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「普通の事――」

「お前は、青柳正嘉とどういう付き合いをしていたんだ? 」

「え……」

 栄太の問いに、奏は言葉に詰まった。

 それをどう取ったか、栄太は訂正するように首を振った。

「ああ、もうとっくに別れた事は知っているから、そんな変な意味じゃないんだ。でも、オレと会う前までは――――清い交際をしていたんだろう? やっぱりあれか、映画館デートとか、遊園地デートとかか? だったらオレ達も、そういうのから始めないかと思ってな…………」

 奏は、栄太が抱くまで、紛うことなく処女だった。

 しかしそれまで青柳正嘉という婚約者はいたワケだし、当時は、そういう子供のような清い付き合いをしていたんだろう。

 栄太は、そう思ったのだが。

「僕と正嘉さまは――――まともに言葉を交わした事なんて、一度もありませんでした」

 そんな、意表を突く答えが返ってきたので、栄太は目を見張る。

「え? 」

「なにも無いんですよ、本当に」

 奏は、散々だった10年前の初対面の場面シーンを思い出し、苦く笑った。



――――そうだ、自分達は、普通に挨拶も交わしていない。



 ただ一方的に奏が笑いかけ、語り掛け、そして隣に座らないかと誘っただけだ。

 対する答えは、

『お前なんか好きなワケがないだろうが。バッカじゃないのか? 』

『お前、本当に気持ちが悪いな』

『やだよ、バーカ』

 と、何とも婚約者に対するような言葉には、程遠い罵倒だった。

 そして5年前。

 ひどい雨の中、奏は、魂の番と信じていた正嘉の元ヘ、必死になって会いに行ったのだが…………。

『出て行けって言ってるんだよ! この変態野郎! 』

『お前のようなオメガの男が、どうしてここに来たんだ? バカじゃないのか!? さっさと消え失せろ、この野良犬! 』

『ようするに、バケモノって事じゃないか! 二度とそのツラ見せんな、不愉快だ! 』

 と、とても魂の番に対する言葉とは思えぬ、罵詈ばり雑言ぞうごんを浴びせられた。

 今まで、正嘉と付き合うどころか、通常の会話も挨拶も0だ。

 いつもいつも、健気に『魂の番』を想い続けるのは、本当に奏の方ばかりで――――。

「……僕は、もうあれから魂の番なんて信じない事にしていたんです。でも、気が付くと、未だに正嘉さまの事ばかりを考えている――」

 喉にそっと手を当て、奏は栄太を見上げた。

「僕は、こんなどうしようもないオメガの男です。魂の番と信じた相手からは、散々ひどい罵倒しかされていないのに、まだそんな相手が忘れられない――――もう、憎いのか愛しいのか判らないほど、未だに思い続けています」

「――――そうだったのか……」

「それに僕は、美しくも無いです。凡庸で、どこにでもいるようなオメガです。ですが、それでもあなたは僕の事が好きだと言うんですか? 」

 すると、栄太は躊躇いなく奏を抱き締めた。

「っ!? 」

「愛している。お前ほど、純情なオメガはいない――」

「え、栄太さ……」

「それなら、これから新しく、ゆっくり付き合って行こう。青柳正嘉なんてアルファ、二度と思い出さないくらいに愛してやる」

「――――本当に? 」

「ああ」

「……」


 そして、奏も初めて栄太の胸へ甘えるように頬を当て、小さく頷いた。

 強く暖かい栄太の声に、奏は、このままこの求愛を受け入れて、新しく愛を育てて行こうかと――――そう、思ったのだった。

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