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フゥと息を吐き、呼吸を整えてから、奏はキッと顔を上げる。
「それで今日は……お願いがあってここへ来ました」
「お願い? 」
「あなたから――――ヤン助教へ言ってほしいんです。僕が言っても、よけいに事態が悪化するだけだろうと思うし」
奏の訴えに、九条は眉を寄せながら『まずは立っていないで、座りなさい』と、応接間のソファーへと促す。
そして自分もその対面に座りながら、訝し気に口を開いた。
「――で、いったい私に何を言ってほしいと? 」
「あの……」
チラリと、周囲に目線を払う奏に気付き、九条は安心させるように微笑む。
「ここには私しかいないから大丈夫だ。秘書も今は席を外している」
「そうですか――」
奏はホッとすると、これまでの経緯を説明した。
意味不明のメール、不愉快な写真……。
これらを奏に送る相手となると、どう考えても心当たりはヤンしかいない。
きっとこれは、奏に対するヤンからの警告なのだろうと。
「――ですからヤン助教は――――僕の口から、自分の罪が周囲へ洩れる事をとても警戒しているんだと思います。だから、あんな低俗な警告をして来たんだろうと」
「ふん……」
腕を組んで考え込む様子の九条に、奏はグイッと詰め寄る。
「病院でのあなた方の会話は、とてもショックでした。僕はそれまで、ヤン助教は僕たちと同じオメガの仲間だと信じていましたから」
「……だろうね」
「だから、僕はあの人の裏切りがとても衝撃的で……正直に言うと、今でもこの真実を、全て公表しようかと悩んでいます……でも、後輩や七海先輩の事を考えると――」
「……確かに、ヤンは名医でもある。自分で壊した患者を再び復活させようと、今はかなり献身的に尽力しているよ。私が思うに――彼は七海を恨んでいたけれど、それと同じくらいに自分の事を憎んでいるように思える。凶行に及んだ所為で私の愛も信用も得られず、七海の信頼も裏切った。自分は最低のユダだとね」
ふぅと溜め息をついて、九条は言う。
「その彼が――――本当に、今になって君にそんな警告をするかな? 最近のヤンは、どちらかというと、真綿で首を絞められるような苦しみから解放されたがっているようにも見える」
「それは、どういう意味ですか? 」
「本当は七海を襲った犯人は自分なのに、周囲のオメガたちは相変わらず自分の事を純粋に慕って、九条憎しと口を揃えて言っている。当然仲間のオメガたちは、ヤンにも自分達と同じリアクションを求めている――――ヤンは、それが心苦しいようだ。今の現状は、彼にとってかなり重荷のようだよ」
「で、でも! それは、あなたの主観でしょう!? 」
奏がそう言うと、また九条は溜め息をついた。
「……ああ、そうだ。だが君は、最初から犯人を決めつけて視野を狭めてはいないか? 」
「え? 」
「例えば――――君が知らない内に、どこかのベータかアルファが君へ恋心を抱いている可能性はないか? 」
「そんな事は……」
「『破廉恥』だとか、『これがお前の本性』だとか。そんな陳腐なセリフを、あのヤンが脅し文句に使うかな? どちらかというと……それは、君に岡惚れしているどこかの誰かが、何かしら気に入らない場面でも見て、それでリアクションを起こしたようにも私には思えるが」
奏は、長年すれ違ってばかりだった馬淵栄太と――――急激に距離を縮めている。
もしも九条が言う事が正しければ、その『どこかの誰か』がそれに嫉妬して、それであんなメールや合成写真を?
「……そんな、バカな! 」
奏は九条の憶測を、そう一蹴した。
「僕は、こんなに地味な顔をしているし、全然面白くもない性格だっていうのに? その僕に、誰かが一目惚れでもしたって言うんですか!? 僕は、七海先輩みたいに綺麗じゃないって、あなただってそう思うでしょう!? 」
「それで今日は……お願いがあってここへ来ました」
「お願い? 」
「あなたから――――ヤン助教へ言ってほしいんです。僕が言っても、よけいに事態が悪化するだけだろうと思うし」
奏の訴えに、九条は眉を寄せながら『まずは立っていないで、座りなさい』と、応接間のソファーへと促す。
そして自分もその対面に座りながら、訝し気に口を開いた。
「――で、いったい私に何を言ってほしいと? 」
「あの……」
チラリと、周囲に目線を払う奏に気付き、九条は安心させるように微笑む。
「ここには私しかいないから大丈夫だ。秘書も今は席を外している」
「そうですか――」
奏はホッとすると、これまでの経緯を説明した。
意味不明のメール、不愉快な写真……。
これらを奏に送る相手となると、どう考えても心当たりはヤンしかいない。
きっとこれは、奏に対するヤンからの警告なのだろうと。
「――ですからヤン助教は――――僕の口から、自分の罪が周囲へ洩れる事をとても警戒しているんだと思います。だから、あんな低俗な警告をして来たんだろうと」
「ふん……」
腕を組んで考え込む様子の九条に、奏はグイッと詰め寄る。
「病院でのあなた方の会話は、とてもショックでした。僕はそれまで、ヤン助教は僕たちと同じオメガの仲間だと信じていましたから」
「……だろうね」
「だから、僕はあの人の裏切りがとても衝撃的で……正直に言うと、今でもこの真実を、全て公表しようかと悩んでいます……でも、後輩や七海先輩の事を考えると――」
「……確かに、ヤンは名医でもある。自分で壊した患者を再び復活させようと、今はかなり献身的に尽力しているよ。私が思うに――彼は七海を恨んでいたけれど、それと同じくらいに自分の事を憎んでいるように思える。凶行に及んだ所為で私の愛も信用も得られず、七海の信頼も裏切った。自分は最低のユダだとね」
ふぅと溜め息をついて、九条は言う。
「その彼が――――本当に、今になって君にそんな警告をするかな? 最近のヤンは、どちらかというと、真綿で首を絞められるような苦しみから解放されたがっているようにも見える」
「それは、どういう意味ですか? 」
「本当は七海を襲った犯人は自分なのに、周囲のオメガたちは相変わらず自分の事を純粋に慕って、九条憎しと口を揃えて言っている。当然仲間のオメガたちは、ヤンにも自分達と同じリアクションを求めている――――ヤンは、それが心苦しいようだ。今の現状は、彼にとってかなり重荷のようだよ」
「で、でも! それは、あなたの主観でしょう!? 」
奏がそう言うと、また九条は溜め息をついた。
「……ああ、そうだ。だが君は、最初から犯人を決めつけて視野を狭めてはいないか? 」
「え? 」
「例えば――――君が知らない内に、どこかのベータかアルファが君へ恋心を抱いている可能性はないか? 」
「そんな事は……」
「『破廉恥』だとか、『これがお前の本性』だとか。そんな陳腐なセリフを、あのヤンが脅し文句に使うかな? どちらかというと……それは、君に岡惚れしているどこかの誰かが、何かしら気に入らない場面でも見て、それでリアクションを起こしたようにも私には思えるが」
奏は、長年すれ違ってばかりだった馬淵栄太と――――急激に距離を縮めている。
もしも九条が言う事が正しければ、その『どこかの誰か』がそれに嫉妬して、それであんなメールや合成写真を?
「……そんな、バカな! 」
奏は九条の憶測を、そう一蹴した。
「僕は、こんなに地味な顔をしているし、全然面白くもない性格だっていうのに? その僕に、誰かが一目惚れでもしたって言うんですか!? 僕は、七海先輩みたいに綺麗じゃないって、あなただってそう思うでしょう!? 」
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