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61 サラダの苛立ち
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「また、よね?」
夕方、サラダは私が居てめぐみ君が居ない時間を見計らったかの様にやってきて、そう言った。
「いいけどさあ」
「何を言いたいのよ」
私は含みのあるその言い方に、少しばかり嫌気を覚えた。
「別にいいんだけどさあ。だけど同じこと繰り返されるのは嫌だよ?」
「同じこと?」
「だって、まえにやっぱり元ヴォーカリストのひと、泊めてたことあったじゃない。ミサキさんが好きならそれはそれでいいと思ったけどさ、だけど出てったじゃない」
そしてこういう時のサラダは、絶対に上がろうとしない。
タイル張りの床に立ち、向こう側を見渡しては、それ以上立ち入ろうとはしないのだ。
「そんなこと……」
「判ってる? ミサキさんいつも、おにーさんの後始末しているようなものじゃないの」
「違う」
「あたしから見たら、そう見えるんだってば!」
私は黙って首を横に振った。
違う。
違うのだ。
ただあんな風に、私を頼ってくれるものがあると、私はその手をどうしても取りたくなるのだ。
求められていることに、どうしようもなく弱い。
弱いのだ。
「じゃあ今の…… 名前忘れたけど、あのひとは、ずっとここに居るの? そうじゃないでしょ?」
「それはそうだけど」
「それはそーよね。理由なんかあたし知らないけれど、逃げてきたヴォーカル君は、立ち直ったら出てくでしょ。出ていかなくちゃならないわよ。だってミサキさんじゃなくてもいいんでしょ」
「でもあたしが兄貴の妹だから」
「じゃあミサキさんじゃなくたっていい訳じゃない。おにーさんの妹、なら」
ぐっ、と私は詰まる。
瞬間、自分の声が必要であって、自分でなくてもいいんだ、と言う意味のことを言っためぐみ君の言葉が重なる。
「そういうのって、何か違うよ。それじゃあ、いつまで経っても、ミサキさんはおにーさんの捨てた子を拾って、それにまた捨てられるんじゃない。それじゃあ、良くないよ」
「だけどあたしのことよ」
私は言い返した。
「どうしてそれを、サラダがどうこう言う必要があるの?」
「好きだもの」
さらり、と彼女は言った。
「あたしはミサキさん好きだもの。だからそういう風に、ミサキさんが結局傷つくの見たくないんだもの。それは理由にならない?」
「好き?」
「一緒にいて、楽しいもの。気持ちいいもん。そういうの、好きって言わない? そういうのが好き、だったらあたしの今の一番の『好き』はミサキさんだよ。だからミサキさんが近い先に、落ち込むの判ってて、続けてるのなんて、見たくないよ。それっておかしい?」
は、と私は頭の中がまっ白になるのを感じた。
そういう言葉が、彼女から出てくるとは思わなかったのだ。
どう答えたものなのか、上手く頭の中から言葉が出てこなかった。
答えるべきなのかどうかも、判らなかった。
しばらく、二人とも玄関先で黙ったままだった。
「帰るねあたし。別にミサキさんが、それでいいなら、いーんだよ。でも」
でも。
サラダは扉を閉めた。
彼女の足音が遠ざかり、隣の部屋の扉を開けるのを確認したら、ずる、と足の力が抜けた。
夕方、サラダは私が居てめぐみ君が居ない時間を見計らったかの様にやってきて、そう言った。
「いいけどさあ」
「何を言いたいのよ」
私は含みのあるその言い方に、少しばかり嫌気を覚えた。
「別にいいんだけどさあ。だけど同じこと繰り返されるのは嫌だよ?」
「同じこと?」
「だって、まえにやっぱり元ヴォーカリストのひと、泊めてたことあったじゃない。ミサキさんが好きならそれはそれでいいと思ったけどさ、だけど出てったじゃない」
そしてこういう時のサラダは、絶対に上がろうとしない。
タイル張りの床に立ち、向こう側を見渡しては、それ以上立ち入ろうとはしないのだ。
「そんなこと……」
「判ってる? ミサキさんいつも、おにーさんの後始末しているようなものじゃないの」
「違う」
「あたしから見たら、そう見えるんだってば!」
私は黙って首を横に振った。
違う。
違うのだ。
ただあんな風に、私を頼ってくれるものがあると、私はその手をどうしても取りたくなるのだ。
求められていることに、どうしようもなく弱い。
弱いのだ。
「じゃあ今の…… 名前忘れたけど、あのひとは、ずっとここに居るの? そうじゃないでしょ?」
「それはそうだけど」
「それはそーよね。理由なんかあたし知らないけれど、逃げてきたヴォーカル君は、立ち直ったら出てくでしょ。出ていかなくちゃならないわよ。だってミサキさんじゃなくてもいいんでしょ」
「でもあたしが兄貴の妹だから」
「じゃあミサキさんじゃなくたっていい訳じゃない。おにーさんの妹、なら」
ぐっ、と私は詰まる。
瞬間、自分の声が必要であって、自分でなくてもいいんだ、と言う意味のことを言っためぐみ君の言葉が重なる。
「そういうのって、何か違うよ。それじゃあ、いつまで経っても、ミサキさんはおにーさんの捨てた子を拾って、それにまた捨てられるんじゃない。それじゃあ、良くないよ」
「だけどあたしのことよ」
私は言い返した。
「どうしてそれを、サラダがどうこう言う必要があるの?」
「好きだもの」
さらり、と彼女は言った。
「あたしはミサキさん好きだもの。だからそういう風に、ミサキさんが結局傷つくの見たくないんだもの。それは理由にならない?」
「好き?」
「一緒にいて、楽しいもの。気持ちいいもん。そういうの、好きって言わない? そういうのが好き、だったらあたしの今の一番の『好き』はミサキさんだよ。だからミサキさんが近い先に、落ち込むの判ってて、続けてるのなんて、見たくないよ。それっておかしい?」
は、と私は頭の中がまっ白になるのを感じた。
そういう言葉が、彼女から出てくるとは思わなかったのだ。
どう答えたものなのか、上手く頭の中から言葉が出てこなかった。
答えるべきなのかどうかも、判らなかった。
しばらく、二人とも玄関先で黙ったままだった。
「帰るねあたし。別にミサキさんが、それでいいなら、いーんだよ。でも」
でも。
サラダは扉を閉めた。
彼女の足音が遠ざかり、隣の部屋の扉を開けるのを確認したら、ずる、と足の力が抜けた。
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