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26 土曜の朝の眠気とペンキ塗り

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「ハコザキ君、のよりさんに、あんた達のことは……」
「言ったことは無いよ。だってあいつは、俺がそうだったように、ごくごくまともな奴なんだ。俺が男に抱かれてるなんて、想像もできないだろうさ。それが普通の女の子の反応って奴じゃない? 美咲ちゃん」
「普通の」
「そうやって言ってしまうと、美咲ちゃんには失礼かもしれないけどさ。それでも、俺だって、奴に会うまでは、奴にそうされるまでは、そんなこと、考えもしなかったし、訳判らなかったよ? だけどそれでも何か」

 彼は口を閉ざした。 
 私は言う言葉を無くした。
 兄貴が男ともそういう関係になれる、ということを認識して以来、私は別にそれを何とも思わなくなっていたことは確かだ。
 ああそう言えば、普通の子は好奇の目で見るんだよな。
 思い出した。
 だって。
 半分ほどコーヒーが残ったマグカップを持って、私は六畳の方へと移動する。
 南向きの部屋には、だんだん夜明けの光が斜めに射し込んでくる。
 音を消える寸前まで小さくして、TVを点ける。
 何処の局だろう。
 だらだらと空模様などを映しながら音楽が流れている。
 今日は一日、いい天気になりそうだ。
 そういえばさっきコーヒーを入れた時、豆がそろそろ無くなりそうだった。
 買い足しに行かなくては。ベリーの入ったスコーンも欲しい。
 サラダは今日は何するんだろう。
 誘ってもいい。
 そうだ誘おう。
 男との約束が無ければいいけど。
 そんなことを考えながら、ベッドに背をもたれさせてコーヒーをすする。
 時々ちらちら、とキッチンの方を見ると、背もたれに腕を掛けてぐったりともたれていた。
 ワゴンの上にマグカップは置かれたままだ。
 眠ってしまったのかな、と思ったら、私にもまた、眠気が少し襲ってきた。

 再び目覚めた時、時計の針は十時を指していた。
 あれ、と私は身体のあちこちが痛いのに気付いた。
 変な姿勢で寝付いてしまったから、下になった部分がややしびれている。
 既に太陽はかなり上にある。
 何処に行っても店は開いている時間だ。

「あ」

 キッチンの椅子の上には、まだ彼が同じ姿勢で眠っていた。
 大丈夫なのだろうか。
 おそるおそる近づいてみるとぐっすりと眠っていた。
 起こすべきか。
 少し迷う。
 しかしお出かけもしたい。
 とりあえず玄関に向かった。
 サラダに今日暇かどうか訊ねなくては。
 できるだけそうっと、扉を開けたつもりだった。
 ぴんぽんぴんぽん、とチャイムを鳴らす。

「あ、おはよー」

 あっさりと彼女は出てきた。
 頭にバンダナを、手には軍手をつけている。
 そして部屋の中のにおい。

「あんたまた、ペンキ塗りしてるの?」
「だって今日いい天気だしー。見て見て、こないだ、いい感じの椅子を拾ったんだー」

 驚いてはいけない。
 「大きなごみ」の日に彼女が何かと抱えてくることはある。
 それが部屋と趣味に微妙に合わずに、次の時にはまた出しに行くことも。
 どうやら今回持ってきたものは、彼女の趣味と、この部屋の広さにも釣り合ったらしい。

「へえ、結構がっちりしてるじゃない」
「うん。でもさすがに座るとこが汚れてたしねー。まあだから皮を張り直して、足と背白くしようと思ってさー」

 なるほど。
 私は塗り直された椅子をまじまじと見る。
 そう言えば私もその「大きなごみ」の前を通り過ぎた記憶がある。

「で、ミサキさんどしたの? 朝ご飯のお誘いにしては遅いし」
「ところがそれなんだよね」
「朝ご飯は食べちゃったよー」
「別に食わなくてもいいって。あそこのコーヒーショップにつきあって欲しいの。豆も切れたし。ついでに」

 ああ、と彼女はうなづいた。

「そぉいうことならいいよー。あたしも行きたい」
「じゃあ着替えてくるわ。あんたも五分で用意してよ」
「五分ーっ」
「一番近いとこだよ。いちいち顔作ってく?」
「じゃなくて、ペンキ」

 ああ、とうなづいたのは今度は私だった。

「三十分待って。そしたらいいとこまで塗ってしまうから」
「三十分ね。じゃあそしたらうちに来てよ」
「はーい」

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