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4章-1

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 ――ねえ、どうしてソーレイをふったの。

 例えばその問いかけにシャラがすぐに答えていたとしたら、自分はその答えを最後まで聞いていただろうか。
 扉の向こうで、息をひそめて。
 聞くことができていただろうか。
 まるで処刑の時を待つような、あの気持ちに耐え抜いて――。


 出る杭が打たれるのは、いつの世でも、どこの世でも同じだ。
「そら、もう終わりか」

「返しが遅い!」
「どうした、足がもつれてるぞ!」

 ソーレイはその日、年長の騎士三人を相手に徹底的にやり込められていた。
 ステントリア家常駐騎士の午後の日課――実戦形式での武技訓練のことである。

「くっそ……まだまだ!」

 ソーレイは愛用の鉄棍を握り直して三人に挑みかかった。

 相手にしているのは、いずれも同じ時に「数持ち」昇格を掛けて試験を受け、ソーレイが蹴落とした騎士たちである。

 試験の際には一対一で競い合い、比較的苦労もせずに下すことができた程度の実力の者たちだが、さすがにまとめてこられると今のソーレイでは歯が立たない。

 胸や、肩や、みぞおちに、殺さんばかりの勢いで棍を当てられ、動くたびにそれらの部位が重く痛む。

 それでもソーレイは我慢して棍をふるった。

 突いてくる棍棒の先を避け、突き返し、それを払われれば逆の先端で再び突き出す。

 考えている暇などない。
 避けて、払って、当てる。ただそれだけを繰り返す。

「うら!」

 ソーレイが振り払った棍が、相手の棍棒に軽くあしらわれた。

「おいおい、それでも数持ちかよ」

 ギン――と、叩きつけるような一撃をぎりぎり手元で受け、互いに力で押しあう。

 じりと足元の土が音をたてた、次の瞬間、にらみ合う相手の背後に別の顔が浮かんだ。

 刹那、その肩越しに襲いかかる一撃。

 喉を、打たれた。

「ぐっ……」

 息が詰まったその隙をついて、まじえた棍棒ごと跳ね返された。

 よろめけば残りのひとりに横から蹴り飛ばされ、たまらずソーレイは横っとびに倒れ込む。
 ザッと頬が地面に擦れ、口の中に土の味が広がった。

 土を吐き出しその反動で息を吸い込むと、たちまち恐ろしいほどの息苦しさに襲われた。

「おまえの負けだ」

 ごほごほと繰り返しせき込むソーレイに、三人の騎士は一斉に棍棒の先端を突き付ける。

 まるで見せつけるようなやり方。

 それはもはや訓練ではない。
 煮え湯を飲まされた相手に対する報復、あるいは憂さ晴らし。
 いっときの愉悦を得るためだけの――益体のない戦い。

 おさまらない咳に涙目になりながら、しかしソーレイはその目で三人を睨んだ。

 三人とも、そのあくまで反抗的な態度に舌打ちする。

 けれどソーレイが屈しないことを悟ると、いずれもオモチャにあきた子どものようにあっさりと行ってしまった。

「容赦ねーな」
「仕方ないだろ」
「若造のくせに出しゃばるから」

 遠巻きに見ていたほかの騎士も興醒めしたように去っていく。

 たちまち、ソーレイはひとり寒空の下に残された。

 やっと元通りの呼吸を取り戻し、ソーレイはその口で深いため息をつく。

 数持ちの騎士になってからというもの、毎日がこんなものだった。

 騎士団の朝礼に出、馬の手入れをし、公女の傍につきながらも午後はこうして激しい訓練に呼び出される。
 だいたい、ソーレイが名指しされて一方的にやられるのが常で、いやらしいことにこの訓練は人目のつかない倉庫の裏で行われるため、騎士以外は――ガッタさえ、このしごきの存在を知らないことだろう。

 目立つところに傷を作らない技術だけはぴか一の連中だから、この先もきっとばれることもない。

 冷たい風にまぎれて小雪が舞う。

「あー……痛え……」

 今さらのように身体のあちこちが痛み始めて、ソーレイは丸くなった。

 彼らはいつも加減をしない。
 きっと痣になっていることだろう。
 以前つけられた痣も、治りきっていないのに。

「は……」

 ソーレイは短いため息をついた。

 目の前が、ほんのわずか白くけぶる。

 奇妙な虚無感が全身を支配していた。
 あれほど理不尽に痛めつけられたのに、連中がいなくなったらとたんに悔しいとも思わなくなる。

 近頃は何かにつけてそうだ。

 ガッタに毒を吐かれても、公女に振り回されても、その瞬間を過ぎるとどうでもよくなる。

 おいしいものを食べたり愉快な話を聞いた時でさえその感動が長続きしないからかなり重症な気がするけれど、ソーレイにはその原因がよく分からない。

 自分に、どんな喜怒哀楽の感情よりも「それどころではない」と思わせているのは、いったい何なのか――。
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