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 奏は居たたまれずに、床へ視線を落とした。

「奏? 」

「――すみません。こんなの図々しいだけですね」

 図々しいというか、太々ふてぶてしいというか。

 全く、油断するとすぐこれだ。

 自分で自分に呆れる。

(せっかく、栄太さんは僕の事が好きだって言ってくれたのに…………)

 俯きながら、チラリと横目で見上げると、意に反して栄太はにこやかな表情で奏を見つめていた。

 少なからず驚き、奏は思わず問い掛ける。

「栄太さん――僕の事が嫌いになったんじゃないですか? 」

「どうしてだ? さっきも言っただろう? 」

「え? 」

「お前に甘えられるのは、嬉しいと」

「ど…………どうして、ですか? ウザくないですか? 」

「まさか」

 そう言うと、栄太はシャンパンをグラスに注ぎ、それを奏へ差し出す。

 戸惑いながらそれを受け取ると、栄太は、自分もグラスを手に取りそれをスッと傾けた。


 チンッ


 グラスとグラスが触れ合い、栄太は微笑みながら口を開いた。

「オレはお前に甘えて欲しくて、この5年間ずっと待ってたんだぞ」

「で、でも――オメガの男なんて…………」

「それはもう、どうでもいい事だ。オメガとかベータとかは一切関係ない。オレは、結城奏という人間が好きなだけだ」

 ハッキリと告げる栄太に、奏は胸が一杯になる。

「で、でも――今まで……誰もそんな事……」

「皆、臆病者なんだよ。心の中では、オメガの男体でも好ましいし愛しいと思っているクセに、いざそれを口に出すと世間から欠陥品で満足してやがる愚か者だと、後ろ指をさされて嗤われると思って、口に蓋をしているんだ」

 一昔前のオレがそうだったように――――と、栄太は自嘲した。

「…………栄太さん……」

「今はもう、オレは堂々と自分を晒す事にした。自分を偽るのは終わりにすると決心した。――――オレは、お前が愛しい。それは本当の事だからな」

 嘘偽りのない言葉に、奏の心にまたポッと明かりが点る。

 そんな奏の変化に気付いたのか、栄太は優しく囁いた。

「どんな贈り物をしても、お前は全然喜びもしないし口も最低限しか利いてくれなかったから――――今まで、とても不安だった。でも今は、こうしてここに居てくれる。そして、自分の事を話してくれている。これがオレにとって、どんなに幸せな事なのか……」

「栄太さん――」

「お前に、分かるか? 」

 そう呟くと、栄太は静かにシャンパングラスをテーブルへ置き、ゆっくりと奏へ顔を近付けてきた。

――――キスされる?

 驚いた奏は、咄嗟にパッと顔を背けた。

「えええ、栄太さんっ!? あの、今は僕――は、発情期じゃ…………」

 発情期ヒートなら、オメガの男でも甘いフェロモンを出すから、それなりに魅惑的な身体になる。

 芋虫が華麗な蝶に変身して、蠱惑の化身のようになるからだ。

 その為、容易くヒトの理性を失わせる、強烈で麻薬のようなオメガフェロモンに魅了されたベータやアルファが、それこそ沢山引き寄せられる。

 だが、発情期でもないオメガの男など――――普通なら、どこの誰もにも相手にされないものだ。

 発情期以外の性交は、オメガ男体は絶対に妊娠しない。

 ただのつまらない、芋虫に成り下がる。

 今の奏が、魅力的な筈がない。

「あの、分かっていますよね? 僕の次の周期は……ずっと先ですよ…………? 」

 すると、栄太はニヤッと笑った。

 それが何とも、男性的で魅力に満ちた笑みで――――思わず、奏の頬が赤くなる。

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