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4章-8

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 どうして五秒でふられたんだろう。

 今までそれを考えなかったわけではない。

 やはりボールをぶつけたことを怒っているのだろうか。
 それとも迎えに行くのが遅すぎたのだろうか。
 いや、もしかしたらほかに思いを寄せる人でもいるのかも……。

 そうやって、いくつもいくつも考えたが、考えたところで、結局答えはシャラの胸の中。

 こっそり覗き込むことなどできないし、かといって真正面から問いかけられるほどの勇気もない。

 だからソーレイは、近くにシャラがいながらガラスの壁一枚を隔てているような思いに襲われていた。

 ふられたその日から、ずっと。

「――ガッタ。あなたのお友だち、今日はずいぶん落ち込んでいない?」
「うん。朝から公女に手ひどく八つ当たりされてたからね」

「ああ、ロッドバルクの公子さまのことね」
「そうそう。アポなしで来たからって相当ご立腹だったんだよね。公子が帰った後、お父上や事務総官や騎士総長を監禁して延々不満をぶちまけてたらしいし」

「まあ……じゃあそれに飽き足らずソーレイ君まで……」
「そうそう。だから今ソーレイはどうやって公女に仕返ししようか考えてるんだよ。――と言っても実行する勇気なんてないだろうけど」

 あはははは……と、愉快そうに笑う声を耳にしながら、ソーレイは眉間に刻んだ皺をますます深くさせた。

 厨房裏の石段に座り込んだソーレイ青年、その、背後。

 そこだけ春風を吹かせたような、あまい雰囲気の男女がゆったりと言葉を交わしていた。

 公女付き事務官ガッタ・ルーサーと、採用早々厨房送りにされたメイドのエージャである。

(どうしてよりにもよってこのメンツ……)

 ソーレイは己の不運を嘆いた。

 ロッドバルクの公子が不意打ちで攻めてきたと散々イナ公女から八つ当たりされ、ほうほうの体で逃げ出して、気晴らししようと厨房で物を乞い、その裏で恵んでもらったお菓子を頬張っていたら、うっかりと二人の逢引に遭遇してしまったのだ。

 まだ恋人と公言するほど深い関係ではないにせよ、想い合っているのが嫌でも分かる二人である。

 ソーレイはとっとと退散しようとしたのだが、二人が構わず声を掛けてくるので今や完全にそのタイミングを逃している。

 ソーレイは恨めしく背後を見、特に親友の顔を凝視した。

 このガッタ・ルーサーという男はたいそうもてる。

 事務官として屋敷に入った頃からずっと、三度の食事を欠かさないように恋をすることを欠かさず、たとえ恋人と別れても、翌日には次の恋を探しているのだ。

 そういう彼を、軽い男という奴もいるが、ソーレイの目から見て彼は軽薄というより軽やかで、決して嫌悪感があるわけではなかった。

 羨ましい奴――と、もう何度思ったことか。

「どうしたのさ、ソーレイ。人のことじろじろ見て」 
「別に」

 妙に悔しくてぷい、とそっぽを向くと、ガッタが隣に座りこんできた。

「ソーレイ、キミがそういう辛気臭い顔をしていると僕も胸が痛いんだよね。分かってるよ、本当はシャラのこと考えてるんでしょ」

 図星をつかれ、ソーレイはくやしまぎれにふくれ菓子にかみついた。

 口の中で大げさに咀嚼しながら、「そーだよ」と返事をする。ガッタがやれやれと肩で息をついた。

「なんで悩むことがあるんだい。キミ、目的は遂げられたはずだろ?」
「あん?」
「彼女の明るい未来を取り戻すのがキミの目的だったんじゃないの? 先がどこまであるかは分からないけど、シャラは一応職を得たんだ。キミの目的は達成されたはずじゃないか」
「あ……」

 ソーレイはそう呟いたきり、継ぐ言葉を見失った。

 確かに、ソーレイの目的は彼女をしあわせに導くことだった。
 そのために、一緒になればいいと、まず思った。

 けれどシャラはそれを断り、代わりにソーレイが紹介した仕事を手にした。
 それがいいと彼女は言ったのだ。

 シャラの望みは叶った。未来に希望も持てた。
 彼女はとても、感謝していた。
 ソーレイの目的は達成された、はずだった。

 しかしどうしてか、「終わった」という気が少しもしない。
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