ナラズモノ

亜衣藍

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 八月からテレビ画面を飾った、有賀沙也加を起用した化粧品のCMは、かなり評判が良く好発進だった。

 スポンサーもホクホク顔で、是非次回CMにも彼女をと、言ってくれた。

 勿論、ジュピタープロとしては願ったり叶ったりだ。

 早速、秋用のCMも撮り、順調に話は進んでいた。

 あれだけ聖に執着していた史郎が、その後、音沙汰無しなのが不気味だったが。

 そして、九月が過ぎ、十月になり――事件は、起こった。

   ◇

「沙也加……服を脱げ」

 社長室に彼女を呼び出し、聖は冷たい声で命令をした。

 これに、相手はヒクリと顔を一瞬歪ませると、次に無邪気に笑った。

「あははは、なぁ~に、社長? お久しぶりの呼び出したと思ったら、タマってたのぉ!? 」

「――沙也加、もう一度言う。服を、脱げ」

「そんなの、面倒臭いわよ。社長相手だったら、あたしはこのままでOKよ? 」

 世間では清純派で売り出している女優はそう言うと、聖の肩に両手を回して、しな垂れかかってきた。

 だが、聖はその腕を掴むと、袖を一気に捲り上げる。

「キャッ! 」

「――やっぱり、か……」

 一言、呟く。

 沙也加の上腕は、包帯がグルグル巻きになっていた。

 それは、どう見ても注射痕を隠す為のものだった。

「いつからだ? 今までクスリには手を出さなかったお前が……」

「あ~あ、バレちまったかぁ~」

 そう言うと、沙也加はどこか焦点の合わない眼で、至近距離から聖を見上げた。

「社長はさぁ、そんな天然美人だし、あたしの気持ちなんて分かんないんだよー」

 ケラケラと笑いながら、沙也加は言う。

「あたしが整形だって、先月、週刊誌にスッパ抜かれたじゃん。それで同業の小娘どもには嘲笑われるし、もう最悪よー」

「そのネタなら、あくまで『疑惑』だと、出版社に調整を掛けたじゃないか。気にするほどの事か? 」

「だからさ、社長は顔イジってないから分かんないんだよ! あたしがどれだけカネ掛けて、この顔作ったか知ってんだろう!? しかも、あの小娘さぁ! あのブスだってやってるクセに、スカしてんじゃねーよ! 何がプチだから先輩とは違います~だよっ!! ふざけんな! 」

 いくらか呂律の廻らない口調で言うと、次に沙也加はさめざめと泣き出した。

「しかもそのネタ売ったの、あたしのヒモだったんだよ。あたしは、あの野郎に本気だったのに――なんだよ、畜生――――っ! 」

 突如叫ぶと、沙也加は床に身を投げ出してゴロゴロと転がり始めた。

「真壁! 」

「はい」

「……医療機関に連れていけ」

 溜め息をつきながら、聖はそう指示を出した。

「はい……しかし、よろしいのですか? 」

 これは、紛れもないスキャンダルだ。

 事務所の力でどこまで抑えられるか分からない。しばらくは体調不良ということにするが、いづれにせよ薬物中毒だと発覚するのは免れないだろう。そうなると、当然、現在好評のCMは打ち切り。彼女の主演しているドラマも映画も全部降板になる。

 それに生じる諸々の負債を、ジュピタープロダクションは一気に背負うことになる。

「――仕方ねぇだろう」

 嘆息しながら、聖は声を漏らした。

 だが、これだけは確かめておかねばならない。

「沙也加! お前にクスリを売ったのは誰だ!? 」

 以前から、報復の可能性があった組織か、はたまた違う第三者か?

 すると、沙也加は引き攣った顔でニヤリと笑った。

「社長のぉ、ドSの彼氏だよぉ~」

「っ! 」

「聖によろしく言っとけって、伝言♪ 渋くてヤバイ男だったね~」

「あいつが――? 」


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