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流刑惑星ライでの日々(BP視点)

3 通過儀礼②

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「挨拶も無しに、寝床を決めるなんて、いい根性してるじゃないか」
「空いてるじゃないか」

 俺は思ったことを口にした。
 そこには、他のベッドと違い、きちんと畳まれたままになっている場所があったのだ。
 だがそれを認識しながら、自分がこんな声をしていたのか、と俺は改めて驚いた。
 思った以上に、自分の声は低いのだ。

「おーい皆、新入りは、口が達者なようだ」

 筋肉質の太い指が、肩にめり込むのを俺は感じた。
 自分の身体を無理矢理振り向かせようとしている。
 とっさに俺はその手を掴んでいた。

「何を」

 思うより先に、身体が動いていた。
 ざわ、と周囲の空気の密度がずれる。
 足元に、振動が響いた。

「や…… りやがったな!?」

 思わず目を見開く。
 自分の腕の行き場所を見る。
 驚いているのは、俺の方だった。
 勢い良く相手が襲いかかって来ようとするから、避けようとしたのだ。
 無意識に。
 ただ、その「避け方」が、俺自身の「知識」にあったものとは異なっていただけなのだ。
 掴んだ腕はそのまま、重力に逆らわずに、相手の力を向こう側に動かしていた。
 すると相手は、そのまま宙に浮かんだ。
 そして次の瞬間、床に身体を叩きつけていたのだ。

「アイキドーという奴か」

 何処からかつぶやく声が聞こえる。
 小さいのに、ひどくそれはくっきりと輪郭を持って、俺の耳に飛び込んだ。
 突発的なことに、自分の呼吸が乱れているのを感じた。
 倒れた相手は、背中を強く打ったらしく、せき込みながら、それでも再び起きあがった。

「やってくれるじゃないか」

 そんなこと言われても。
 ちら、と周囲を見る。
 面白がっているな。
 俺の「知識」は、これが一つの通過儀礼の様なものだ、と告げていた。
 嫌になるほど頭の一部分が冷静だった。
 いや、怒る理由が今の自分には見当たらないのだ。
 おそらく自分がどんな人間であったのか、を相手は身体で確かめようとしている。
 それはある意味こういう場においては当然だろう、と「知識」が判断する。
 自分自身が、自分のことがさっぱり判らない以上、これは仕方のないことだ、と「知識」は説明を繰り返す。
 だがそれはそれとして、俺の無意識と身体は、次々に繰り出される攻撃をかわし続けていた。
 ひゅう、と口笛がまた何処からか聞こえた。
 だが今度はそれに気を取られている余裕はなかった。
 自分より頭一つ大きい相手の、強い拳の突きを一呼吸前に察知して、素早く俺は切り抜けていた。

「へえ」

 また何処からか、感心と馬鹿にするのと半々であるかの様な声が飛ぶ。何って響くんだろう。
 避けるべきところは避け、相手の力の入り具合を見計らっていた――― 筈だった。
 すっ、と足元が抜ける感覚が俺を襲った。
 誰かが、俺の足をすくったのだ。
 バランスを崩して、床に手をつく。ほこりや砂の混ざった床の表面はざらりと、ひきずる俺の手のひらを強く擦り、皮膚を引っ掻いた。
 その途端、相手は俺の襟首を掴み上げた。
 何てえ力だ、と俺は足先が浮くのを感じる。そしてそのまま床に叩きつけられた。
 とっさに体勢を変えようと思ったが、間に合わず、左の二の腕を下にしてしまったことに気付く。
 やばい。
 肩が抜けたのだ。
 ぶらん、と自分の腕が、きりきり走る神経的な痛みとともに動かなくなっているのに気付く。
 お、という声が周囲の中で一つ耳に飛び込む。
 だがその声の主は、誰かに制止された。
 こうなっては長くはこんなことしていられない。
 俺はぶらん、と左だけでなく、両方の腕をぶらさげ、相手をにらみ返した。
 相手は逆上した。それは俺がにらみつけたからではない。
 俺が、笑いかけたからだった。
 この野郎、と相手はまるで戦意喪失したような俺の方へと殴りかかってきた。
 来た。
 ぶらりとさせた右の腕をすかさず伸ばした。
 その腕をすかさず引き寄せ、そのまま俺は身体をひねった。
 周囲はあ、と息を呑んだ。
 一瞬だった。
 そのまま、相手の身体を、床に強く押し付けていた。
 つ、と誰かが立つ気配があった。
 だが声を掛けたのは、その立った男ではなかった。
 立ち上がった男は、一度腕を上に上げる。
 判ったよ、と自分の下に居る男がその動作に対して答えた。

「終わりだよ、どけよ!」

 俺は言われたままに押さえ込んでいた手を離した。
 手ぇ出せ、と男は言った。
 俺が答える前に、相手は俺の左腕を掴むと、そのままぐっ、と外れた肩を元に戻した。
 ひどい痛みが腕の付け根に響いたが、あの抜けている時の不気味な感触からは自分が解放されているのに気付いた。
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