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しおりを挟む青柳正嘉は、毎日を退屈に過ごしていた。
青柳家では、代々男のアルファが当主とされる。
当主に選ばれるアルファは皆優秀な者ばかりで、青柳は栄耀栄華を極めていた。
しかし、血を残すためにはどうしても外から人を入れなければならない。
だから、代々子を残す為だけに、そこそこ良家のオメガが昔から番に選ばれていた。
――――正嘉には父はいたが、母はいない。
母は男体のオメガだったから、正嘉を産んでしばらく経った頃に、離婚して慰謝料を与え実家に帰したそうだ。
漠然とした母親の記憶はあるが、それ故、正嘉はあまり母親の事を覚えていない。
父親に「お母さんに会ってみたいです」と、一回だけ言った事があったが、一笑に付せられてしまった。
昔……という程に古くは無いが、正嘉からしたら少し過去の歴史の話になる。
一時期オメガが急速に数を減らして、とても貴重な存在になった時期があったそうだ。
その時ばかりは世界中でオメガの争奪戦になり、たとえ妊娠し難い男体であっても、至る所でオメガは引く手数多だったらしい。
父親は、ある没落した家から男体のオメガを迎え入れ、そうして正嘉が産まれた。
しかしその頃には、段々にオメガの死の病を治す特効薬が開発され、薬は実用化され始めていたそうだ。
それならば、もう、男体のオメガなど家に置いている理由は無い。
それが、正嘉の母親が青柳家から消えた理由だった。
――――それを初めて聞いた時は、正嘉はどうにも表現し難い感情になった。
怒っていいのか、笑っていいのか。
父親を詰りたいような、感謝したいような。
ただ、父親は繰り返し言う。
お前が産まれる前は、まだオメガに死の病が流行っていた。
お前の母親を――男体だったが――感染から護る為に屋敷の奥深くに住まわせて、かなり大切に扱った。
同時に、これから生まれて来るお前が、将来、番を探す時に困らないようにと、オメガと婚約しておく段取りまでも付けていた。その子は、男体だったが――……。
『なら、お母さんと同じですね。オレの番の相手は』
『あの時は女体が都合付かなくて、渋々だったが男体のオメガとな。第三の性とか人鳥とか言われているが、あんなのはただのオカマだ。尻と性交など――――まったく、何度思い出しても気味が悪い』
『……』
ならば、正嘉の母となったオメガは、父親に嫌われていたのだろうか。
嫌々番い、そうして正嘉は生まれたのか?
金だけ渡して家から追い出したのだから、やはり父は母を愛してはいなかった……?
『首は噛まないでおいてやったから、あいつも今は、新しい似合いの相手を見付けて番えている頃だろうな』
それが優しさだったと言いたげな父親に、やはり正嘉は反発したいような気分になった。
しかし、それをどう言葉にしたらいいのかが分からない。
『――お母さんの方は、お父さんの事を好きではなかったんですか? 』
そう疑問を口にしたら、父親は嫌な事を聞かれたと言いたげな顔になった。
『あいつは……いつも泣いてばかりだったから知らん』
――――泣いていた?
屋敷の奥深くに住まわせて大切に扱ったと言うが、それでは母親は幸せではなかったのだろうか?
微かに覚えている母親は、正嘉を膝に乗せて、いつも優しい声音で歌っていた。
――――可愛い可愛い小鳥ちゃん、あなたは私の宝物……と。
母は正嘉の事を――愛していたと、思うのだが。
どうしてそれを家から追い出してしまったのか。
更に何か言おうとすると、父親は会話はこれで終了というように席を立った。
『それから、安心しなさい。お前の番の件はキャンセルしておいた。今は昔と違うんだ。オメガにしても、もっと血筋のいい令嬢を幾らでも選べる時代だ。それなのに、三流の家から男体のオメガなんぞ迎え入れる理由が無い。まったく、何なんだあの家は!? 先走って失敗をした』
『お父さん――』
『教師達から、しっかりと教育を受けるんだ。オメガの男体など、この家には必要ない』
それから数年後、父親は財界からオメガの令嬢を迎え入れ、再婚した。
それが、今の、正嘉の『母親』だった。
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