上 下
42 / 56

5章-4

しおりを挟む
     ●○●

 学校に通っている間のシャラとの思い出は、実はそんなに多くない。

 まともに言葉を交わすようになったのはあのボールの一件のあとからだったし、そもそも同じクラスになったのは一年間だと思っていたが実は他にも三年同じ教室にいたらしく――つまり、昔はそのくらいの距離感だったのだ。

 でもシャラのいいところはたくさん知っているつもりだとソーレイは思っている。

 働きに出る母親に代わって家事をやり、父親の作る家具を磨き、妹や弟の世話をする。
 年頃の娘が当たり前に興味を持つはやりの服やお菓子なんか全部我慢して生活に懸命で、苦しい暮らしぶりなんかちらりとも窺わせないほどいつもにこやかにしている。
 計算が苦手でも自分で考えることをするし、ちょっと要領が悪くてもたつくこともあるが、手を貸せば頭を下げて礼を言える。
 失敗したらきちんと謝る。
 当たり前のことだけど、大事なことを、シャラは当たり前にできる子だ。

 もしもシャラがそんな当たり前のことができない子で、思いやりもなく、笑顔もないような子だったら、さすがに騎士になって彼女を迎えにいこうなんて思わなかっただろう。

 シャラのためだったから腹をくくって騎士を目指せた。

 シャラのためだったから、厳しい鍛錬でも逃げずに踏ん張れた。
 シャラでなければいけなかったのだ。
 そんな肝心なことに、ソーレイは最近になって気がついた。

「……ん」

 ソーレイは薄く目を開け、やたら重い身体を半分だけ起こした。

 なんだかぼうっとしていた。

 ソファの上に座っているのに手をつかねば半身すら起こせず、頭を振っても雲がまとわりついているような感覚がある。
 そしてどうしてか妙に口の中が乾いていて、不快だった。

「はい、水」
「あ、ども」

 タイミング良く差し出されたものを、ためらいもせずに飲み干す。

 聞きなれた声だったから疑いもなく手を伸ばしたが、よくよく考えたら同じ状況でひどい目にあったばかりだ。

「っっっっっガッタ!」
「おはよう、ソーレイ。また素晴らしくマヌケな顔さらしてよく寝てたよ。ああ、涎が」

 わざわざ気遣わしげな顔を見せる、親友だと信じていた男。
 ソーレイはのどを伝うものが逆流しそうなほどの激情に襲われ、事務官の制服の詰襟を思いっきり掴みあげた。

「てめー、よくも毒なんか盛りやがったな!」
「だって放っといたら飛び出していっちゃうだろ、キミ。僕の腕力じゃ止められないもん」
「止めるな! 俺はシャラを……そうだ、こんな奴相手にしてる暇はない! シャラのとこに行かないと」

 ガッタの身体と、脚にまとわりついた膝掛けをまとめて蹴飛ばして、ソーレイは軽々ソファを飛び越え行こうとした。

 が、とたんに襟を掴まれ引き倒される。

「大丈夫だよ。あらかた話を聞き終えて、今別室で休んでる。監視付きだけど」
「監視付きって……疑いは晴れてないのかよ」
「全然。埒が明かないから中断しただけ。だって彼女、記憶にないの一点張りだもん」
「当たり前だ! そもそもシャラが偽造なんてするか!」

 腰を浮かすソーレイに、「いちいちいきり立つのやめてくれる?」と、ルーサー事務官は冷ややかに言った。

「とりあえずキミと二人で話したいからわざわざこの状況作ったんだよ? 僕の努力をふいにしてもらっちゃ困る」
「何を話すんだよ」
「――彼女を陥れた犯人について」

 あっさりと吐かれた言葉に、ソーレイは目を剥いた。

「……まさかキミ、本気で僕がシャラを疑ってると思った?」

 うん――と、遠慮もなくソーレイが頷くと、ガッタは大仰な仕草でため息をついた。

「馬鹿だなあ。シャラが独断であんな上品な手紙書けるわけがないじゃないか。初日の失敗作、忘れたの?」 

 ――覚えている。
 子どもの交換日記みたいな拙い手紙。
 確かに、偽造された手紙の内容は「交換日記」とはほど遠いものだった。
 しかしシャラの名誉のため声に出して「そう」とは言えないソーレイを、ガッタは笑った。

「それに、あそこで一応僕が疑っておかなきゃ僕まで疑われちゃうじゃないか。彼女に指示出ししてたのは主に僕なんだし」
「だったら早く言え! あんな言い方されて、シャラ絶対傷ついてるだろ!」
「そんなのキミの胸で慰めてあげればいいじゃん。ま、そんな気概はないだろうけど」
「いつもながらヤな奴だな、おまえは」
「あはは、よく言われるよ」

 陽気に笑い、しかし一瞬後にはその目に鋭い光を浮かべ、ガッタは例の偽造された手紙をテーブルの上に広げた。

 ソーレイも表情を引き締め、改めてその手紙を注視する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

処理中です...