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3年後、アルク再び(俯瞰視点三人称)

63 ブンガクシャと仔猫は月夜に踊る

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 お疲れさま、と言いながらキディは上着を片手に店を後にする。
 まだ春先の夜は、肌寒い。首筋にぶるっと震えがくる。
 慌てて上着を羽織りながら、帰る方向に目をやると、街灯の下の見覚えのある姿に、元少年はわざとしかめっ面を作った。

「何だよあんた、まだ何か俺に言い足りないのかよ」
「言い足りないのはあるがな。ちとばかり、つきあってくんない?」

 衛星光にきらきら、と治まりの悪い金髪は光る。
 リタリットのこんな口調を聞いたのは、キディも初めてだった。
 何かまたからかっているのではないか、という疑問はあったが、別段逃げる必要もないので、そのまま二人で道を歩き出した。

「確かあんた、ヘッド達のとこに居候してるんじゃなかったの? だったらもう終電の時間は過ぎたんじゃない?」
「ああ。言うの忘れた。泊めてくれ」
「……」

 呆れた、という顔になってキディはこの幾つか年上の男の顔を見つめた。

「別にオレが行ったとこで、お邪魔虫って訳じゃないだろ? オマエら」
「そうじゃないかもしれないよ?」

 強がる相手の言葉にリタリットは肩をすくめる。

「無理すんなって。オマエそういう気ねーだろ。見りゃ判る」

 キディは首を傾げる。

「何で」
「なーんとなく」
「答えになってないよ、リタ」
「じゃあさ」

 リタリットは足を止める。

「何で自分がそぉいうのダメなのか、オマエ考えたコトある? キディ」

 不意に振り向く。キディは自分の顔が明らかにこわばるのを感じる。

「オレはさ、キディ」

 そしてくるりと身体ごと振り向く。
 ポケットに手を入れて、片方の足を軸にして綺麗な円弧を描く。

「今でも、奴の過去がどうとかってのは聞きたくもねえ。だいたいオレの知ったコトじゃねえ奴の過去のことなんて、聞いたって腹が立つだけじゃねえか」
「そりゃああんたが、BPにべた惚れだからじゃないか」
「おーそうだよ? それで何が悪い?」

 キディは言葉に詰まる。

「だからオレはそんなの、聞きたくもないし知りたくもない。だけどな、それでもオレが惚れてる奴のそうゆう部分ってのは、嫌だけどな、そうゆう過去って奴が作り上げちまったもんなんだよな」

 ああ全く、とリタリットは頭をかきむしる。

「悔しいが、あのおっさんの言ったコトは合ってる。ったくもって忌々しい」
「あのおっさん?」
「オマエんとこのマスターだよ。ウトホフトとかいうおっさん」

 ああ、とキディは大きくうなづいた。

「彼はいいひとだよ」
「いいひとね。でもなキディ覚えとけよ。いいひとだけじゃ、ああいう役には上がれないんだ。ああいう集団じゃ」
「ふうん。でも俺別に集団の上に立とうとか思わないしさー」
「ばーか。そんなこと言ってるんじゃねーよ」

 ではどういうことなのだ、と元少年は聞きたかった。
 だがどうも、いつもと調子が違う。
 キディは正直言って、そんな相手の様子にやや戸惑っていた。

「そういえばリタ、BPが今何処に居るのか知ってる?」
「知ってる。ビッグアイズが言っていた。首府に向かったってな」
「いいの?」
「いいのって?」
「だから、BPのとこに戻ってきたんだろ? あんたは」

 いんや、とリタリットは首を横に振る。

「じゃあ何しに来たのさ」
「決まってるだろ。反乱軍なら、反乱らしいことをするためさあ」

 くくく、とリタリットは笑った。

「それにしても今日の衛星は綺麗だなー。おいちょっとキディ、手ぇ貸せ」

 え、と言う間もなく、ぐい、とキディは手を取られ、バランスを崩す。

「何するんだよ」
「いやあまりにも今日のひかりは綺麗だから、ちょっとステップなと踏んでみたくなってさ」
「ステップう?」
「そ」

 ふわり、と取られた手が上がり、もう片方の手が腰に回る。
 キディは何が何だか判らずに、瞬きを繰り返すだけだった。

「ほら、足をこう出して、スロースロー、クイッククイック……」
「ってこれ、リタ、ソーシァルダンスじゃんか!」
「悪いか?」
「悪かないけど」

 首を傾げながらも、相手の言う様に、動かす様に手足を動かすと、それでも少しづつ動きはダンスらしくなっていく。

「音楽も入れてやろーか」

 そう言うと、一つのメロディを口ずさみはじめた。
 それはキディも聞き覚えのある、有名なクラシックの曲だった。
 ただ覚えがあると言ってもさわりだけのもので、全体を流して歌え、と言ってできるというものではない。

「で、♪……ほらっ」

 不意に腕を上げられて、背中を押される。
 ああああ、と口を開けたまま、キディはくるりとその場で一回転する。
 バランスを崩した身体をリタリットは受け止め、その体重を腕に流す。
 そのポーズはちょうど、しなだれかかる女性の姿勢に似ていた。

「っと。はい終わり」
「びっくりしたじゃんかよ……」

 くくく、とリタリットは笑った。
 だがキディからその表情はよく見えない。
 ちょうど衛星の逆光で、顔は暗く、隠れたままだった。

「こんなのは、初歩の初歩なんだぜ?」

 そう言って、今度は一人で、腕に誰かを抱え込んだ格好のまま、リタリットは歌いながら足を進める。
 キディはそれを眺めながら唖然とする。
 ふわりふわりと空気を割るように動く腕。
 複雑なステップ。
 スロー・クイック・スロー・クイック。
 足どり軽やかに、時に素早く、そして時にはジャンプ。
 それを間違えずに、しかも歌いながら軽々とこなしている。
 キディは思わず叫んでいた。

「あんた、昔そんなの習ってたのかよ!」

 過去のことを具体的に聞くのは基本的に、彼らにとっては御法度である。
 だがその時のキディからは、自然にそんな質問が口から飛び出していた。
 さあね、と少し離れた場所でくるくると動く相手は答える。

「絶対そうだよ、あんた、そういうの、身体が知ってるんだよ!」
「ああそうかもな」

 リタリットはあっさりと返した。

「認めるのかよ?」
「さあな」

 そして決めのポーズをわざとらしいまでに取ると、ふう、と首や肩を回した。

「やだね、全く」
「何が?」
「身体が覚えてるってことがさ」
「それは――― でもさ、それはあんたの記憶を取り戻す糸口にはなるじゃない」
「ふうん? じゃあオマエは思い出したい訳?」
「そんなことは、無いけど」
「別にいいさ。思い出せなんて、何で皆が皆言うんだろーな。BPにしろ、オレにしろ。今がシアワセならそれでイイじゃねーの……けどな」
「けど?」
「や、何でもない。でもな、オマエ、思い出したくないならそれでイイけどな、だったら絶対シアワセにならなきゃ仕方ねーんだよ」
「そりゃあそうだよ」
「判ってるならイイんだ」

 そう言って、ぽん、とリタリットはキディの肩を抱く。
 その力が奇妙に強かったので、キディは怪訝そうに相手の方を見たが、やっぱり相手の表情は、逆光で判らなかった。



 しかし、その晩泊まったはずのリタリットの姿は、次の朝には既にキディとマーチ・ラビットの前からは消えていた。

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