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正嘉と栄太が、奏の妊娠について話をしているなど全く知らない奏は、研究所で部下からスクーターを借り、そのまま九条邸へと向かっていた。
七海と連絡が取れなくって、三日だ。
その間、電話やメールも無かった。
それは、奏の周囲がだいぶゴタゴタしていたのが原因という可能性も充分あるが、それにしても……やはり気になる。
(七海先輩――まさか、研究所にも連絡がなかったなんて……)
奏も、研究所には三日ぶりの復帰だったし定時報告の方も途切れていたので何とも言えないが、それにしても、連絡の一つも入っていないとは七海らしくない。
七海は人一倍研究熱心で、長い眠りから目覚めてからも、より一層その傾向が強かった。
ただでさえ身体が弱っているのに、そんな事では、直ぐにまた倒れてしまうと心配した奏達後輩の方から、即急に休養を取るよう再三懇願したくらいだ。
その七海が、三日も音沙汰無しとは――どうにも嫌な予感がする。
キュッと駐車場にスクーターを停めると、奏は直ぐに九条邸の門に設置されているインターホンを押した。
――――ピンポーン。
『……はい、九条でございます。私は取次を行っております笹原と申します』
「こちらで先日までお世話になりました、結城奏です。七海先輩は御在宅でしょうか? 」
顔見知りのメイドの声にホッとしながら、奏は尋ねる。
すると、直ぐに返答があった。
『結城様ですね。ご訪問の際は、直ぐにお通ししろと奥様から承っております』
その応答と共に、奏を誘うようにガチャリと門が開き、またインターホンから声が流れてきた。
『どうぞ、お庭をそのままお通りになって正面玄関からお入りください。私もそちらへ向かいます』
奏の訪問は想定内だったようだ。
では、七海も無事ということだろう。
取り敢えず奏はホッとして、言われた通りに、九条邸の広い庭へと足を踏み入れた。
数日前まで世話になっていた屋敷だ。
どれだけ広くても、ある程度の構図は頭の中に入っている。
温室の中、一年中咲き誇るよう手入れされた薔薇を横目に、迷宮のような庭園をものの数分で正面入口へ到着する。
扉を開けると、メイドの押す車椅子に座っている、件の人物の姿が目に入った。
「七海先輩! 」
「――やぁ、奏。そろそろ来ると思っていたよ」
そう言うと、七海はかすかに微笑む。
しかし、その顔色は暗く、表情も冴えない。
(ひどい顔色だ……)
ずいぶんと弱々しい七海の様子に直ぐに気付いた奏は、足早に近付いて、気遣わし気に視線を注ぐ。
「七海先輩……やはり、体調がかなり悪いんですね? 僕には構わないで、今すぐベッドに入ってください――ああ、僕が介助を代わります」
奏は、メイドから車椅子の押し手を引き受けると、くるりとタイヤを動かし屋敷の中へと方向を転換させた。
七海の部屋は分かっていたので、そこへ真っ直ぐに向かう事にする。
「それではお部屋へ行きますよ、先輩」
「ああ――そうだな、悪い……」
いつもは平素なフリをする七海が、本当に具合が悪いのか、素直に奏の言葉に頷く。
(七海先輩…………やっぱり体調不良で、連絡も出来ないでいたのか……)
ズキリと痛む胸に顔をしかめながら、奏はずっと謝ろうとしていた事を口にした。
「先日は……正嘉さまに、僕がここに居る事がどこからか知られてしまって――急に押し掛けられて、皆さんも大変だったでしょう? 」
「奏――」
「番のアルファの権力は絶大です。僕だって、そのくらい分かってたのに――――安易にここを頼ってしまって、あとになって凄く後悔してました。もしもあの時、乗り込んできた正嘉さまに、七海先輩や九条理事が抵抗などしていたら――とんでもない騒ぎになっていたかもしれない」
正嘉と栄太が、奏の妊娠について話をしているなど全く知らない奏は、研究所で部下からスクーターを借り、そのまま九条邸へと向かっていた。
七海と連絡が取れなくって、三日だ。
その間、電話やメールも無かった。
それは、奏の周囲がだいぶゴタゴタしていたのが原因という可能性も充分あるが、それにしても……やはり気になる。
(七海先輩――まさか、研究所にも連絡がなかったなんて……)
奏も、研究所には三日ぶりの復帰だったし定時報告の方も途切れていたので何とも言えないが、それにしても、連絡の一つも入っていないとは七海らしくない。
七海は人一倍研究熱心で、長い眠りから目覚めてからも、より一層その傾向が強かった。
ただでさえ身体が弱っているのに、そんな事では、直ぐにまた倒れてしまうと心配した奏達後輩の方から、即急に休養を取るよう再三懇願したくらいだ。
その七海が、三日も音沙汰無しとは――どうにも嫌な予感がする。
キュッと駐車場にスクーターを停めると、奏は直ぐに九条邸の門に設置されているインターホンを押した。
――――ピンポーン。
『……はい、九条でございます。私は取次を行っております笹原と申します』
「こちらで先日までお世話になりました、結城奏です。七海先輩は御在宅でしょうか? 」
顔見知りのメイドの声にホッとしながら、奏は尋ねる。
すると、直ぐに返答があった。
『結城様ですね。ご訪問の際は、直ぐにお通ししろと奥様から承っております』
その応答と共に、奏を誘うようにガチャリと門が開き、またインターホンから声が流れてきた。
『どうぞ、お庭をそのままお通りになって正面玄関からお入りください。私もそちらへ向かいます』
奏の訪問は想定内だったようだ。
では、七海も無事ということだろう。
取り敢えず奏はホッとして、言われた通りに、九条邸の広い庭へと足を踏み入れた。
数日前まで世話になっていた屋敷だ。
どれだけ広くても、ある程度の構図は頭の中に入っている。
温室の中、一年中咲き誇るよう手入れされた薔薇を横目に、迷宮のような庭園をものの数分で正面入口へ到着する。
扉を開けると、メイドの押す車椅子に座っている、件の人物の姿が目に入った。
「七海先輩! 」
「――やぁ、奏。そろそろ来ると思っていたよ」
そう言うと、七海はかすかに微笑む。
しかし、その顔色は暗く、表情も冴えない。
(ひどい顔色だ……)
ずいぶんと弱々しい七海の様子に直ぐに気付いた奏は、足早に近付いて、気遣わし気に視線を注ぐ。
「七海先輩……やはり、体調がかなり悪いんですね? 僕には構わないで、今すぐベッドに入ってください――ああ、僕が介助を代わります」
奏は、メイドから車椅子の押し手を引き受けると、くるりとタイヤを動かし屋敷の中へと方向を転換させた。
七海の部屋は分かっていたので、そこへ真っ直ぐに向かう事にする。
「それではお部屋へ行きますよ、先輩」
「ああ――そうだな、悪い……」
いつもは平素なフリをする七海が、本当に具合が悪いのか、素直に奏の言葉に頷く。
(七海先輩…………やっぱり体調不良で、連絡も出来ないでいたのか……)
ズキリと痛む胸に顔をしかめながら、奏はずっと謝ろうとしていた事を口にした。
「先日は……正嘉さまに、僕がここに居る事がどこからか知られてしまって――急に押し掛けられて、皆さんも大変だったでしょう? 」
「奏――」
「番のアルファの権力は絶大です。僕だって、そのくらい分かってたのに――――安易にここを頼ってしまって、あとになって凄く後悔してました。もしもあの時、乗り込んできた正嘉さまに、七海先輩や九条理事が抵抗などしていたら――とんでもない騒ぎになっていたかもしれない」
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