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2章-1

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 シャラは、昔から小柄な少女だった。

 教室で小さい順に並べと言われれば決まって先頭に立っていたし、掃除のときには窓の一番上に張り付いた蜘蛛の巣が取れず、椅子に登ってはたきを振り回していた。

 一度は本棚の上の方に手が届かずに、つま先立ちして角を引っ掛けて本を落とそう、なんて危なっかしいことをしていたから、思わず横から手を貸したこともあった。

(懐かしいな……)

 ふいに頭をよぎった思い出に、ソーレイは思わず笑みを刻む。

 あのときは、格好つけてシャラを下がらせ、ひとり背伸びしたもののソーレイにも棚が高すぎて、結局シャラと同じ方法で本をとろうとして、狙いをつけていた一冊どころかその周辺の本がいっぺんに脳天めがけてなだれ落ちてきたのだ。

 あれは痛かった。
 そしてやたらと悔しかった。
 けれど、あのときシャラに泣きそうなくらい心配されて、なぜだろうか、不思議に気分が高揚したことも覚えている。

「――なにニヤけてるの、気持ち悪い」

 ステントリア家屋敷の外――脇を流れる水路を眺めながら遠い過去の思い出にひたるソーレイ青年の横で、どうにもからすぎる言葉を吐き出す男がいた。

 ガッタ・ルーサーである。

 彼はうんと冷えた朝の空気の中、藍色の事務官用の制服の下でしきりに身体をゆすり、

「まったく。ふられた相手を職場に招くなんて信じられないよ。しかもそんなに浮かれてさ」
「別に浮かれてない」
「どこが。浮かれてるじゃん。いつもは寝癖なんか直してこないくせに」

 横目で見られて、う、と一瞬ソーレイは言葉に詰まった。

 寝相が悪いのでいつも寝癖のひどいソーレイ・クラッド。今日も寝起きの頭はぐちゃぐちゃだった。

 そしていつもは放ったらかしで出勤するところを、確かに今日に限ってすべての髪跳ねを寝かせてきた。それは事実だった。

 しかしだからと言ってガッタの言うように浮かれているわけではない。
 むしろ非常に緊張している。
 昨日からずっとだ。

 公女の手紙の代筆係にシャラを推薦し、今日の面接が決まった、あの瞬間から。
 ずっと、何か身体の奥からじわりと染み出すような緊張感があったのだ。

 それでゆうべはよく寝付けず、いつもよりよけいに寝返りをうったから寝癖がさらにひどさを増して、さすがに朝一番鏡を見たときにこれではダメだと思ったのだ。だから丁寧に丁寧に身だしなみを整えた。

 それだけのこと。そう、それだけ。

「ま、なんでもいいけど。気持ちの方は整理ついてるの?」
「あん?」
「だってキミ、彼女にこっぴどくふられたじゃん。そしてふられてから十日もたってない。仕事とはいえ、ふられた彼女とまともに顔合わせられるの?」

 ガッタから試すような目を向けられて、ソーレイは反射的に「平気だ」と返答した。

「へえ、あきらめついたんだ?」
「あきらめてはない。シャラは俺がしあわせにするの」
「なに、手近なところに置いといてゆっくり攻め直す気?」

 いぶかしむ友に、違う――と、ソーレイは語気荒く返す。

「シャラが、働けるとうれしいって言ったんだよ。だから俺は、全力でシャラの仕事を助けることに決めたんだ。ほら、しあわせの形なんて人によって違うだろ」

 そう――先日、改めて仕事の誘いに行ったとき、シャラはソーレイの求婚を断ったそのときと同じ時間で、すなわち五秒で仕事を請けた。

 頭脳明晰な彼女が本領を発揮できる。

 しかも舞台は公家の大きなお屋敷。

 聡明な彼女にはぴったりだし、シャラは花嫁になるよりそちらの方がいいと言ったのだ。

 ならばそれでいいとソーレイは思う。

 気に病むことなど何もない。

 と、己の考えにすっかり自信をつけていたソーレイに対し、ガッタは難解な書物を読んでいるように眉間に深い皺を刻んだ。

「………悪いけど僕にはやっぱりキミの思考が理解できない」
「分かんないなら分かんないでいいよ。でもふられたふられた連呼するのはヤメロ! せっかく傷が癒えたんだから」
「それは別にいいでしょ。寝て起きて癒える傷なら元々大したことなかったってことじゃん」
「おい――」

 友にしてはあまりに無情なその言葉に、ソーレイが食ってかかろうとしたときだった。
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