今日くらい泣けばいい。

亜衣藍

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 それまでの唐変木な雰囲気はどこへやら。
 急に様相が変わった事に、尾上は目をパチクリする。

 だが、それよりも。

 平良と尾上のやり取りなど丸っきり眼中にないだろうと思っていたのに、まさか気にかけていたとは思いもしなかった。

「ええと、それも社長から聞いたんですか?」

 さすがに、いくら何でも尾上が高校生の時の情報までは、安藤マリサも知らないだろうと思うが――でも、彼女は地獄耳だという噂もあるので恐るおそる訊ねるが。

「社長? いいや、それは違う」
「じゃあ……」
「八王子に行った時から、ずっとオノの様子がおかしいとは気づいてたんだ。正確に言うと、平良先生と顔合わせをした時からな」

 だが、『面倒くさいのは御免だ』という自分本位な事情から、甲斐はその違和感を黙殺した。
 どうせ、編集者としてタッグを組むもの今回だけだろうと予想して。

(綺麗な顔をしているが、インテリで生意気そうだな。こういうヤツとは絶対反りが合わないだろう。だったら、適当に話を合わせて今だけやり過ごすか)

 甲斐はそう思い、尾上の心情を慮る努力を惜しんだのだ。
 しかし、これまでに至った尾上の複雑な経歴を知り、今までの自分を恥じた。

 尾上は若くして起業し、失敗し、夢を見ていた筈の自分のブランドを閉じなければならなかったのだ。
 その時の気持ちを考えると、さぞや無念だったろうと甲斐も想像できる。

 クールな顔をしているが、尾上はきっと泣いたと思う。

 そして、どこで平良がO,Nの正体が尾上だという事を知ったのかは分からないが、その触れられたくない過去をあいつは根掘り葉掘りと穿り返したのだろう。
 同時に、尾上がゲイだという事もどこかで知り得……。

「正直に言え。あいつが、お前の傷に塩を塗るような真似をしたんなら、オレが代わりにあの野郎をぶっ飛ばしてやる!」
「甲斐さん……冗談だよな? そんな事をしたら、あんた編集部をクビになるかもしれないんだぞ?」
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