上 下
184 / 240
40

40-4

しおりを挟む
   ◇

 正嘉と栄太が、奏の妊娠について話をしているなど全く知らない奏は、研究所で部下からスクーターを借り、そのまま九条邸へと向かっていた。

 七海と連絡が取れなくって、三日だ。

 その間、電話やメールも無かった。

 それは、奏の周囲がだいぶゴタゴタしていたのが原因という可能性も充分あるが、それにしても……やはり気になる。

(七海先輩――まさか、研究所にも連絡がなかったなんて……)

 奏も、研究所には三日ぶりの復帰だったし定時報告データ集計の方も途切れていたので何とも言えないが、それにしても、連絡の一つも入っていないとは七海らしくない。

 七海は人一倍研究熱心で、長い眠りから目覚めてからも、より一層その傾向が強かった。

 ただでさえ身体が弱っているのに、そんな事では、直ぐにまた倒れてしまうと心配した奏達後輩の方から、即急に休養を取るよう再三懇願したくらいだ。

 その七海が、三日も音沙汰無しとは――どうにも嫌な予感がする。

 キュッと駐車場にスクーターを停めると、奏は直ぐに九条邸の門に設置されているインターホンを押した。

――――ピンポーン。

『……はい、九条でございます。私は取次を行っております笹原と申します』

「こちらで先日までお世話になりました、結城奏です。七海先輩は御在宅でしょうか? 」

 顔見知りのメイドの声にホッとしながら、奏は尋ねる。

 すると、直ぐに返答があった。

『結城様ですね。ご訪問の際は、直ぐにお通ししろと奥様七海から承っております』

 その応答と共に、奏を誘うようにガチャリと門が開き、またインターホンから声が流れてきた。

『どうぞ、お庭をそのままお通りになって正面玄関からお入りください。私もそちらへ向かいます』

 奏の訪問は想定内だったようだ。

 では、七海も無事ということだろう。

 取り敢えず奏はホッとして、言われた通りに、九条邸の広い庭へと足を踏み入れた。

 数日前まで世話になっていた屋敷だ。

 どれだけ広くても、ある程度の構図は頭の中に入っている。

 温室の中、一年中咲き誇るよう手入れされた薔薇を横目に、迷宮のような庭園をものの数分で正面入口へ到着する。

 扉を開けると、メイドの押す車椅子に座っている、くだんの人物の姿が目に入った。

「七海先輩! 」

「――やぁ、奏。そろそろ来ると思っていたよ」

 そう言うと、七海はかすかに微笑む。

 しかし、その顔色は暗く、表情も冴えない。

(ひどい顔色だ……)

 ずいぶんと弱々しい七海の様子に直ぐに気付いた奏は、足早に近付いて、気遣わし気に視線を注ぐ。

「七海先輩……やはり、体調がかなり悪いんですね? 僕には構わないで、今すぐベッドに入ってください――ああ、僕が介助を代わります」

 奏は、メイドから車椅子の押し手を引き受けると、くるりとタイヤを動かし屋敷の中へと方向を転換させた。

 七海の部屋は分かっていたので、そこへ真っ直ぐに向かう事にする。

「それではお部屋へ行きますよ、先輩」

「ああ――そうだな、悪い……」

 いつもは平素なフリをする七海が、本当に具合が悪いのか、素直に奏の言葉に頷く。

(七海先輩…………やっぱり体調不良で、連絡も出来ないでいたのか……)

 ズキリと痛む胸に顔をしかめながら、奏はずっと謝ろうとしていた事を口にした。

「先日は……正嘉さまに、僕がここに居る事がどこからか知られてしまって――急に押し掛けられて、皆さんも大変だったでしょう? 」

「奏――」

「番のアルファの権力は絶大です。僕だって、そのくらい分かってたのに――――安易にここを頼ってしまって、あとになって凄く後悔してました。もしもあの時、乗り込んできた正嘉さまに、七海先輩や九条理事が抵抗などしていたら――とんでもない騒ぎになっていたかもしれない」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

運命のアルファ

猫丸
BL
俺、高木颯人は、幼い頃から亮太が好きだった。亮太はずっと俺のヒーローだ。 亮太がアルファだと知った時、自分の第二の性が不明でも、自分はオメガだから将来は大好きな亮太と番婚するのだと信じて疑わなかった。 だが、検査の結果を見て俺の世界が一変した。 まさか自分もアルファだとは……。 二人で交わした番婚の約束など、とっくに破綻しているというのに亮太を手放せない颯人。 オメガじゃなかったから、颯人は自分を必要としていないのだ、と荒れる亮太。 オメガバース/アルファ同士の恋愛。 CP:相手の前でだけヒーローになるクズアルファ ✕ 甘ったれアルファ ※颯人視点は2024/1/30 21:00完結、亮太視点は1/31 21:00完結です。 ※話の都合上、途中女性やオメガ男性を貶めるような発言が出てきます(特に亮太視点)。地雷がある方、苦手な方は自衛してください。 ※表紙画像は、亮太をイメージして作成したAI画像です。

処理中です...