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終章-1
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シャラを操った張本人とその手段が明らかになり、形式上とはいえ疑いを掛けられていた三人もこざっぱりとし、降ってわいたイナ公女の縁談とそれにまつわる騒動はめでたく解決を迎える――はずだった。
が、予想に反して完全解決とはいかなかった。
諸悪の根源たるスーティー家が、ステントリアからの照会に対して「エージャなどという娘は知らない」と、白を切りとおしたのだ。
もちろんステントリア側は諦めず追及を続けたけれど、当のエージャが消えてしまったため、証言する者すらいなくなってしまった。
しかも特別誰かが害されたわけでもなく、ステントリア家に物的実害を与えたわけでもない。
スーティー家を徹底追求できるほど大きな事件になりきらなかったことが、ステントリア家には不運だった。
そうして女ひとりを犠牲にして涼しい顔をしているスーティー家はステントリア家では変な方向に評価が高まったわけだが、それ以上に当該公家では、
「せっかくスーティー家に貸しを作るチャンスだったのにー!」
と、地団太踏んで悔しがるイナ公女の株が変に急上昇していた。
ここで貸しを作って目下あちらでバカ売れ中の『無節材』をランクス地方に安価で流させ、いい家具に仕立てて売ればどれだけ潤うか――と、密かに勘定していたらしい。
いろんな意味で頼もしいと、誰もが思い始めたのだ。
ともかくそうして、一件はすべてかたがついた。
事情を知ったロッドバルク家の公子も理解を示し、改めて文を交わす約束をしたら大人しく帰って行ったし、イナ公女も一度その本性をさらしたのだ、今さら怠け者の皮は被れないだろう。
何もかもがうまくおさまった。
だからきっとすべてがうまく回りだす。
ソーレイ・クラッドはそう信じていた。
――信じて、いたのに。
「シャラをクビにします」
「はぁっ?」
ステントリア家の暴走公女・イナは相変わらず破壊力のある口調でずばりと代筆係の解雇を言い渡した。
久しぶりにあたたかな日差しがふりそぐ、気持ちのいい午後のことである。
公女の私室のソファを挟んで、ただひとり呼び出されてそれを聞かされたソーレイは、腰を浮かし、けろりとした顔の己の主の神経を疑った。
「て……てめぇ、ちょっといい奴だと思ってればすぐ調子に乗る!」
「だって、しょうがないでしょ。もう代筆はいらないもん」
「もん、じゃねぇ! ワイヤ公子と文通すんだろ!」
「今度はちゃんとあたしが書くわよぉ。ガッタが怒るから」
長い髪を指に巻き付け、公女はかわいこぶって見せる。
「じゃあシャラんちはどうなる。せっかく生活にゆとりが出はじめたって言ってたのに」
「別に問題ないでしょ。何のためにレース編み教えたと思ってるのよ。あの子計算はできなくても手先は器用だから、それなりに稼げるわよ」
「材料が高いだろうが、材料が! てめーの基準でモノを考えるな! だいたいエージャがいなくなった分人手が足りなくなったろ!」
やいのやいのと手当たりしだい反論を投げてくるお付きの騎士に、すまし顔だった公女もさすがに眉間に皺を刻んだ。
キッと、彼女はソーレイをねめつける。
「あーもうつくづく鈍いわねあんたは! シャラはあんたが嫁にもらえばいいじゃない!」
「――へ?」
ほうけるソーレイに、公女はふん、と鼻で息を噴いて、腹のすいたクマのような、実にたくましい足取りで部屋の隅に歩いて行くと、なぜか先日完成したばかりの手製のベールをソーレイの前に突き出してきた。
「これ、あげるわよ」
「あ、あげるって……これ、こないだまで必死で作ってたやつじゃ……?」
「そ。あんたが何の前触れもなくプロポーズなんかするから大慌てで作ったのよ」
顔も見ずに弁解するステントリア家の暴走公女。
なんだ、それは。
そういうことだったのか――と、今さら悟ったソーレイは、ゆるゆると肩を落とし、なめらかに手に触れるレースのベールに目を落とした。
幸運と愛を象徴する、その、繊細でうつくしい編み目。
「……でも俺、ふられたしな……」
ぼそりと呟く弱気な騎士に、その主は叱咤の鞭をくれた。
「もう一度行けと言ってるのよ! ぐずぐずしてるとシャラにお見合いさせるわよ!」
思いがけない武器を持ちだされ、ソーレイはうわわ――と短い悲鳴をあげて、一目散に部屋から脱出した。
が、予想に反して完全解決とはいかなかった。
諸悪の根源たるスーティー家が、ステントリアからの照会に対して「エージャなどという娘は知らない」と、白を切りとおしたのだ。
もちろんステントリア側は諦めず追及を続けたけれど、当のエージャが消えてしまったため、証言する者すらいなくなってしまった。
しかも特別誰かが害されたわけでもなく、ステントリア家に物的実害を与えたわけでもない。
スーティー家を徹底追求できるほど大きな事件になりきらなかったことが、ステントリア家には不運だった。
そうして女ひとりを犠牲にして涼しい顔をしているスーティー家はステントリア家では変な方向に評価が高まったわけだが、それ以上に当該公家では、
「せっかくスーティー家に貸しを作るチャンスだったのにー!」
と、地団太踏んで悔しがるイナ公女の株が変に急上昇していた。
ここで貸しを作って目下あちらでバカ売れ中の『無節材』をランクス地方に安価で流させ、いい家具に仕立てて売ればどれだけ潤うか――と、密かに勘定していたらしい。
いろんな意味で頼もしいと、誰もが思い始めたのだ。
ともかくそうして、一件はすべてかたがついた。
事情を知ったロッドバルク家の公子も理解を示し、改めて文を交わす約束をしたら大人しく帰って行ったし、イナ公女も一度その本性をさらしたのだ、今さら怠け者の皮は被れないだろう。
何もかもがうまくおさまった。
だからきっとすべてがうまく回りだす。
ソーレイ・クラッドはそう信じていた。
――信じて、いたのに。
「シャラをクビにします」
「はぁっ?」
ステントリア家の暴走公女・イナは相変わらず破壊力のある口調でずばりと代筆係の解雇を言い渡した。
久しぶりにあたたかな日差しがふりそぐ、気持ちのいい午後のことである。
公女の私室のソファを挟んで、ただひとり呼び出されてそれを聞かされたソーレイは、腰を浮かし、けろりとした顔の己の主の神経を疑った。
「て……てめぇ、ちょっといい奴だと思ってればすぐ調子に乗る!」
「だって、しょうがないでしょ。もう代筆はいらないもん」
「もん、じゃねぇ! ワイヤ公子と文通すんだろ!」
「今度はちゃんとあたしが書くわよぉ。ガッタが怒るから」
長い髪を指に巻き付け、公女はかわいこぶって見せる。
「じゃあシャラんちはどうなる。せっかく生活にゆとりが出はじめたって言ってたのに」
「別に問題ないでしょ。何のためにレース編み教えたと思ってるのよ。あの子計算はできなくても手先は器用だから、それなりに稼げるわよ」
「材料が高いだろうが、材料が! てめーの基準でモノを考えるな! だいたいエージャがいなくなった分人手が足りなくなったろ!」
やいのやいのと手当たりしだい反論を投げてくるお付きの騎士に、すまし顔だった公女もさすがに眉間に皺を刻んだ。
キッと、彼女はソーレイをねめつける。
「あーもうつくづく鈍いわねあんたは! シャラはあんたが嫁にもらえばいいじゃない!」
「――へ?」
ほうけるソーレイに、公女はふん、と鼻で息を噴いて、腹のすいたクマのような、実にたくましい足取りで部屋の隅に歩いて行くと、なぜか先日完成したばかりの手製のベールをソーレイの前に突き出してきた。
「これ、あげるわよ」
「あ、あげるって……これ、こないだまで必死で作ってたやつじゃ……?」
「そ。あんたが何の前触れもなくプロポーズなんかするから大慌てで作ったのよ」
顔も見ずに弁解するステントリア家の暴走公女。
なんだ、それは。
そういうことだったのか――と、今さら悟ったソーレイは、ゆるゆると肩を落とし、なめらかに手に触れるレースのベールに目を落とした。
幸運と愛を象徴する、その、繊細でうつくしい編み目。
「……でも俺、ふられたしな……」
ぼそりと呟く弱気な騎士に、その主は叱咤の鞭をくれた。
「もう一度行けと言ってるのよ! ぐずぐずしてるとシャラにお見合いさせるわよ!」
思いがけない武器を持ちだされ、ソーレイはうわわ――と短い悲鳴をあげて、一目散に部屋から脱出した。
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