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第9話 「さて探偵コンビとしてはどうしたらいいかな?」

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「ところが、だ」

 キムは皮肉気に笑った。それはGも滅多に見たことのないものだった。

「レプリカが広がった時、それが人間と同じような情緒や記憶を持つ存在だということも同時に判ってしまった。すると人間はどうしたと思う?」
「どうしたんだ?」
「それがどーも、許せなかったらしいのよ」
「心を持つのは人間だけでいい、と思ったらしいな。ちょうどその頃、人間と恋愛沙汰起こすレプリカも増えて社会問題になったこともある。とにかく機械の身体のくせに、人間と同じような情緒を持つことが許せなかったらしいな」

 くくく、と中佐は笑った。Gはその笑いにぞく、と背筋が寒くなった。

「まあ良くあることだよね。で、とうとう生産禁止。惑星も極秘のうちに破壊されたのよ」

 ごく、と彼は生唾を呑んだ。

「いつか壊れるとは判っていたけどさ、それでも帰る所を無くしたってのは大きいよね。さすがのレプリカも怒った訳よ。それで反乱を起こしたと」

 年号だけを覚えていた「レプリカの反乱」をGは思い出していた。

「だったらとにかくSL社の生産工場を占拠して、残っている自分達を助けて、身体を作ってしまおう、と。それだけで良かったんだよ。だけど」
「だけどその頃の帝国政府は、そうそう甘くはなかった」
「そ」

 結果はGも知っている。レプリカは全滅。判りやすく、残酷な結果だった。

「俺は、オーヴァヒートしていたおかげで、機能停止したと思われたらしい。無傷だったから、と標本として博物館に入れられた。だけどさすがにそんな標本を置いておいたところで何にもならないだろ? 結構たらい回しにされて、流れ流れてとうとうあのスワニルダまで来た訳よ」

 はあ、とGはあいづちを打った。それ以外の言葉が見つからなかった。

「でさ、ごくたまに、何かそういう標本、というか人形って言うか、を気に入ってくれた女の子が居てね。よく通ってきてくれた訳よ。半世紀前くらいかな。見えないけれど、聞こえる訳よ。その子が俺を見てどういう感じとか。さすがにずっとそんな状態で居たから、別に見なくともだいたいの様子は気配で判ったし」
「最近は鈍っているよなあ」

 にやにやと、実に楽しそうに中佐は笑う。

「うるさいよ。で、その子がある日お別れを言いに来た訳。結構いい家の子だったらしいんだけどさ、父親が事業に失敗したらしくって、コッペリアの方へ引っ越さなくちゃならないって訳。で、俺はその時通じるか通じないか、判らなかったけど、テレパシイ送ってみた訳よ」
「通じたのか?」
「さあどうかな? 少なくとも答は返ってこなかったけどね」

 その時キムは、やや寂しげに言ったように、Gには思えた。

「……そこから動くな」

 不意に中佐が聞こえるか聞こえないくらいの声でつぶやいた。Gは身体を固くする。
 ふっ、と目の前を風が通り過ぎていった。頬にすっと軽い痛みが走る。
 何だ、とは思ったが、次の瞬間、反射的に彼は床に伏せていた。
 ガラスの割れる音が、その場に一斉に響いた。
 一杯に伸ばした中佐の長い爪が、窓ガラスを一気に貫き――― ガラスごしに、双子の少女人形の片割れの喉を正確に貫いていた。
 Gは頬に手を当てる。爪のすり抜ける瞬間、それは彼の頬をほんの少し傷つけたらしい。
 じゃく、と音をさせて中佐は突き刺したそれを勢い良く内側へと引き抜いた。はずれかけたガラスの破片が、窓の枠ごとそのはずみで一気に内側へと降り注いだ。
 中佐は伸ばした爪を引っ込めながら、黒いスカートに白いエプロンの少女機械を床に振り落とした。
 ずさり。
 音を立てて、その身体がガラスの飛び散った床に落ちる。勢いが強すぎたのか、左の腕が妙な方向に曲がっていた。大きく見開いたままの瞳が、明後日の方向を向いている。 

「全くお前ら、よく生きてたな。俺が来る時にも、何かしらこいつとこいつのネガポジがそこいらをうろついていたぜ」
「知ってる」

 Gは頬の血をぬぐいながらうなづく。だからと言って、そうそう動ける状態ではなかったのは事実だ。

「まあ俺は、お前が生きようが死のうが知ったことじゃないけどな」

 それを聞くと俺は? 俺は? とキムは無言で自分を指す。中佐はさあね、と意地悪げに笑った。
 黒のスカートの白のエプロンだから、きっとこれは黒鳥《オディール》だろう。にこやかな笑みを浮かべたまま、貫かれた喉から火花とケーブルをのぞかせている。
 生体機械はやられた場所によっては蘇生が可能だが、中佐の狙いは正確だった。彼らの急所は首の神経系なのだ。少女機械は完全に停止していた。

「ん?」

 傷口を眺めていたGはふと一点に目が引き寄せられるのを感じる。何かがきらりと光ったのだ。彼は少女人形の残骸に近付いて目を凝らす。

「これは……」

 彼の長い指は、オディールの喉につかえていたものをつまみ出していた。それはキャンデー位の大きさの緑色の宝石だった。

「おいG、それって……」
「そうだ、マダムの言った……」

 Gとキムは顔を見合わせる。

「とすると」
「初めっから見つけさせる気なんか無かったな、ありゃ」

 中佐はその二人の会話を聞きながら肩をすくめ、戸口の方へと歩いていった。 

「帰るのか?」

 キムは普段の陽気な笑顔を復活させて訊ねる。中佐はちら、と振り向くと、自分の愛人に向かって言った。

「あいにく俺は、基本的には暇じゃあねえんだ」
「悪かったね」

 そう言って連絡員は下手なウインクをしてみせる。

「悪かったと思うなら、今度埋め合わせをしろ」
「判った判った」

 どういう埋め合わせだろうか、と一瞬Gは疑問に思ったが、口に出すのはやめた。とりあえず彼はまだ、中佐に殺されたくはなかった。
 にこにこと、またあの食えない笑いがキムの表情を覆っている。調子が戻ったのか、それとも別のことを考えているのか、そのあたりはGにはまるで判らなかった。

「あれ」

 中佐が出て行った後、宝石をぼんやり眺めていたキムか不意に声を立てた。何、とGは手招きする相手の方へ近付く。

「ちょっとこれ見てよ」

 彼は宝石の一部分についている四角い瑕のようなものを指した。何だこれ、とGは首をかしげる。

「お前にゃ見えないか。えーとルーペルーペ」

 キムは上着のポケットを探った。小さなルーペがその中から出てきた。

「どうしてそんなもの持ってるんだよ」
「探偵の小道具って言えばそうでしょ」

 Gは返す言葉が見つからずに黙った。あまり深く考えていては頭がもちそうにない。とにかく素直にルーペを受け取って、あめ玉ほどの大きさのエメラルドについた瑕を見据えた。

「あ」
「見えた? 靴の紋と」
「ああ。『わが妻にしてわが後継者カーレンに捧ぐ』前首領が彼女に与えたものってことか?」
「だろうね。そんなもの警察に頼んで見つかってしまったらとってもやばいな。半分は詭弁だろうが、半分は本当だったらしいな」 

 ふーん、とGは宝石を手の中で転がしながらうなづく。

「さて探偵コンビとしてはどうしたらいいかな?」
「そりゃあね」

 キムはにっこりと笑う。

「やっぱり依頼人に返しに行くしかないでしょ」
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