9 / 11
第9話 「さて探偵コンビとしてはどうしたらいいかな?」
しおりを挟む
「ところが、だ」
キムは皮肉気に笑った。それはGも滅多に見たことのないものだった。
「レプリカが広がった時、それが人間と同じような情緒や記憶を持つ存在だということも同時に判ってしまった。すると人間はどうしたと思う?」
「どうしたんだ?」
「それがどーも、許せなかったらしいのよ」
「心を持つのは人間だけでいい、と思ったらしいな。ちょうどその頃、人間と恋愛沙汰起こすレプリカも増えて社会問題になったこともある。とにかく機械の身体のくせに、人間と同じような情緒を持つことが許せなかったらしいな」
くくく、と中佐は笑った。Gはその笑いにぞく、と背筋が寒くなった。
「まあ良くあることだよね。で、とうとう生産禁止。惑星も極秘のうちに破壊されたのよ」
ごく、と彼は生唾を呑んだ。
「いつか壊れるとは判っていたけどさ、それでも帰る所を無くしたってのは大きいよね。さすがのレプリカも怒った訳よ。それで反乱を起こしたと」
年号だけを覚えていた「レプリカの反乱」をGは思い出していた。
「だったらとにかくSL社の生産工場を占拠して、残っている自分達を助けて、身体を作ってしまおう、と。それだけで良かったんだよ。だけど」
「だけどその頃の帝国政府は、そうそう甘くはなかった」
「そ」
結果はGも知っている。レプリカは全滅。判りやすく、残酷な結果だった。
「俺は、オーヴァヒートしていたおかげで、機能停止したと思われたらしい。無傷だったから、と標本として博物館に入れられた。だけどさすがにそんな標本を置いておいたところで何にもならないだろ? 結構たらい回しにされて、流れ流れてとうとうあのスワニルダまで来た訳よ」
はあ、とGはあいづちを打った。それ以外の言葉が見つからなかった。
「でさ、ごくたまに、何かそういう標本、というか人形って言うか、を気に入ってくれた女の子が居てね。よく通ってきてくれた訳よ。半世紀前くらいかな。見えないけれど、聞こえる訳よ。その子が俺を見てどういう感じとか。さすがにずっとそんな状態で居たから、別に見なくともだいたいの様子は気配で判ったし」
「最近は鈍っているよなあ」
にやにやと、実に楽しそうに中佐は笑う。
「うるさいよ。で、その子がある日お別れを言いに来た訳。結構いい家の子だったらしいんだけどさ、父親が事業に失敗したらしくって、コッペリアの方へ引っ越さなくちゃならないって訳。で、俺はその時通じるか通じないか、判らなかったけど、テレパシイ送ってみた訳よ」
「通じたのか?」
「さあどうかな? 少なくとも答は返ってこなかったけどね」
その時キムは、やや寂しげに言ったように、Gには思えた。
「……そこから動くな」
不意に中佐が聞こえるか聞こえないくらいの声でつぶやいた。Gは身体を固くする。
ふっ、と目の前を風が通り過ぎていった。頬にすっと軽い痛みが走る。
何だ、とは思ったが、次の瞬間、反射的に彼は床に伏せていた。
ガラスの割れる音が、その場に一斉に響いた。
一杯に伸ばした中佐の長い爪が、窓ガラスを一気に貫き――― ガラスごしに、双子の少女人形の片割れの喉を正確に貫いていた。
Gは頬に手を当てる。爪のすり抜ける瞬間、それは彼の頬をほんの少し傷つけたらしい。
じゃく、と音をさせて中佐は突き刺したそれを勢い良く内側へと引き抜いた。はずれかけたガラスの破片が、窓の枠ごとそのはずみで一気に内側へと降り注いだ。
中佐は伸ばした爪を引っ込めながら、黒いスカートに白いエプロンの少女機械を床に振り落とした。
ずさり。
音を立てて、その身体がガラスの飛び散った床に落ちる。勢いが強すぎたのか、左の腕が妙な方向に曲がっていた。大きく見開いたままの瞳が、明後日の方向を向いている。
「全くお前ら、よく生きてたな。俺が来る時にも、何かしらこいつとこいつのネガポジがそこいらをうろついていたぜ」
「知ってる」
Gは頬の血をぬぐいながらうなづく。だからと言って、そうそう動ける状態ではなかったのは事実だ。
「まあ俺は、お前が生きようが死のうが知ったことじゃないけどな」
それを聞くと俺は? 俺は? とキムは無言で自分を指す。中佐はさあね、と意地悪げに笑った。
黒のスカートの白のエプロンだから、きっとこれは黒鳥《オディール》だろう。にこやかな笑みを浮かべたまま、貫かれた喉から火花とケーブルをのぞかせている。
生体機械はやられた場所によっては蘇生が可能だが、中佐の狙いは正確だった。彼らの急所は首の神経系なのだ。少女機械は完全に停止していた。
「ん?」
傷口を眺めていたGはふと一点に目が引き寄せられるのを感じる。何かがきらりと光ったのだ。彼は少女人形の残骸に近付いて目を凝らす。
「これは……」
彼の長い指は、オディールの喉につかえていたものをつまみ出していた。それはキャンデー位の大きさの緑色の宝石だった。
「おいG、それって……」
「そうだ、マダムの言った……」
Gとキムは顔を見合わせる。
「とすると」
「初めっから見つけさせる気なんか無かったな、ありゃ」
中佐はその二人の会話を聞きながら肩をすくめ、戸口の方へと歩いていった。
「帰るのか?」
キムは普段の陽気な笑顔を復活させて訊ねる。中佐はちら、と振り向くと、自分の愛人に向かって言った。
「あいにく俺は、基本的には暇じゃあねえんだ」
「悪かったね」
そう言って連絡員は下手なウインクをしてみせる。
「悪かったと思うなら、今度埋め合わせをしろ」
「判った判った」
どういう埋め合わせだろうか、と一瞬Gは疑問に思ったが、口に出すのはやめた。とりあえず彼はまだ、中佐に殺されたくはなかった。
にこにこと、またあの食えない笑いがキムの表情を覆っている。調子が戻ったのか、それとも別のことを考えているのか、そのあたりはGにはまるで判らなかった。
「あれ」
中佐が出て行った後、宝石をぼんやり眺めていたキムか不意に声を立てた。何、とGは手招きする相手の方へ近付く。
「ちょっとこれ見てよ」
彼は宝石の一部分についている四角い瑕のようなものを指した。何だこれ、とGは首をかしげる。
「お前にゃ見えないか。えーとルーペルーペ」
キムは上着のポケットを探った。小さなルーペがその中から出てきた。
「どうしてそんなもの持ってるんだよ」
「探偵の小道具って言えばそうでしょ」
Gは返す言葉が見つからずに黙った。あまり深く考えていては頭がもちそうにない。とにかく素直にルーペを受け取って、あめ玉ほどの大きさのエメラルドについた瑕を見据えた。
「あ」
「見えた? 靴の紋と」
「ああ。『わが妻にしてわが後継者カーレンに捧ぐ』前首領が彼女に与えたものってことか?」
「だろうね。そんなもの警察に頼んで見つかってしまったらとってもやばいな。半分は詭弁だろうが、半分は本当だったらしいな」
ふーん、とGは宝石を手の中で転がしながらうなづく。
「さて探偵コンビとしてはどうしたらいいかな?」
「そりゃあね」
キムはにっこりと笑う。
「やっぱり依頼人に返しに行くしかないでしょ」
キムは皮肉気に笑った。それはGも滅多に見たことのないものだった。
「レプリカが広がった時、それが人間と同じような情緒や記憶を持つ存在だということも同時に判ってしまった。すると人間はどうしたと思う?」
「どうしたんだ?」
「それがどーも、許せなかったらしいのよ」
「心を持つのは人間だけでいい、と思ったらしいな。ちょうどその頃、人間と恋愛沙汰起こすレプリカも増えて社会問題になったこともある。とにかく機械の身体のくせに、人間と同じような情緒を持つことが許せなかったらしいな」
くくく、と中佐は笑った。Gはその笑いにぞく、と背筋が寒くなった。
「まあ良くあることだよね。で、とうとう生産禁止。惑星も極秘のうちに破壊されたのよ」
ごく、と彼は生唾を呑んだ。
「いつか壊れるとは判っていたけどさ、それでも帰る所を無くしたってのは大きいよね。さすがのレプリカも怒った訳よ。それで反乱を起こしたと」
年号だけを覚えていた「レプリカの反乱」をGは思い出していた。
「だったらとにかくSL社の生産工場を占拠して、残っている自分達を助けて、身体を作ってしまおう、と。それだけで良かったんだよ。だけど」
「だけどその頃の帝国政府は、そうそう甘くはなかった」
「そ」
結果はGも知っている。レプリカは全滅。判りやすく、残酷な結果だった。
「俺は、オーヴァヒートしていたおかげで、機能停止したと思われたらしい。無傷だったから、と標本として博物館に入れられた。だけどさすがにそんな標本を置いておいたところで何にもならないだろ? 結構たらい回しにされて、流れ流れてとうとうあのスワニルダまで来た訳よ」
はあ、とGはあいづちを打った。それ以外の言葉が見つからなかった。
「でさ、ごくたまに、何かそういう標本、というか人形って言うか、を気に入ってくれた女の子が居てね。よく通ってきてくれた訳よ。半世紀前くらいかな。見えないけれど、聞こえる訳よ。その子が俺を見てどういう感じとか。さすがにずっとそんな状態で居たから、別に見なくともだいたいの様子は気配で判ったし」
「最近は鈍っているよなあ」
にやにやと、実に楽しそうに中佐は笑う。
「うるさいよ。で、その子がある日お別れを言いに来た訳。結構いい家の子だったらしいんだけどさ、父親が事業に失敗したらしくって、コッペリアの方へ引っ越さなくちゃならないって訳。で、俺はその時通じるか通じないか、判らなかったけど、テレパシイ送ってみた訳よ」
「通じたのか?」
「さあどうかな? 少なくとも答は返ってこなかったけどね」
その時キムは、やや寂しげに言ったように、Gには思えた。
「……そこから動くな」
不意に中佐が聞こえるか聞こえないくらいの声でつぶやいた。Gは身体を固くする。
ふっ、と目の前を風が通り過ぎていった。頬にすっと軽い痛みが走る。
何だ、とは思ったが、次の瞬間、反射的に彼は床に伏せていた。
ガラスの割れる音が、その場に一斉に響いた。
一杯に伸ばした中佐の長い爪が、窓ガラスを一気に貫き――― ガラスごしに、双子の少女人形の片割れの喉を正確に貫いていた。
Gは頬に手を当てる。爪のすり抜ける瞬間、それは彼の頬をほんの少し傷つけたらしい。
じゃく、と音をさせて中佐は突き刺したそれを勢い良く内側へと引き抜いた。はずれかけたガラスの破片が、窓の枠ごとそのはずみで一気に内側へと降り注いだ。
中佐は伸ばした爪を引っ込めながら、黒いスカートに白いエプロンの少女機械を床に振り落とした。
ずさり。
音を立てて、その身体がガラスの飛び散った床に落ちる。勢いが強すぎたのか、左の腕が妙な方向に曲がっていた。大きく見開いたままの瞳が、明後日の方向を向いている。
「全くお前ら、よく生きてたな。俺が来る時にも、何かしらこいつとこいつのネガポジがそこいらをうろついていたぜ」
「知ってる」
Gは頬の血をぬぐいながらうなづく。だからと言って、そうそう動ける状態ではなかったのは事実だ。
「まあ俺は、お前が生きようが死のうが知ったことじゃないけどな」
それを聞くと俺は? 俺は? とキムは無言で自分を指す。中佐はさあね、と意地悪げに笑った。
黒のスカートの白のエプロンだから、きっとこれは黒鳥《オディール》だろう。にこやかな笑みを浮かべたまま、貫かれた喉から火花とケーブルをのぞかせている。
生体機械はやられた場所によっては蘇生が可能だが、中佐の狙いは正確だった。彼らの急所は首の神経系なのだ。少女機械は完全に停止していた。
「ん?」
傷口を眺めていたGはふと一点に目が引き寄せられるのを感じる。何かがきらりと光ったのだ。彼は少女人形の残骸に近付いて目を凝らす。
「これは……」
彼の長い指は、オディールの喉につかえていたものをつまみ出していた。それはキャンデー位の大きさの緑色の宝石だった。
「おいG、それって……」
「そうだ、マダムの言った……」
Gとキムは顔を見合わせる。
「とすると」
「初めっから見つけさせる気なんか無かったな、ありゃ」
中佐はその二人の会話を聞きながら肩をすくめ、戸口の方へと歩いていった。
「帰るのか?」
キムは普段の陽気な笑顔を復活させて訊ねる。中佐はちら、と振り向くと、自分の愛人に向かって言った。
「あいにく俺は、基本的には暇じゃあねえんだ」
「悪かったね」
そう言って連絡員は下手なウインクをしてみせる。
「悪かったと思うなら、今度埋め合わせをしろ」
「判った判った」
どういう埋め合わせだろうか、と一瞬Gは疑問に思ったが、口に出すのはやめた。とりあえず彼はまだ、中佐に殺されたくはなかった。
にこにこと、またあの食えない笑いがキムの表情を覆っている。調子が戻ったのか、それとも別のことを考えているのか、そのあたりはGにはまるで判らなかった。
「あれ」
中佐が出て行った後、宝石をぼんやり眺めていたキムか不意に声を立てた。何、とGは手招きする相手の方へ近付く。
「ちょっとこれ見てよ」
彼は宝石の一部分についている四角い瑕のようなものを指した。何だこれ、とGは首をかしげる。
「お前にゃ見えないか。えーとルーペルーペ」
キムは上着のポケットを探った。小さなルーペがその中から出てきた。
「どうしてそんなもの持ってるんだよ」
「探偵の小道具って言えばそうでしょ」
Gは返す言葉が見つからずに黙った。あまり深く考えていては頭がもちそうにない。とにかく素直にルーペを受け取って、あめ玉ほどの大きさのエメラルドについた瑕を見据えた。
「あ」
「見えた? 靴の紋と」
「ああ。『わが妻にしてわが後継者カーレンに捧ぐ』前首領が彼女に与えたものってことか?」
「だろうね。そんなもの警察に頼んで見つかってしまったらとってもやばいな。半分は詭弁だろうが、半分は本当だったらしいな」
ふーん、とGは宝石を手の中で転がしながらうなづく。
「さて探偵コンビとしてはどうしたらいいかな?」
「そりゃあね」
キムはにっこりと笑う。
「やっぱり依頼人に返しに行くしかないでしょ」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
反帝国組織MM⑤オ・ルヴォワ~次に会うのは誰にも判らない時と場所で
江戸川ばた散歩
SF
「最高の軍人」天使種の軍人「G」は最も上の世代「M」の指令を受けて自軍から脱走、討伐するはずのレプリカントの軍勢に参加する。だがそれは先輩で友人でそれ以上の気持ちを持つ「鷹」との別れをも意味していた。
反帝国組織MM② カラーミー、ブラッドレッド
江戸川ばた散歩
SF
帝都政府統治下の人類世界。
軍警で恐れられている猛者、コルネル中佐。
ある日彼は、不穏な動きを見せる惑星クリムゾンレーキの軍部を調査するために派遣される。
だが彼の狙いは別のところにあった。
その惑星は彼にかつて何をしたのか。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
反帝国組織MM①マスクド・パーティ
江戸川ばた散歩
SF
遠い未来、地球を捨てた人々があちこちの星系に住みついて長い時間が経つ世界。
「天使種」と呼ばれる長命少数種族が長い戦争の末、帝都政府を形成し、銀河は一つの「帝国」として動かされていた。
戦争は無くなったが内乱は常に起こる。
その中で暗躍する反帝組織「MM」――― 構成員の一人、「G」を巡る最初の話。
反帝国組織MM⑥いつかあの空に還る日に~最後のレプリカントが戦いの末に眠るまで
江戸川ばた散歩
SF
レプリカント反乱軍の首領・ハルに拾われた元セクサロイドのキム。
「変わった」レプリカだと評される彼は反乱の最中、天使種の軍人Gを拉致するが……
ちなみにこのハルさんは「flower」のHALさん。
反帝国組織MM⑨ジュ・トゥ・ヴ~本当に彼を求めているのは誰なのか何なのか
江戸川ばた散歩
SF
時系列としては「記憶と空」の続き。
前作で再会した二人、記憶を取り戻したサンド・リヨンことG。新たな指令で人工惑星ペロンに出向いた彼は、「MM」盟主に疑問を持ちつつも何とか任務をこなそうと思うが……
エンシェントソルジャー ~古の守護者と無属性の少女~
ロクマルJ
SF
百万年の時を越え
地球最強のサイボーグ兵士が目覚めた時
人類の文明は衰退し
地上は、魔法と古代文明が入り混じる
ファンタジー世界へと変容していた。
新たなる世界で、兵士は 冒険者を目指す一人の少女と出会い
再び人類の守り手として歩き出す。
そして世界の真実が解き明かされる時
人類の運命の歯車は 再び大きく動き始める...
※書き物初挑戦となります、拙い文章でお見苦しい所も多々あるとは思いますが
もし気に入って頂ける方が良ければ幸しく思います
週1話のペースを目標に更新して参ります
よろしくお願いします
▼表紙絵、挿絵プロジェクト進行中▼
イラストレーター:東雲飛鶴様協力の元、表紙・挿絵を制作中です!
表紙の原案候補その1(2019/2/25)アップしました
後にまた完成版をアップ致します!
CREEPY ROSE:『5000億円の男』
生カス
SF
人生のどん底にいた、何一つとりえのない青年ハリこと、梁木緑郎(はりぎ ろくろう)は、浜辺を歩いていたところを何者かに誘拐されてしまう。
連れ去られた先は、男女比1:100。男性がモノのように扱われる『女性優位』の世界だった。
ハリはそんな世界で、ストリートキッズの少女、イトと出会う。
快楽と暴力、絶望と悔恨が蔓延る世界で繰り出される、ボーイミーツガールズストーリー。
※小説家になろう
https://ncode.syosetu.com/n4652hd/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる