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9.アート部生徒の突撃

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 出口には、特に「立入禁止」の表示もしていないので、てっきり出入りは自由だ、と高村は思い込んでいたのだ。それに、あの図書委員の村雨。彼女もどうも、屋上の常連らしいというのに。
 だがそう考えてみれば、あれほど景色の良い場所に、誰もいないのも不思議ではない。

「まあ別に、とがめる気は無いですがね。ただ、金網が張られていないから、危険なんですよ」
「……それだけ、なんですね? 別の理由とか」
「それだけですが、安全面は非常に大切ですよ。私の息子も昔、金網の無い柵から落ちてね」
「え」
「いや、この学校ではないですが」

 森岡は付け足した。

「何にせよ、危険には違いないから、気をつけて下さいよ」
「……すみません」

 さすがに高村も素直に頭を下げる。森岡が言いかけたことも気にはなる。だがそれはプライベートに関することだろう。聞かないだけのデリカシーは高村にもあった。

「ああ、それで購買の話でしたね」
「ええ」
「あそこはですね、その先代の会長が取り付けさせたんですよ、学校と業者と直接対決をして」
「へええ」

 思わず高村は目を丸くしてうなづいた。確かに、購買があの場所にあると無いでは大違いだ。

「その昔、当初、この校舎を作った時点では、体育館付近に購買専用の部屋か、小さなプレハブが専用に作られるはずだったそうです」

 高村は位置関係を頭の中に思い描く。

「ところが予算だか、敷地面積だか、防災通路だかの関係で、その場所を特別に作れなくなりましてね。結局空いた場所は、一階のあの場所しかなくて」

 そう言えば、と高村も思う。
 確かに体育館の辺りなら、教室棟のどのクラスからも近からず遠からず、という位置なのだ。

「まあしかし、そうなってしまったものは仕方ないですからね。購買は余った場所に設置されることになりました」
「はあ」
「しかしそれでは、あまりにもその距離に、クラス間・学年間格差が大きい、ということになりましてね。普通、会長は激務ですから、四年の後半から五年の前半の一年で終えるものですが、彼は自分の任期を一年延長させて、二年越しでそれを達成させたんですよ」
「はー」

 それにはさすがに高村も感心した。行動力もさながら、二年間かけて、というあたりに、粘りを感じさせる。

「もうその会長、卒業したんですよね」
「そうですね。山東と言うんですが、確か、体育系の大学に行っていたはずですがね……そう、現在のこの学校で、あれほどの人望がある生徒は、もう居ませんねえ。もう伝説化されてますよ」
「さっきの垣内君という生徒は?」
「彼ですか? まあ頭が切れるようですが」

 それ以上では無いのだ、と森岡は暗に含めている様だった。

「人望というのは、能力では無い何か、が必要ですからねえ……」

 人望。それを聞いてふと、高村は思いついたことを口にする。

「あの、遠野…… という女生徒はどうなんですか?」
「遠野みづきですか? 彼女がどうしましたか?」
「いえ」

 高村は職員室で耳にしたことを、簡単に説明した。

「……ああ。そうですね。去年や一昨年の彼程ではないけれど、遠野もそれなりに人気はあります。ただ山東と違って、彼女の場合は、『ファン』ですよ」

 ああそうか、と高村は大きくうなづいた。人望、というよりは「人気」なのだ。



「せんせー、一緒に駅まで行こうっ」

 正門辺りで、数名の女生徒が高村に声を掛けた。

「確か君達は……」

 見覚えのある片方が、元気に手を上げる。

「はいっ、五組の早瀬めぐみでーす」

 そしてもう一人は、のそ、と顔を出し、低い声でぶっきらぼうに声を掛ける。

「……同じく、元部洋子でーす」
「ずいぶん君等、帰り、遅いじゃない。部活?」

 もう既に周囲は暗かった。この時期の下校時間としては、かなり遅いと言ってもいい。

「うん。と言ってもうちの部活なんて、半分以上お喋りだけどねー」
「うんー」

 聞いてみると、「アート部」だと言う。美術部とは違うのか、というと彼女達は大きく首を横に振った。

「そうゆう真面目なのじゃなくって、ねえ」
「そぉそぉ」

 ははん、と高村は合点がいった。

「要するに、マンガとかイラストとかそっちだな」
「ぴんぽーん」

 早瀬は高村の目の前で指を立てた。

「何で判ったの?」
「カンだよ、カン」

 うっそぉ、と二人は笑った。

「けどもうかなり暗いじゃないか。いくら連れがあるにしても、この学校、駅まで結構距離あるし、もっと早く終わらせろよな、部活」
「だから先生見つけた時に、やったー、って思ったんでしょ」

 早瀬はそう言いながら、高村の腕に腕を巻き付ける。確かにそれももっともである。彼には切り返す言葉が無かった。

「ああっ、抜け駆けは禁止と皆で言っただろうにっ」
「早いもの勝ち、って言葉知らないのー?」

 舌を出す早瀬に、元部は自分も、とばかりに空いている方の手にからみついた。両手に花、と言えば聞こえがいいが、この二つの花はどう見ても、標準よりやや重かった。

「重い、重いって」
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