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惑星アルクでの日々(テルミン視点)
19 ※気付かせてくれるまで気付かなかった性癖
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官邸にやってくる官僚は大半、首相に青年の愛人が居るのは知っていた。
グルシンはその中でもヘラと直接顔を合わせることのある珍しい官僚の一人だった。
ヘラからしてもそう嫌いでは無い、というこれまた珍しい人物でもあった。
「だってあのおっさん、そう賢くないもん」
それがヘラの理由だった。
そうは言ったところで、これで退陣すればしたで、ヘラは何の興味も無くすのだ。
ただの通りすがりの人。
そう彼は形容するのだ。
「俺、馬鹿な奴って結構好きだよ」
そういう時、ひどく懐かしそうな口調になる。
そしてその都度、俺はひどく胸が締め付けられる様な気分になる。
俺はずっと自覚していた。
自分はこの首相の愛人に惹かれているのだ。
その姿に、その声に、その態度に、その存在、そのものに。
気付かせたのは、今横でくっついている帝都からの派遣員だった。
ほとんど荒療治と言っていい程に。
だが派遣員は一つだけ見間違えていた。
あの時。
屋根裏の部屋から、俺が階下をのぞき込み、目撃した時に気付いた欲は、ヘラ自身に向けられていたものではない。
彼が「そうされている」というその事態に対して、俺はそう感じたのだ。
それは衝撃だった。
ヘラのことは、とても好きなのだ。
この彼の置かれている事態に対し、ひどく憤りを覚えずにはいられない程、好きなのだ。
その感情は止まらない。
止められるものではない。
だが、それなのに、あの時自分がどうしようもなく高まってしまったのは。
その理由は。
考えるたび俺は酷い自己嫌悪に襲われる。
そしてもう一つの自己嫌悪。
昼間はいい。自分のすることがどんなことであろうが、それは自分の納得づくのことであり、後悔はしない。
たとえ通信相を陥れたのが自分であろうと!
それは現在の俺にとって、そう難しいことではなかったのだ。
「上手く行ったようだね」
「グルシン通信相のこと? うん、俺も上手く行ったと思う」
「君ならできると思っていたよ」
「そうだね」
君ならできるよ、とこの男は何度あれから言っただろうか。
そして自分はこの男とあれから何度同じ夜を過ごしているだろう。
「もうじき彼に言うよ。そうでないと、時間が経ってしまう」
「それがいい。私にできることなら協力しよう」
「ありがとう」
自分の声が乾いているのが判る。
大事そうに自分を抱える相手の背に手を回す。
夜中によく目が覚める。
自己嫌悪の闇が、夢すらもじわじわと浸食しようとする時だった。
そんな時には、何も考えずに眠りたかった。
夢も見ずに眠ってしまえば、とりあえず明日が来る。
朝になれば、それでも自分は大丈夫なのだ。
どんな相手を陥れようと、誰を利用しようと!
放送局にその情報を持ち込んだのは、自分だった。
――先年の春に出会ったゾフィーの口利きで、時々俺は私服で中央放送局に出入りしていた。
その時に、何気なく、ひどくさりげなく、ニュースセンターへの投書の中に、俺がよく知っている事実を入れておいた。
グルシン通信相は抗弁した。
自分は誘われたのだ、と。
確かに自分の老後の安心も考えたが、それ以上に、その新しくできるだろう通信網が、レーゲンボーゲンのためになるから、と勧められ、自分はそれを信じてしまったのだ、と。
そのあたりが抜けてるんだ、と俺は昼間は思う。
何せそのグルシンを誘った帝都の企業は、スノウの口利きで動いているのだから。
額から指先までゆっくりと、濃厚に執拗に動き回るスノウの指に唇に、ぼんやりとしてくる頭の中で、ヘラの姿が横切る。
それは昼間の光の中、ゆらゆらと巻き毛を揺らせて花壇を歩く姿ではない。
あれからも時々、つい見てしまった、寝台の上で乱れさせられるヘラの姿だった。
嫌で嫌でたまらない、という表情を露骨に浮かべ、それでも何を考えているのか、逆らうこともせず、何か遠くを見ている、そんな姿だった。
その理由を知りたかった。
何処を見ているのか、知りたかった。
ヘラに関するある「事実」は俺も既に知っていた。
だけどそれだけでは「理由」にならない。
俺はそれを彼自身の口から聞きたかった。
ああ、と押さえきれない声を上げながら、全身を襲う、どうにもならない程の感覚が、自己嫌悪の感情を踏みつぶしてしまう瞬間を俺は待っていた。
そしてこの男は、それをその通りにしてくれる。
自分の身体がばらばらになってしまう様な気分に。
時には、自分の心が身体を離れて何処かへ行ってしまうかと思えるくらいに。
穏やかな生活を、したかった。
だができない。
俺は目を伏せる。
口元が笑っているのが判る。
自分には穏やかな生活をするだけの資格はないのだ。
グルシンはその中でもヘラと直接顔を合わせることのある珍しい官僚の一人だった。
ヘラからしてもそう嫌いでは無い、というこれまた珍しい人物でもあった。
「だってあのおっさん、そう賢くないもん」
それがヘラの理由だった。
そうは言ったところで、これで退陣すればしたで、ヘラは何の興味も無くすのだ。
ただの通りすがりの人。
そう彼は形容するのだ。
「俺、馬鹿な奴って結構好きだよ」
そういう時、ひどく懐かしそうな口調になる。
そしてその都度、俺はひどく胸が締め付けられる様な気分になる。
俺はずっと自覚していた。
自分はこの首相の愛人に惹かれているのだ。
その姿に、その声に、その態度に、その存在、そのものに。
気付かせたのは、今横でくっついている帝都からの派遣員だった。
ほとんど荒療治と言っていい程に。
だが派遣員は一つだけ見間違えていた。
あの時。
屋根裏の部屋から、俺が階下をのぞき込み、目撃した時に気付いた欲は、ヘラ自身に向けられていたものではない。
彼が「そうされている」というその事態に対して、俺はそう感じたのだ。
それは衝撃だった。
ヘラのことは、とても好きなのだ。
この彼の置かれている事態に対し、ひどく憤りを覚えずにはいられない程、好きなのだ。
その感情は止まらない。
止められるものではない。
だが、それなのに、あの時自分がどうしようもなく高まってしまったのは。
その理由は。
考えるたび俺は酷い自己嫌悪に襲われる。
そしてもう一つの自己嫌悪。
昼間はいい。自分のすることがどんなことであろうが、それは自分の納得づくのことであり、後悔はしない。
たとえ通信相を陥れたのが自分であろうと!
それは現在の俺にとって、そう難しいことではなかったのだ。
「上手く行ったようだね」
「グルシン通信相のこと? うん、俺も上手く行ったと思う」
「君ならできると思っていたよ」
「そうだね」
君ならできるよ、とこの男は何度あれから言っただろうか。
そして自分はこの男とあれから何度同じ夜を過ごしているだろう。
「もうじき彼に言うよ。そうでないと、時間が経ってしまう」
「それがいい。私にできることなら協力しよう」
「ありがとう」
自分の声が乾いているのが判る。
大事そうに自分を抱える相手の背に手を回す。
夜中によく目が覚める。
自己嫌悪の闇が、夢すらもじわじわと浸食しようとする時だった。
そんな時には、何も考えずに眠りたかった。
夢も見ずに眠ってしまえば、とりあえず明日が来る。
朝になれば、それでも自分は大丈夫なのだ。
どんな相手を陥れようと、誰を利用しようと!
放送局にその情報を持ち込んだのは、自分だった。
――先年の春に出会ったゾフィーの口利きで、時々俺は私服で中央放送局に出入りしていた。
その時に、何気なく、ひどくさりげなく、ニュースセンターへの投書の中に、俺がよく知っている事実を入れておいた。
グルシン通信相は抗弁した。
自分は誘われたのだ、と。
確かに自分の老後の安心も考えたが、それ以上に、その新しくできるだろう通信網が、レーゲンボーゲンのためになるから、と勧められ、自分はそれを信じてしまったのだ、と。
そのあたりが抜けてるんだ、と俺は昼間は思う。
何せそのグルシンを誘った帝都の企業は、スノウの口利きで動いているのだから。
額から指先までゆっくりと、濃厚に執拗に動き回るスノウの指に唇に、ぼんやりとしてくる頭の中で、ヘラの姿が横切る。
それは昼間の光の中、ゆらゆらと巻き毛を揺らせて花壇を歩く姿ではない。
あれからも時々、つい見てしまった、寝台の上で乱れさせられるヘラの姿だった。
嫌で嫌でたまらない、という表情を露骨に浮かべ、それでも何を考えているのか、逆らうこともせず、何か遠くを見ている、そんな姿だった。
その理由を知りたかった。
何処を見ているのか、知りたかった。
ヘラに関するある「事実」は俺も既に知っていた。
だけどそれだけでは「理由」にならない。
俺はそれを彼自身の口から聞きたかった。
ああ、と押さえきれない声を上げながら、全身を襲う、どうにもならない程の感覚が、自己嫌悪の感情を踏みつぶしてしまう瞬間を俺は待っていた。
そしてこの男は、それをその通りにしてくれる。
自分の身体がばらばらになってしまう様な気分に。
時には、自分の心が身体を離れて何処かへ行ってしまうかと思えるくらいに。
穏やかな生活を、したかった。
だができない。
俺は目を伏せる。
口元が笑っているのが判る。
自分には穏やかな生活をするだけの資格はないのだ。
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