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 もうそれしか、奏には思い当たらない。

「犯人は、ヤン助教なんですね!? 」

 すると、意に反し、九条からは否定する言葉が返ってきた。

『いいや。彼の行動も追ってみたが、そんな様子は一切無い』

「え――」

 それでは一体、何者が犯人だというのか?

 奏は混乱して、辿々しく言葉を紡ぐ。

「そ、それでは――一体、何であんな物が? 誰が……僕、僕は……知らない内に、誰からか恨まれるなんて事……」

『落ち着きなさい』

「これがお前の本性だなんて、嫌らしい写真送り付けて来て! 僕が、いったい誰に何をしたっていうんですか!! 」

 頭を抱えてそう吐き出すと、電話の向こうでも、イラつくように息を吐く様子が伝わってきた。

『――――とにかく私も、もう一度調査を依頼したところだ。君はもうしばらく、そこに身を潜めるんだ。アパートをシェアしていた友人には、居場所を話していないね? 』

「はい……」

 それについては、少々モメた。

――――どうして避難場所を教えてくれないんだ!? オレ達、仲間だろう! あんまり他人行事じゃないかっ! 

 そう安里には言われたが、

『どこで情報が漏れるか分からないし仕方がない事なんだ。それに、要件は全て研究所で聞く事も出来るし……』

 そう言って、何とか納得してもらった。

 他言無用で頼むと言ったのも、どうにか聞き入れてもらえた。

 だが、安里と研究室で顔を合わせる度に、やはり詰るような眼で始終見られてしまい――――奏は強いストレスを感じている。

…………僕だって、オメガの皆を信頼して、全てを話して相談したいよ!

 その言葉を呑み込んで、奏は黙々と研究を続けている。

 せっかく安里とのアパートのシェアも上手く行っていたのに、これでは信頼関係も壊れてしまう。

 栄太に至っては、新たにマンションを用意するとまで言い出すし。

 それでは、今度は安里に『ベータの恋人が新居を用意したからシェアを解消してアパートを出る』と説明しなければならないのか?

 いったい、それを言ったら安里はどんな顔をするだろう?

 祝福してくれるのか、それとも……『何だコイツは』と、ますます友人関係がこじれてしまうのか?

 もう奏には訳が分からない。

 楽しい事ばかりになる筈だった今週は、最悪な状況へ変わっている。

 早く犯人を特定して、このモヤモヤを解決したい。

 しかし見当を付けていた犯人は栄太の愛人ではなく、まさか、奏の想像の範疇から外れている人物たとは。

 ただ間に人を立てて、穏便に話し合いをしたいだけなのに…………。

「どうして……僕なんかが狙われたのか……栄太さんの知り合いでもヤン助教でもないとすると、本当に見当が付きません。僕には全然分かりませんよ。それは再調査すれば、分かるんでしょうか? 」

 不安に駆られてそう言うと、九条の力強い答えが返って来た。

『ああ、それは勿論! こっちもプロに頼むからね。必ず正体は掴むよ』

 ならば、その言葉を信じるしかない。

 奏は小さく息を吐き、九条へと再調査の件をくれぐれも頼むと言って電話を切った。

 取り敢えず、合成写真の件はこのまま九条に任せ、マンションの話の方は…………安里には、明日にでも説明しようか。

 栄太の、奏を心配する心遣いも嬉しいだけに……正直言って有難迷惑だが、どうにも強く断る事もできない。

 なんて優しい恋人なんだと、奏は感激するべきなんだろう。

(あの人には、子供に加え愛人までいるけれど――それでも……僕といる事を優先してくれたって……感謝しないとダメなんだ。ああ、でも僕は九条理事が言っていた『決着』が何なのかも聞いていないじゃないか。もっと話を聞かないと――)

 でも今日は、疲れてしまった。

 折り返し電話を掛けて、いったい何の決着・・・だったのか訊く気力はない。

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