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3年後、アルク再び(俯瞰視点三人称)

90 光の塔が立つ中、その時

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「オッケーそのままそのまま」

 ゾフィーはゆっくりと総統の姿を中心に捕らえるカメラに向かって指示を送る。
 遅れて来賓席に到着した総統ヘラは、一度奥に引き返したテルミンに付き添われて入場してきた。
 既に下では、オープニング最後の舞踊隊が音楽に合わせて花を振っており、出番は迫っていた。

「……あれ?」

 ふとリルが気の抜けた様な声を立てたので、どうしたの、とゾフィーは声をかける。

「や、何でもないす」
「いいわよ、言ってちょうだい」
「何か、元気ないすねえ、と」

 は? とゾフィーは問い返す。

「や、総統閣下すよ。何かお元気が無い」
「そうかしら?」

 ゾフィーはヘラをクローズアップしているモニターに視線をやる。
 現在星系に流れているのは、この映像では無い。
 まだ花を振る舞踊隊のほうだ。
 ヘラを映したモニターは、会場の中だけである。
 しかもほんの一瞬だった。
 だがその一瞬だけであることに、観客は盛り上がった。

「可哀相な舞踊隊……」

 リルは思わずつぶやく。
 確かに、とゾフィーはつぶやく。
 それは舞踊隊が可哀相なことだけではない。
 確かに女の目からも、総統ヘラ自身に元気が無い様に見える。
 いや違う、と彼女は内心つぶやく。
 元気が無い、ではなく生気が無い、だ。
 モニターごしに何回も、何十回も、何百回も見つめてきた顔だった。
 決していつも同じ調子ではない。
 だが、その声を発する時の姿には生気があった。
 単に美貌というだけではない、何か強烈なものが、ヘラからは発せられていたのである。
 テルミンは彼女に言ったことがある。
 何故自分で政権を取ろうとしなかったの、という彼女の問いに対して。
 テルミンはこう答えた。
 自分には、人を引きつける何か、が無いと。
 何もしなくても、何か人を引きつけてしまうものを、生まれつき持ってる人が居る。
 自分はそうではないが、ヘラはそうだから、とそう答えたのだ。
 だがどうも、今このモニター越しのヘラの姿には、テルミンの言う様な何か、が見受けられない。
 確かに美貌はいつもの通りだ。いや、いつもより美貌に関しては、増していると言ってもいい。
 クローズアップされた肌など、女性の自分が嫉妬したくなる程にきめ細やかに綺麗だった。
 なのに。
 ふと、彼女はその下のモニターを見る。
 その一つは、もう少しヘラから引いて、近くに居るテルミンの姿をも映しだしていた。

「……あら?」

 彼女は友人の手が、ポケットに入るのを見る。
 そう言えば奇妙な形に、そのポケットは脹らんでいる様にも見える。
 この友人は、軍服の型が崩れるのを嫌っていたはずなのに。
 そしてまた暗転する。
 舞踊隊の演技が終了したのだ。
 暗転した会場に、ゆっくりと重々しい音楽が響く。
 会場の全景が外部向けのモニターには映っているはずだった。
 白い内壁が、ぼんやりと下部から浮き上がる様にライトが次第に光度を増していく。
 ゆっくりと曲を奏でる軍楽隊の、ドラムのロールが次第に大きくなっていく。
 カメラが引く。
 中央の演壇を中心に、全体が画面に入る。
 トロンボーンとスーザフォーンのクレッシェンド。
 ドラムのロールと相まってそれは一気にヴォリュームを上げる。
 一瞬のブランク。
 そして次の瞬間。
 光が一斉に、外壁から空へと上った。
 外壁にぐるりと取り付けられているライトが、その瞬間、空に向けて最大出力で光を発したのだ。
 陽の色だ、とゾフィーは思った。
 春の日射しの、降り注ぐ光の色。
 暖かな、穏やかな、そんな明るい色の光が、その瞬間、遠く、長く、高く、空へと一気に走った。
 光の塔が、そこにはあった。
 それは確かに塔に感じられた。遠く、天まで突き抜ける程の―――
 楽器が一斉に音を立てる。
 トランペットの金色の音が、空へと駈け上る。音が光に絡まる。
 それに少し遅れて、歓声が上がった。
 カメラは段取り通り、演壇へと一気にズームインする。
 その視界の中には、立ち上がった総統閣下、が、ゆっくりと演台に向かう姿があった。
 ゆっくり、とゾフィーはつぶやく。
 無論カメラマンはその様な指示を既に受けている。
 ゾフィーはその指示の結果を待つだけだ。
 それでも見ている彼女の手は強く握りしめられている。
 総統ヘラ・ヒドゥンは演台に立つと、ゆっくりと眼下に広がる七万の聴衆に向かって視線を巡らす。
 ズームイン。
 その表情は余すところなく、星域中に送られる。
 ヘラは手を上げる。
 歓声が上がる。
 その手を高く上げる。
 そして身体をゆっくりと動かしていく。

「やっぱり綺麗な人だな……」

 リルのつぶやきが、緊張した空気を少しだけ破る。
 ゾフィーはちら、とその発言者をにらんだ。
 リルはおっと、と肩をすくめる。
 だが、その時だった。



 何だ? とリタリットはその時、腰を浮かせた。
 胃の底から突き上げる様な低音が、その時、身体の芯から響いた。
 音楽のヴォリューム? 
 リタリットは自問する。
 いや違う!
 きぃん――― 
 鼓膜に嫌な音が響いた。
 覚えがあった。
 彼はこの音には覚えがあった。
 だがそれは、遠くで聞いていたものではない。
 近くで。
 すぐ近くで、自分が扱っていたかもしれない、そんな。

 ちょっと待て!!

 彼は思わず立ち上がっていた。
 ちょっと見えないよ、と後ろの客が文句をぶつける。
 だがそれどころではなかった。
 リタリットは慌ててその場から、近くの通路へと駆け上がった。
 走りながら、ポケットの端末のスイッチを入れる。
 そして、なるべく、そこから、よく見えるところへ。
 う、と彼は立ち止まった。
 光の線が。
 
 視線を、正面へ。

 花火にも似た、爆音が。
 
 リタリットは、立ちつくした。 
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