はシートの角度をくっと直す。そして右隣に座る相棒が、メモを取り出しているのを眺める。自分より結構低い背。華奢な肩。綺麗な綺麗な横顔。その中の大きな目。短くはしてるが、さらさらとしたやや茶色の髪。
 何年経とうが、それは変わらない。

「何じろじろ見てるんだよ」

 そしてその悪態も。朱明は何となく可笑しくなり、思わずにっと笑ってしまった。ハルは何だよ、とかつぶやきながら、それでも旧友からのメールのプリントアウトを彼に差し出した。
 ふうん、とつぶやきながら、朱明は予定時刻に目をやる。

「最近は地球からの船も速くなったもんだよなあ」
「日進月歩って言うんじゃなかったかなあ?俺らがこっちに来た時とは大違いだ」
「まーなあ…… こんだけ火星が発展するなんて、誰が思ったでしょうなあ」

 窓を大きく開け、ぐるりと外の景色を見渡しながら、朱明は感心したように言う。風が車の中に入り込む。既に彼等はシティ――― メトロポリスの中だった。
 目的地への指定が細かになってきたので、ハルは運転をオートからマニュアルに変えた。彼は慣れた手つきで、ハンドルを握り、そして溜め息混じりに言う。

「本当は俺が運転するのはいかんと思うんだけどな」
「だけど俺が運転すると、事故るとか言うのはお前だろ」
「雑なんだものお前。俺まだ死にたくない」
「そう簡単に、死ぬかよ」
「そらそーだ。お前ほど悪運の強い奴、俺見たことないからな」

 朱明は太い眉を両方上げると、肩をすくめた。視線を再び、外の景色へ移す。街路樹の緑が、美しい地域に入っていた。するとハルは速度を落とし、不意に口を開く。

「この辺だったよな? 前にお前が行ったっていう花屋」
「何、お前知らないの?」
「俺がどうして知ってるんだよ」

 眉を寄せて彼は言う。それはそうだ、と朱明は思う。ハルは今は花には用は無い。綺麗なものが好きではあるけど、別に特別関心も無いようだった。

「あーじゃあ、次の角を右に曲がって」
「メインストリート? じゃあ結構でかい花屋?」
「いや、どっちかというと、何でこんなことにあるんだろ、っていう感じの……」

 低速度用のレーンに入り、ハルはかなりスピードを落とす。
 いっそここいらで止まって降りて探してもいいくらいだった。だがパーキングエリアに入っていちいち手続きしていると時間がかかる。そういうややこしさが好きではないのは、この二人の共通したところだった。

「お、あれあれ。……あれ?」

 交差点に入った時だった。朱明は目を凝らして、何度か行ったことのある花屋の看板を探した。
 看板はあった。あったが。

「……あれ? 閉まってるじゃねーか?」
「閉まってる?」
「ああ…… あ、ちょっと待て」

 何だろう、とハルは相棒の視線を追った。広いメインストリート。車の通りだけで、五車線づつ両方にある。そこを右に曲がる訳だから、時間がかかる……
 ―――のだが。
 そこに彼等は信じられないものを見た。
 何かが、通りを斜めに走ってくる。

「……な」

 ハルは慌てて運転をオートに切り替えた。こんな時にマニュアルにしていて事故を起こしたらたまったものではない。
 メインストリートを、薄青の服を着た少女が駆け抜けている。いや駆け抜けているだけではない。跳ねている。飛んでいるのだ。身軽というのには、それは余りにも人間離れしている。

「メカニクル?」

 ハルは思わずそうつぶやいていた。これは人間の動きではない。自分と同じ……

「……メカニクル? まさかシファ?」

 朱明はそうつぶやくと、サンルーフを開け、そこから身を乗り出した。

「知ってるのかお前!?」

 運転席からハルは声を張り上げる。

「花屋の娘だ!」
「だけどあれは……」
「だけど、娘だ!」

 ハルは言葉を飲み込んだ。頭上で、メカニクルの少女のものらしい名を呼ぶ声が響く。

「どうしたんだよ!」
「朱明さん? 助けて下さい!」

 二つ三つと車のルーフを飛び移りながら、シファと呼ばれた少女は声を張り上げる。

「どうしたってんだ!」
「追われてるんです私! でも捕まる訳にはいかない! お願い! 助けて下さい!」

 少女の声は真剣だった。思わず彼は、声を張り上げていた。

「手ぇ出せ!」
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