キラワレモノ

亜衣藍

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 こうなっては、王子と侯爵は聖を放ってはおかないだろう。

 しかし、もしも本当に二人の貴人が聖の元を訪れて騒ぎになったら、大変に困る。

 ユウの件では最大限融通してもらうように頼んだ手前、ナモ公国へ渡航するのがバレた以上は、聖は彼らに会って礼を言わない訳にはいかない。

――――そして、多分、それ以上の対価を求められるだろう。

 かつて聖は、この国で東洋の華と讃えられ持て囃されて…………結果、色々な男と寝た。

 今また、それを求められては敵わない。

 何故なら、昔と違い、今はユウがいるのだから。

 その状況で、愛してもいない男となど関係を結ぶ事など出来ない。


 そんなの、幾ら何でも御免だ!


 そこで聖は、当初同行する予定だった一般人の会社役員に頼んで、聖を『婚約者』という事にしてもらって口裏を合わせるかとも考えた。

 しかし、それで万が一、堅気カタギの一般人である彼等に何かしら実害が生じては困る。

 では、どうするか?

――――丁度、聖がフライトする前日に、近藤碇が舎弟を連れ新規事業の為に、ナモ公国へ向かう。

 この際、『婚約者』というシナリオをそっちに割り振るか?

 聖は、そう考えた。

――――それに、碇は、堅気ではなく極道だ。

 聖が碇をパートナーだと紹介すれば、今までの聖の経歴を鑑みて、それが狂言ではないと二人の貴人は推測するだろう。

 そして、ハネムーンという体で渡航してきた聖に対し、彼等もそうそう欲望のままに、安易に声を掛ける事は憚(はばか)れるのではないか――――聖は、そう計算した

 だから聖は、長年毛嫌いしてきた碇を、自分の『ダーリン』だと、王子と侯爵の秘書へと紹介した訳である。

「……ハネムーンで、東南アジア各国を回ってみようと思って、この国へ立ち寄らせてもらった。息子の晴れ舞台も見たいしな。王子と侯爵には、息子の件で空港やホテルを融通してもらって感謝している」

 いったん言葉を切り、下を向くと、聖はまた意を決したようにパッと顔を上げた。

 その視線の先は、碇だ。

 聖は、『傾国の美女』と呼ばれていた頃を彷彿とさせるような、蕩けるような微笑みを浮かべて碇を見つめ、そして、その男らしい太い腕に自分の手を絡ませる。

 互いの薬指に輝くのは、お揃いのプラチナリングだ。

 聖はそれを、しっかりと二人の秘書に見えるようにアピールしながら、口を開いた。

「――――このお礼は、また改めて…………とにかく、こっちはハネムーンという事情があるから……」

『分かるだろう? 』

 と、暗に匂わせて、聖は艶やかに笑った。

   ◇

「御堂さん、こちらです! 」

 真壁は、ロビーを歩いてくる人物をみとめて手を振った。

 白のスキニーパンツに、ライトブルーのイタリアンカラーシャツ。

 靴もパンツに合わせて、白のエスパドリーユだ。

 ワンポイントのサングラスがキラリと太陽の光を弾き、文句なく聖は今日も、スタイリッシュにクールに決めている。

 しかし、その堂々とした様子は、貫禄ある護衛を付き従えたどこぞの芸能人かと思われたらしい。

 周囲に張り込みしていたパパラッチや一般人が、しきりにシャッターを切り始めた。

「I'm not a performing artist.Please don't take a picture!」

(※オレは芸能人じゃない。写真を撮るな! )

 聖は迷惑そうに言うが、誰もそれを信じない。

 しかし、碇がのそりと前に出てボキボキと指を鳴らすと、パパラッチと一般人達は、サァーっと蜘蛛の子を散らしたように去って行った。

「…………こういう時は、便利だな」

 感心したように呟く聖に、碇はフンと鼻を鳴らして口を開く。

「そんな派手な格好で、芸能人じゃないって言っても説得力ないぜ」
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