ワルモノ

亜衣藍

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 影は健闘していたが、所詮は、多勢に無勢。

 激しい抵抗も、やがては五人がかりで地面に組み伏せられ、結局取り押さえられてしまった。

 その後に及んで、ようやく影は諦めたらしい。

 全身の力を抜いて、抗うことを止め、男達の下で大人しくなる。

 だが、猛者と言っていい、組員五人相手に大立ち回りをした影の正体を目にして、驚いて言葉を失ったのは、当の本人組員たちの方であった。

(こんなガキに、手こずっていたのか? )

 驚くのも無理はない。

 相手は、まだ子供と言っていいような少年だったのだ。

 首も細く、手足もすんなりとしていて細い。

 体つきは、華奢そのものだ。

 しかし、着ている服は上下とも色が抜けていて、所々擦り切れている。

 頭髪もぼうぼうで、風呂にも入っていないのか、全身が浅黒く汚い。

 服からのぞく手足には無数の傷と痣があり、どう見ても普通の子供ではない。

 ハッキリ言って、戦後の街でよく見かけた、ボロを纏った薄汚い孤児のようだ。

 だが、意外にも、その容姿は優美と言っていい程に可憐で美しい。

 しかし、それ以上に印象的だったのは、抜身の刃物のような、その少年の眼だった。

(こいつは――)

 何となくその眼力に圧倒され、正弘はジッとその眼を見返す。

 遠い過去に、上野の焼け野原で、一人棒立ちになりながら世を呪った情景が、一瞬にして脳裏に蘇った。

「おめぇ……」

 だが、

「この、クソガキっ!! 」

 大人しくなったのをいい事に、思い切り脛を蹴られたパンチパーマが、少年の背中へとキックを見舞った。それに続くように、手下たちは一斉に、うずくまる少年へ制裁を繰り出す。

 頭や顔も蹴られ、その拍子に唇が切れたのか、血がパッと散った。

「てめぇら、止め――」

 正弘が、制止の声を上げようとしたが――

「ギャア! 」

 手下の一人が悲鳴を上げ、飛び退く。

 その腕には、刃物ですっぱりと切られた傷が刻まれていた。

「き、気を付けろ! こいつ、武器を持ってるぞ! 」

 その声に、怯む手下たち。

 この隙をついて、またしても少年は脱出を試みた。

 だが、たった今、激しい暴行を受けた身だ。

 最初のように、俊敏に動くことは叶わない。

 ましてや、数多くの修羅場を踏んだ、極道の頭である正弘の隙をついて逃げ出す事など、不可能であった。

「うっ……」

「――まったく、とんだ子虎だぁな」

 そう呟くと同時に、正弘はその腕の中に、少年をしっかりと捕らえていた。

 一瞬遅れで、周りの幹部や手下たちが、親分を取り囲むように集まる。

「親分、大丈夫ですか!? このガキ――」

 しかし、正弘の怒りの矛先は、捕らえた少年にではなく手下たちへ向かった。

「黙れぃ! この三下が!! 揃いも揃って、大の男共が何やってんでい! 」

「へ、へい……」

「こんなガキ相手に情けねぇ! てめぇら、破門だ!!」

「そ、そんな――」

 戸惑う手下たちの始末を、幹部に任せ、正弘は腕の中の少年に目を落とした。

(味方のいない中、たった一人で、孤軍奮闘か――)

 まるで、昔の自分を見ているようだった。

(……ま、オレのツラはこんなに良くなかったけどよ)

「おい、車を回せ」

「はい」

 正弘の指示に、素早く車が用意される。

 小さく笑いながら、糸が切れように意識を失っている少年を抱えると、正弘は車へ乗り込んだ。


――――少年の体は、驚くほど軽かった。


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