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「今回の件は、あくまで七海から言い出した事なのだし、穏便に都合よく・・・・・話を進めるならば――――あなたはこの話に乗るべきだ」

「ふん……」

 声に甘さを滲ませるヤンに、円子は胡乱な眼差しを向ける。

 そして、円子はその細腰へとスッと腕を回した。

「じゃあ、聞くが……その七海達樹も、日本の国立研究員じゃないのか? 」

「七海は――――すでに退職してますよ。今はオブザーバーとして参加しているだけですから、日本側とはそんなにしがらみはないのでしょう」

「本当か……? 」

「ええ」

 妖しく微笑み、ヤンは囁く。

「あなたは、結城ではなく七海を選ぶべきだ。七海は最初から乗り気なのだから、余計なトラブルの心配はない」

「しかし、彼は長いこと入院していたのだろう? 身体の方は大丈夫なのか? 」

「大丈夫ですよ。私は彼の事をよく知っていますが――――ああ、大学が同じだったのですよ」

 円子は、ヤンと七海の複雑な関係を知らない。

 なので、ヤンは表面上だけの関係を語った。

「たまたま学部が一緒だったので、私達は今も友人のような付き合いを続けています。社会人になってからは、そんなにしょっちゅう会う訳ではありませんでしたが――――彼が入院したと聞いてからも、何度か見舞った事があります。彼は一見すると麗しく嫋やかな青年のようですが、中身は非常にタフですよ。退院してから、番を見つけたくらいですしね」

「ほぉ」

 ヤンと同年代ということは、四十も半ばだろう。

 その歳で番うという事は、それなりに精力的でなければならない。

――――円子は、七海が薬漬けの状態で、命を削って番ったという事実は当然知らない。それ故、ヤンの言葉を額面通りに受け取った。

「確かに、それはタフだな。国に来てもらっても、バリバリ働いてくれそうだ」

「ええ。それに、彼の番はA大の理事長であり、医学界にも多大な力を誇っている九条凛です。あなたも、名前くらいは聞いた事があるのでは? 」

「クジョーなら、アメリカでも有名だよ。優秀な人材をたくさん抱えているアルファ・エリートの名門だろう? 」

「ええ、そうです」

 同意を返し、ヤンはもう一息と力を入れる。

「……上手い事七海を抱き込めば、九条もきっと出資を申し出てくると思いますよ。優秀な人材に、金脈が手に入れば……あなたも、より高みへ登れるのでは? 」

 言葉巧みにそう言うと、ヤンは嫣然えんぜんと微笑んだ。

 円子は、そんなヤンの黒髪を撫でながら、流し目をくれる。

「君は、オレにもっと大きな男になってほしいのかな? 」

「それは……あなたには今まで、色々とよくして頂きましたからね。向こうでの口利きもしてもらいましたし。だから、これはほんの恩返しですよ」

 微かに円子の口調が変わったのを感じ取り、ヤンは瞳に憂いの色を浮かべる。

「私のようなユダを不問のまま受け入れてくれるなど、ありがたいことです」

「……君が、日本で何か失態を犯した事と、その能力は別だ。君は優秀な脳外科医だよ」

 円子はそう言うと、腰に回した手に力を入れる。

「――――で、君はいつになったらオレの番になってくれるんだ? 」

「それは……」

 そこでヤンは躊躇うような表情になると、さり気なく円子から身体を遠ざけようとする。

 だが、腰をしっかりと抱かれているので逃れる事は出来ない。

 ヤンは溜め息をつくと、小さな声をこぼす。

「…………私は、あなたには相応しくありません」

「なぜだ? 」

「七海は大輪の薔薇のような男です。私は彼のように美しくないし、特別優秀なわけでもない。くだらない、汚い感情に塗れた、どうしようもない平凡なオメガです」

 すると、円子はクックと笑った。

「オレは、七海達樹よりも君の方が気になっているが」

「御冗談を……」

「君は、自分の価値を知らない」

「あなたも――――七海を見ると、彼しか目に入らなくなるに決まっている。いつもそうだった」

 学生時代。

 九条と最初に友人になったのは、ヤンの方が先だった。


――――好きになったのも。


 しかし彼は、七海に出会い……それを間近で見ていたヤンが、どれだけの思いを味わったか。

「私を愛する人間など、いるわけがない」

 汚い感情にまみれ、最低な暴挙に及んでしまったオメガなど、醜悪なだけだ。

 そう、打ちひしがれるヤンを、円子はしっかりと抱き締めた。

「っ!? 」

「君は、美しいよ。そもそも薔薇と比べるのが間違っている。君は、月夜に輝く月下美人だ」

「マルコ……」

「今回のコンバートの裏に、君達が何か企んでいるのは察しているが……他ならぬ君の為だ、その提案は受け入れよう。それでいいか? 」

「ありがとう」

「どういたしまして」



 そう言うと、円子は、ヤンの滑らかな頬へと口づけを落とした。



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