上 下
9 / 40

8.現在の生徒会というものは。

しおりを挟む
「……い、いつの間に……」
「趣味なんですよ」

 そう言われれば。もしや机の上の恐竜や昆虫も、森岡の作ったものなのだろうか。高村の目が、机の上と森岡本人の間を往復する。

「これも一つのハッタリですがね」

 はあ、と高村はうなづいた。確かに直接科目に関係無くても、一芸に秀でている人物には、一目置きたくなるものである。
 しかし自分にその真似はできない。彼は案を手に取ると、もう少し考えてみるべく、デスクの上に全部を広げてみる。
 今考えてみるべきなのか、とにかく一度体験してショックを受けてみるべきなのか。
 いずれにせよ、今目の前に、確実に課題があるのなら、できるところまでは詰めてみるのが、今ここに来ている自分の義務だろう。彼はシャープの芯をかちかち、と数回出した。
 と、その時、こんこん、と扉を叩く音がした。

「失礼します」

 戸車のがらがらと動く音と共に、低い声がその場に響いた。ん? と高村は聞き覚えのある声に振り向く。

「あら、垣内君、どうしたの?」

 南雲は親しげな口調で、部屋に入って来る生徒に声を掛けた。そう、垣内だ。図書室でも確かにそう呼ばれていた。
 森岡は興味が無い、という顔で、目の前のTVのスイッチを入れる。ローカルのニュース番組がちょうど始まる所だった。

「……実は生徒会の問題で、南雲先生に相談に乗っていただきたいことがありまして……」
「また?」

 南雲は苦笑しながら、こめかみに指を当てた。

「去年と違って、あなた達の代は、私を呼び出すことが多いのね」
「それは仕方無いですよ、先生。先代の会長の頃とはまるで今は違いますから、皆……」
「ええ、わかった、わかったわ」

 南雲は冗談だ、とばかりに笑うと、両手をひらひらと振る。

「ともかく今からすぐ、そっちへ行った方がいいのね?」
「はい、すみません、ご足労お願いします」

 垣内は南雲に向かって軽く会釈した。

「では少々、行ってきます。高村先生、別にそのままでも案は構わないけど、必要があるのなら、ちょっと待っていてちょうだいね」

 言い残すと、南雲は足早に化学準備室を出て行った。その姿は、ここで高村や森岡を相手にしている時よりも、むしろ楽しそうに見えた。
 その後に垣内が続く。部屋を出る時に、彼はもう一度軽く会釈をしていった。扉が閉まると同時に、高村はふう、と息を吐いた。

「何ですか、高村君。ずいぶん気疲れしていた様じゃないですか」
「え? ……そうですか?」
「だって君」

 森岡はつ、と折り鶴の一つを高村に突きつける。
 はっ、と高村は顔を上げる―――上げるということは。

「あ」

 いつの間にか、ため息とともに、高村はべったりと顔をデスクにつけていた。

「まあ彼女も、言葉はともかく、結構きつい所がありますしねえ」

 あなたもきついですよ、と高村はふと言いたい衝動にかられたが、言わないだけの理性は残っていた。

「南雲先生は、生徒会も担当されてるんですか?」
「そうですねえ」

 折り鶴を飛ばす様な動作をしながら、TVに再び視線を移し、森岡はうなづく。

「彼女がここに赴任して…… そう、六年になりますが、三年目くらいから、生徒会は担当していますよ。やはり生徒会の担当は若い教師の方がいい、ということでね」
「六年」

 ということは。高村は彼女の歳を思わず数える。

「ああ、彼女はまだ三十歳前ですよ。まあ中等学校は、あまり異動が無いのが普通ですしね。昔と違って」
「昔は…… 異動が多かったんですか?」
「ああ。私が教師になった頃はまだ『中等学校』じゃなくて、『中学校』と『高等学校』の時代でしたしね。そう、表面上は殺伐としていましたが、私にとっては、いい時代でしたよ」
「いい時代、だったんですか?」

 ええ、と森岡はうなづく。

「私は高等学校の教師でしたから、改革後も引き続き、後期の方にずっと居させてもらっているんですけどね、あの後に教師になった連中は、学校の異動は無いのですが、前期も後期も行かされて、大変だったと思いますよ。ああ、君も来年は、前期の方へ実習でしょう?」
「ええ」

 彼の大学のカリキュラムでは、三年次で中等学校の後期、四年次で前期の実習を経験することになっている。すなわちそれは、前期の方が難しい、ということでもある。

「まあ、今年楽して来年困るよりは、今苦労しておく方がいいですね」
「そうですね……」

 確かにそうだ、と彼も思う。少なくとも、今年失敗したことは、来年繰り返さずに済むだろう。

「それにしても、生徒会も、今の連中は大変なことですよ」
「そんなに、去年とは違うんですか?」

 森岡は大きくうなづく。

「違いますねえ。去年の会長と比べられては、可哀想というものですよ」
「去年の会長は、そんなにすごかったんですか?」

 高村には、そんなに凄い生徒会長、は上手く想像ができなかった。

「あー…… そうですねえ…… 確か山東は、結局四年の半分から六年の半分まで役職についていましたが、お、そうそう」

 ぽん、と森岡はTVから目を離して手を叩いた。

「高村君、二階の購買分室は見ましたか?」
「え? ええ」

 昼休みの喧噪を、彼は思い出す。

「オレは今日も、あそこでパンを買いましたが」
「その割には、今日はここでお昼にしませんでしたね」

 ちら、と森岡は非難めいた目つきを投げる。

「……い、いえ、いいお天気なので、屋上で」
「屋上? 屋上は、基本的には立入禁止ですよ」
「え」

 高村は大きく目を広げた。初耳だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

聖女戦士ピュアレディー

ピュア
大衆娯楽
近未来の日本! 汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。 そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた! その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...