ナラズモノ

亜衣藍

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 どんなに抱いても変わらない。

 己の夢しか心にない。

 傾国の美女と例えられる美姫は数人いるが、聖の場合は褒娰ほうじだろう。

 それなら史郎はゆうおうか。

 笑わない美姫の、ただ一度の笑みに魅せられ、やがて国を滅ぼしてしまう愚かな王。

 立ち尽くす史郎に、碇は言葉を掛ける。

「オレも、あんたの気持ちはよく分るよ――あいつは真っ直ぐ過ぎて、他には全然目が行かないようなヤツだ。少しくらい、こっちを見てくれと……会うたびに何度も思う……」

 それだけ言うと、碇も正弘の後を追って出て行った。

 無言のままそれを見送りながら、史郎は長い溜息をつく。

「わ、若頭……? 」

「――――ふん。ようするに、オレはいい歳こいて、ずっと片思いをしてるって事か」

 護衛の存在を黙殺して史郎は己を鑑みる。

 七年前、年始の挨拶回りで、天黄が青菱の元を訪れた際に、同行していた聖を一目見た瞬間に惹かれた

 それから、強引に手繰り寄せて何度も抱いた。自分だけのものにしようと、無理を通して囲った。散々その身体に熱い精を注いだ。

 だが、いつも空っぽだ。

 聖は相変わらず、違う方しか見ていない。

 こっちを向かせようと脅しても、殴ってもダメだ。そもそも、あいつはカネや権力には最初から靡かない――……。

 結局、その心のない空蝉の身体を抱いても、何も生み出せず、毎回ただただ厭われる結果に終わる。

 それがイラつき、ますます史郎は聖に執着しての、繰り返し。

(そうだ、オレは――一度でもあいつに愛していると言ったことがあっただろうか? )

 今更になって史郎はその事に思い至った。

 それは、常に暴力の中で生きて来た男にとって、力づくで身体を繋げるよりも、ずっと勇気のいる告白だった。

 これだけ執着して、毎回意識を失うまで抱き潰しているのだから、言葉になどしなくても当然こちらの気持ちは通じていると思っていた。だが、それは、史郎にとって都合のいい解釈にしか過ぎない。

 多分――いや間違いなく、聖には史郎の気持ちなど通じていない。

――――そう、聖は、自分が史郎に愛されているなどとは夢にも思っていないのだろう。

(それなら――まだ、オレにもチャンスが残っているか? )

 一縷の望みをかけて、勇気を出して言葉にするか。

――――一目見た時からお前に惚れた。全てを奪いたいほど、お前を愛している、と。

 史郎はキッと顔を上げると、傍で控えていた護衛に向き直った。

「いますぐ、安永の屋敷に行くぞ! 」

 近頃、青菱に足が遠のいている外縁で、最も力があるのが安永組だ。

 反旗を翻すならそこだと直感で分かった。


 そこに、聖がいると。



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