ナラズモノ

亜衣藍

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   ◇

「若頭、例の……ですが、如何いたします? 」

「ああ。ったく、素人が調子に乗りやがって」

 青菱史郎はそう言うと、不満そうに息を吐いた。

 これから会合へ向かう途上である。

 リムジンの後部座席に座りながら、膝の上に広げていた資料をファイルに戻したところで、隣に座る秘書が顔色を窺うように言う。

「若頭の案は、わたし的にはとても良いものだと思いますが――如何せん、昔気質の親分さんも多いですし。説得なさいますか? 」

「あの石頭連中をか? 半グレにいいようにシマを荒らされておいて、カタギには手を出せないなんざ頭悪すぎだろ。逆手に取ろうって発想もない、どうしようもない化石だな」

「それでは――例の方には? 」

「ガキが粋がってるだけだ。ごちゃごちゃとうるさいが、しばらく放置だな」

「そうですね。しかし、森村が若頭と面会したいと何度か連絡が来ていますが」

「面会して、どうする? 」

「はぁ……」

「あのガキが、ついつい調子こいて一課の刑事をぶち殺したんだ。こっちは一切関係ない。それこそ連絡が来たってんなら、いっそのこと警察に通報してやれ」

「しかし――少し、マズイことに」

 秘書は小声になると、辺りを窺うような仕草を取った。

 それを見遣り、史郎は嗤う。

「ここは関係者しかいない。盗聴器もないから言え」

「はぁ……その、凶器の銃を手に入れたのが、青菱からだと、捕まったら警察に言うと」

「なに? 」

「窮鼠猫を噛むではありませんが、我々と一蓮托生のつもりらしいです」

「――――ガキがっ! 」

 そう言うと、史郎は忌々し気にドアを叩いた。

 怒りの波長に、車内の人間たちは全員ビクリとなる。

「わ、若頭……」

「怖いもの知らずとはよく言ったモンだな。さっさと出頭すればいいものを。ガキが徒党を組んで騒いでいるだけなら見逃してやるが、本職を怒らせたらどうなるか教えてやるか」

「では? 」

「追い込みを掛けろ。徹底的にな」

「はい」

 史郎は不機嫌な様子のまま、懐から携帯電話を取り出す。

――――この一ヵ月、あいつはこちらからの電話を完全無視している。

 最終通告だと昼に送ったメールにも、まだ返信がない。

「……あいつにも、改めて追い込みを掛けなきゃならんようだな」

 史郎の瞳は、怒りで青く光った。

   ◇

 ユウの電話を受け、聖は蒼白になって自宅マンションを飛び出した。

 いつもは、芸能事務所の社長らしくスタイリッシュでお洒落でスマートな彼であるが、この時はまるで狂人のような様相で車に飛び乗る。

 この一ヵ月、ユウに何度も電話やメールを送って、ようやく連絡が取れたと思ったら、ユウとは全く違う汚い声で、あんな粗暴なことを言われたら誰だって正気を失う。

――――それこそ、組織の力を総動員してユウを捜せば早く見つかっただろうが、それは、同時にあまりにも危険すぎた。

 ユウが、聖最大のウィークポイントであると周知されてしまったら、どうなるか予想がつかない。

 青菱と敵対関係にある組織もそうだが、身内であるハズの組織にもバレたらやばい。
あちこちから恨みを買っている自覚があるだけに、ヤクザのやり口も熟知している聖は、それを警戒した。

 自分一人なら、もうどうなっても構わないが、万が一ユウの身に何か起こったら――人質にでも取られたら一大事だ。あの子を、二度と不幸にしてはならない。

 それが恐ろしくて、聖はどうする事も出来ず、時間を見つけてはこの一ヵ月たった一人で、ユウを求めて東京中を捜して歩いていた。効率は悪いが、致し方ない。

 連日、ストリートライブが多いという界隈を重点的に回っているので、足が棒のようだ。だが、どうにか気力を奮い立たせて「今日こそは」と、連日歩いた。

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