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真壁を始め、その場に詰めていた男たちは一様に、正弘の言葉に困惑していた。
「組長……なんで、オレ達が出て行かなきゃならないんです? 御堂さんは、オレ達の大切な仲間みたいなモンじゃないですか」
「――――いいから、お前達は全員一階のロビーに待機しろ。他の一家がやって来ても、絶対にその場で引き留めておけ」
「しかしっ」
「こりゃあ、命令だ! おめぇらがここにいても、医者を含めた素人さん達が怖がるだけで、クソの役にも立ちやしねぇ! 分かったら、さっさと行きやがれ! 」
尤もな言い分であるが、やはり皆離れ難い。聖本人が例えどう思おうと、彼らにとって聖は大切な仲間であると同時に、敬愛する正弘の愛でている、高嶺の花である。
手にすることは出来ぬが、せめて最期くらいは看取りたい。
だが、正弘は鬼のような顔になって、彼らを一喝する。
「大の男が揃いも揃ってグズグズしてんじゃねぇ! 全員さっさと出て行きやがれ! 」
その言葉に抗うことも出来ず、男達はぞろぞろと引き上げて行く。
残ったのは、正弘と真壁と碇と――――青菱史郎だ。
正弘は、順に男達を見遣る。
「真壁、聖の携帯電話を寄こせ」
「? はい」
聖が連れ去れた時に、路上へ落としていた携帯電話を、素直に正弘へ渡す。
すると、正弘はふぅと溜め息をついて『よし』と手を振った。
「おめぇも、下に行け」
「で、ですがっ! 」
「行け。それから、碇も――だいたい、何でおめぇはここにいるんだ? 」
「オレは、あいつには山ほど文句が言いたいんです! だから、ここを動けません! 」
十年に渡る想いの丈を、まだ一つも口にして伝えていない。
だが、正弘は無情に首を振った。
「さっさと、てめぇも下に行きやがれ。ここにいても迷惑だ」
「っ……」
組長の言葉には、逆らえない。
真壁も碇も、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
残ったのは、最後の一人。
「――クソガキ。てめぇは、なんでここにいられるんだ? 」
すべての元凶は、この青菱史郎である。
この男のせいで、聖は惨い目に遭い、現在死線を彷徨っているのだ。
小柄で痩身である正弘の全身から、思わず誰もが竦む様な、裂帛の気迫がジワリと滲み出る。戦後の焼け野原からたった一人生き残り、鬼人のマサと異名を取った大親分だ。
彼から見たら、青菱史郎など、ただの世間知らずのガキに過ぎない。
――――だが、このクソガキの真っ直ぐな所を密かに買い、この男ならと、聖との接触を黙認したのは正弘だ。
聖が、極道から足を洗ってカタギになりたいと言い出した時、それを応援する自分と、引き留めておきたいと感じる二人の自分に、正弘は戸惑った。
ユウという名の息子の為に、聖はカタギになるという。
その考えをいつか変えて、己の元に留まってくれるなら……自分の全てを託すことができるのに、と。
――――己が実子に先立たれた正弘の、これは未練なのかもしれない。
正弘にとって聖は、失った子に替わる、可愛い我が子のようなものなのだから。
傍にいてほしいと思うのは、仕方がないだろう。
それに何より、聖は大きな間違いを犯している。聖の子供は、聖が中学生の時に生まれたのだ。
聖が27歳になった今は、15歳だ。
必ず保護者が必要な年齢ではない。
もはやユウは、誰かの手が必要な幼児ではないのだ。
家族一緒に暮らしたいと、長年純粋に夢を見ていた聖には酷な事だが、いずれその子は間違いなく聖の元を巣立つ。
そう何年も親の元には居てくれないだろう。
親の元から、必ず飛び立つ子供の為に、どうして今になって辛い思いをしてまでカタギになろうとするのか。
己の夢に一途過ぎて、聖は現実が見えていない。
孤独で寂しかった幼少時に、自分自身が夢見た『家族』に縛られ続けている、無垢で純粋で、可哀想な聖――その眼を覚ますためにも、史郎の執着は必要かと思った。
真壁を始め、その場に詰めていた男たちは一様に、正弘の言葉に困惑していた。
「組長……なんで、オレ達が出て行かなきゃならないんです? 御堂さんは、オレ達の大切な仲間みたいなモンじゃないですか」
「――――いいから、お前達は全員一階のロビーに待機しろ。他の一家がやって来ても、絶対にその場で引き留めておけ」
「しかしっ」
「こりゃあ、命令だ! おめぇらがここにいても、医者を含めた素人さん達が怖がるだけで、クソの役にも立ちやしねぇ! 分かったら、さっさと行きやがれ! 」
尤もな言い分であるが、やはり皆離れ難い。聖本人が例えどう思おうと、彼らにとって聖は大切な仲間であると同時に、敬愛する正弘の愛でている、高嶺の花である。
手にすることは出来ぬが、せめて最期くらいは看取りたい。
だが、正弘は鬼のような顔になって、彼らを一喝する。
「大の男が揃いも揃ってグズグズしてんじゃねぇ! 全員さっさと出て行きやがれ! 」
その言葉に抗うことも出来ず、男達はぞろぞろと引き上げて行く。
残ったのは、正弘と真壁と碇と――――青菱史郎だ。
正弘は、順に男達を見遣る。
「真壁、聖の携帯電話を寄こせ」
「? はい」
聖が連れ去れた時に、路上へ落としていた携帯電話を、素直に正弘へ渡す。
すると、正弘はふぅと溜め息をついて『よし』と手を振った。
「おめぇも、下に行け」
「で、ですがっ! 」
「行け。それから、碇も――だいたい、何でおめぇはここにいるんだ? 」
「オレは、あいつには山ほど文句が言いたいんです! だから、ここを動けません! 」
十年に渡る想いの丈を、まだ一つも口にして伝えていない。
だが、正弘は無情に首を振った。
「さっさと、てめぇも下に行きやがれ。ここにいても迷惑だ」
「っ……」
組長の言葉には、逆らえない。
真壁も碇も、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
残ったのは、最後の一人。
「――クソガキ。てめぇは、なんでここにいられるんだ? 」
すべての元凶は、この青菱史郎である。
この男のせいで、聖は惨い目に遭い、現在死線を彷徨っているのだ。
小柄で痩身である正弘の全身から、思わず誰もが竦む様な、裂帛の気迫がジワリと滲み出る。戦後の焼け野原からたった一人生き残り、鬼人のマサと異名を取った大親分だ。
彼から見たら、青菱史郎など、ただの世間知らずのガキに過ぎない。
――――だが、このクソガキの真っ直ぐな所を密かに買い、この男ならと、聖との接触を黙認したのは正弘だ。
聖が、極道から足を洗ってカタギになりたいと言い出した時、それを応援する自分と、引き留めておきたいと感じる二人の自分に、正弘は戸惑った。
ユウという名の息子の為に、聖はカタギになるという。
その考えをいつか変えて、己の元に留まってくれるなら……自分の全てを託すことができるのに、と。
――――己が実子に先立たれた正弘の、これは未練なのかもしれない。
正弘にとって聖は、失った子に替わる、可愛い我が子のようなものなのだから。
傍にいてほしいと思うのは、仕方がないだろう。
それに何より、聖は大きな間違いを犯している。聖の子供は、聖が中学生の時に生まれたのだ。
聖が27歳になった今は、15歳だ。
必ず保護者が必要な年齢ではない。
もはやユウは、誰かの手が必要な幼児ではないのだ。
家族一緒に暮らしたいと、長年純粋に夢を見ていた聖には酷な事だが、いずれその子は間違いなく聖の元を巣立つ。
そう何年も親の元には居てくれないだろう。
親の元から、必ず飛び立つ子供の為に、どうして今になって辛い思いをしてまでカタギになろうとするのか。
己の夢に一途過ぎて、聖は現実が見えていない。
孤独で寂しかった幼少時に、自分自身が夢見た『家族』に縛られ続けている、無垢で純粋で、可哀想な聖――その眼を覚ますためにも、史郎の執着は必要かと思った。
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