220 / 240
44
44-5
しおりを挟む
「今回の件は、あくまで七海から言い出した事なのだし、穏便に都合よく話を進めるならば――――あなたはこの話に乗るべきだ」
「ふん……」
声に甘さを滲ませるヤンに、円子は胡乱な眼差しを向ける。
そして、円子はその細腰へとスッと腕を回した。
「じゃあ、聞くが……その七海達樹も、日本の国立研究員じゃないのか? 」
「七海は――――すでに退職してますよ。今はオブザーバーとして参加しているだけですから、日本側とはそんなに柵はないのでしょう」
「本当か……? 」
「ええ」
妖しく微笑み、ヤンは囁く。
「あなたは、結城ではなく七海を選ぶべきだ。七海は最初から乗り気なのだから、余計なトラブルの心配はない」
「しかし、彼は長いこと入院していたのだろう? 身体の方は大丈夫なのか? 」
「大丈夫ですよ。私は彼の事をよく知っていますが――――ああ、大学が同じだったのですよ」
円子は、ヤンと七海の複雑な関係を知らない。
なので、ヤンは表面上だけの関係を語った。
「たまたま学部が一緒だったので、私達は今も友人のような付き合いを続けています。社会人になってからは、そんなにしょっちゅう会う訳ではありませんでしたが――――彼が入院したと聞いてからも、何度か見舞った事があります。彼は一見すると麗しく嫋やかな青年のようですが、中身は非常にタフですよ。退院してから、番を見つけたくらいですしね」
「ほぉ」
ヤンと同年代ということは、四十も半ばだろう。
その歳で番うという事は、それなりに精力的でなければならない。
――――円子は、七海が薬漬けの状態で、命を削って番ったという事実は当然知らない。それ故、ヤンの言葉を額面通りに受け取った。
「確かに、それはタフだな。国に来てもらっても、バリバリ働いてくれそうだ」
「ええ。それに、彼の番はA大の理事長であり、医学界にも多大な力を誇っている九条凛です。あなたも、名前くらいは聞いた事があるのでは? 」
「クジョーなら、アメリカでも有名だよ。優秀な人材をたくさん抱えているアルファ・エリートの名門だろう? 」
「ええ、そうです」
同意を返し、ヤンはもう一息と力を入れる。
「……上手い事七海を抱き込めば、九条もきっと出資を申し出てくると思いますよ。優秀な人材に、金脈が手に入れば……あなたも、より高みへ登れるのでは? 」
言葉巧みにそう言うと、ヤンは嫣然と微笑んだ。
円子は、そんなヤンの黒髪を撫でながら、流し目をくれる。
「君は、オレにもっと大きな男になってほしいのかな? 」
「それは……あなたには今まで、色々とよくして頂きましたからね。向こうでの口利きもしてもらいましたし。だから、これはほんの恩返しですよ」
微かに円子の口調が変わったのを感じ取り、ヤンは瞳に憂いの色を浮かべる。
「私のようなユダを不問のまま受け入れてくれるなど、ありがたいことです」
「……君が、日本で何か失態を犯した事と、その能力は別だ。君は優秀な脳外科医だよ」
円子はそう言うと、腰に回した手に力を入れる。
「――――で、君はいつになったらオレの番になってくれるんだ? 」
「それは……」
そこでヤンは躊躇うような表情になると、さり気なく円子から身体を遠ざけようとする。
だが、腰をしっかりと抱かれているので逃れる事は出来ない。
ヤンは溜め息をつくと、小さな声をこぼす。
「…………私は、あなたには相応しくありません」
「なぜだ? 」
「七海は大輪の薔薇のような男です。私は彼のように美しくないし、特別優秀なわけでもない。くだらない、汚い感情に塗れた、どうしようもない平凡なオメガです」
すると、円子はクックと笑った。
「オレは、七海達樹よりも君の方が気になっているが」
「御冗談を……」
「君は、自分の価値を知らない」
「あなたも――――七海を見ると、彼しか目に入らなくなるに決まっている。いつもそうだった」
学生時代。
九条と最初に友人になったのは、ヤンの方が先だった。
――――好きになったのも。
しかし彼は、七海に出会い……それを間近で見ていたヤンが、どれだけの思いを味わったか。
「私を愛する人間など、いるわけがない」
汚い感情にまみれ、最低な暴挙に及んでしまったオメガなど、醜悪なだけだ。
そう、打ちひしがれるヤンを、円子はしっかりと抱き締めた。
「っ!? 」
「君は、美しいよ。そもそも薔薇と比べるのが間違っている。君は、月夜に輝く月下美人だ」
「マルコ……」
「今回のコンバートの裏に、君達が何か企んでいるのは察しているが……他ならぬ君の為だ、その提案は受け入れよう。それでいいか? 」
「ありがとう」
「どういたしまして」
そう言うと、円子は、ヤンの滑らかな頬へと口づけを落とした。
「ふん……」
声に甘さを滲ませるヤンに、円子は胡乱な眼差しを向ける。
そして、円子はその細腰へとスッと腕を回した。
「じゃあ、聞くが……その七海達樹も、日本の国立研究員じゃないのか? 」
「七海は――――すでに退職してますよ。今はオブザーバーとして参加しているだけですから、日本側とはそんなに柵はないのでしょう」
「本当か……? 」
「ええ」
妖しく微笑み、ヤンは囁く。
「あなたは、結城ではなく七海を選ぶべきだ。七海は最初から乗り気なのだから、余計なトラブルの心配はない」
「しかし、彼は長いこと入院していたのだろう? 身体の方は大丈夫なのか? 」
「大丈夫ですよ。私は彼の事をよく知っていますが――――ああ、大学が同じだったのですよ」
円子は、ヤンと七海の複雑な関係を知らない。
なので、ヤンは表面上だけの関係を語った。
「たまたま学部が一緒だったので、私達は今も友人のような付き合いを続けています。社会人になってからは、そんなにしょっちゅう会う訳ではありませんでしたが――――彼が入院したと聞いてからも、何度か見舞った事があります。彼は一見すると麗しく嫋やかな青年のようですが、中身は非常にタフですよ。退院してから、番を見つけたくらいですしね」
「ほぉ」
ヤンと同年代ということは、四十も半ばだろう。
その歳で番うという事は、それなりに精力的でなければならない。
――――円子は、七海が薬漬けの状態で、命を削って番ったという事実は当然知らない。それ故、ヤンの言葉を額面通りに受け取った。
「確かに、それはタフだな。国に来てもらっても、バリバリ働いてくれそうだ」
「ええ。それに、彼の番はA大の理事長であり、医学界にも多大な力を誇っている九条凛です。あなたも、名前くらいは聞いた事があるのでは? 」
「クジョーなら、アメリカでも有名だよ。優秀な人材をたくさん抱えているアルファ・エリートの名門だろう? 」
「ええ、そうです」
同意を返し、ヤンはもう一息と力を入れる。
「……上手い事七海を抱き込めば、九条もきっと出資を申し出てくると思いますよ。優秀な人材に、金脈が手に入れば……あなたも、より高みへ登れるのでは? 」
言葉巧みにそう言うと、ヤンは嫣然と微笑んだ。
円子は、そんなヤンの黒髪を撫でながら、流し目をくれる。
「君は、オレにもっと大きな男になってほしいのかな? 」
「それは……あなたには今まで、色々とよくして頂きましたからね。向こうでの口利きもしてもらいましたし。だから、これはほんの恩返しですよ」
微かに円子の口調が変わったのを感じ取り、ヤンは瞳に憂いの色を浮かべる。
「私のようなユダを不問のまま受け入れてくれるなど、ありがたいことです」
「……君が、日本で何か失態を犯した事と、その能力は別だ。君は優秀な脳外科医だよ」
円子はそう言うと、腰に回した手に力を入れる。
「――――で、君はいつになったらオレの番になってくれるんだ? 」
「それは……」
そこでヤンは躊躇うような表情になると、さり気なく円子から身体を遠ざけようとする。
だが、腰をしっかりと抱かれているので逃れる事は出来ない。
ヤンは溜め息をつくと、小さな声をこぼす。
「…………私は、あなたには相応しくありません」
「なぜだ? 」
「七海は大輪の薔薇のような男です。私は彼のように美しくないし、特別優秀なわけでもない。くだらない、汚い感情に塗れた、どうしようもない平凡なオメガです」
すると、円子はクックと笑った。
「オレは、七海達樹よりも君の方が気になっているが」
「御冗談を……」
「君は、自分の価値を知らない」
「あなたも――――七海を見ると、彼しか目に入らなくなるに決まっている。いつもそうだった」
学生時代。
九条と最初に友人になったのは、ヤンの方が先だった。
――――好きになったのも。
しかし彼は、七海に出会い……それを間近で見ていたヤンが、どれだけの思いを味わったか。
「私を愛する人間など、いるわけがない」
汚い感情にまみれ、最低な暴挙に及んでしまったオメガなど、醜悪なだけだ。
そう、打ちひしがれるヤンを、円子はしっかりと抱き締めた。
「っ!? 」
「君は、美しいよ。そもそも薔薇と比べるのが間違っている。君は、月夜に輝く月下美人だ」
「マルコ……」
「今回のコンバートの裏に、君達が何か企んでいるのは察しているが……他ならぬ君の為だ、その提案は受け入れよう。それでいいか? 」
「ありがとう」
「どういたしまして」
そう言うと、円子は、ヤンの滑らかな頬へと口づけを落とした。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
運命のアルファ
猫丸
BL
俺、高木颯人は、幼い頃から亮太が好きだった。亮太はずっと俺のヒーローだ。
亮太がアルファだと知った時、自分の第二の性が不明でも、自分はオメガだから将来は大好きな亮太と番婚するのだと信じて疑わなかった。
だが、検査の結果を見て俺の世界が一変した。
まさか自分もアルファだとは……。
二人で交わした番婚の約束など、とっくに破綻しているというのに亮太を手放せない颯人。
オメガじゃなかったから、颯人は自分を必要としていないのだ、と荒れる亮太。
オメガバース/アルファ同士の恋愛。
CP:相手の前でだけヒーローになるクズアルファ ✕ 甘ったれアルファ
※颯人視点は2024/1/30 21:00完結、亮太視点は1/31 21:00完結です。
※話の都合上、途中女性やオメガ男性を貶めるような発言が出てきます(特に亮太視点)。地雷がある方、苦手な方は自衛してください。
※表紙画像は、亮太をイメージして作成したAI画像です。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる